第四百七十五話 昔と今


 「だ、大丈夫ですよ! ちょっと他の世界に居て死んだことがあるくらいじゃないですか」

 「それが問題だって言ってるんだよ! ああもう……誰にも言わず墓まで持っていくつもりだったのに……」

 「ははは、僕を殺すまで死なないでくださいよ?」

 「うるさい! この変態眼鏡医者!!」

 「変態だって、ピッタリじゃないかレッツェル」

 「リース、あんた叩くわよ? というかあの子が本気で怒ってるのを見るの、あの時以来じゃない?」


 イルミが冷静に解説するが当然だと思う。

 確かに記憶を使って色々やっているけど、あくまでも俺はラース=アーヴィングで、父さんと母さんの子供だ。なのに実は転生者で記憶も持ってるなど聞けば気持ち悪いと思うに違いない。

 そしてそれを聞いた俺はどういう顔で父さん達に会えばいいのか――


 「……」

 『どこ行くのよ?』


 俺は家に向かう道を避け、別の道へと歩き出すと、きちんと洋服を着たリリスに声をかけられた。

 

 「ウルカのところ……って言ってもリリスは知らないか。友達のところへ行ってそのままオーファ国へ向かうよ」

 「わたし達も行くしサージュ君も居ませんから馬車になりますよ? どちらにせよ馬車を取りに家に帰らないといけなくないですかね?」

 「誰のせいで帰りづらくなったと思ってるんだよ。あ、そうだ、お城で馬車を借りればいいじゃないか」

 「僕は逆に家に帰った方がいいと思いますがね?」

 「……無責任な」


 道端で立ち止まり、目を細めながらレッツェルを睨んでいるとヒンメルさんが困った顔で俺に言う。


 「うーん、お怒りのところ悪いけど僕もレッツェルには賛成だな」

 「ヒンメルさんまで!? 気まずいのは俺なんですよ!?」

 「まあまあ、もちろんラース君の言いたいことも分かる。だけど、このまま一生会わないというわけにもいかないだろう? 一度話してみたらどうだい」

 「う……」

 「わたしも兄ちゃんの言うことに賛成です。隠さずに話したのはなにか意味があるんじゃないですかレガーロ?」


 確かにこのまま会わないという選択肢はない。

 結婚式にだって呼びたいし、アイナ達と会うなら家に帰らなければならないから。だけど、どうしても踏ん切りがつかない……前世の両親のように捨てられても構わないわけじゃない。

 

 ――拒絶の言葉


 俺は今の両親からそれを聞くのが、怖かったのだ。

 するとレガーロに交代したようで、声色の変わったバスレー先生が喋り出す。

 

 『……確かにラース君の許可を取る前に話したのはすみませんでした。イシシ……だけど、この先必ずあなたの中にある知識をフル活用する時が来ると思います。その時に詰められるより、この混乱している時が良いと判断した次第。責めはアタシが受けましょう。煮るなり焼くなりしてもらって構いません……ですが、今はやらないといけないことがあるでしょ?』

 「……」


 諭すように言うレガーロの言葉で、俺は憤慨していた心が落ち着いていくのを感じ、一旦深呼吸をして返事をする。


 「そう、かもしれないな。でも、できれば隠しておきたかった。だって気持ち悪いと思うじゃないか、生まれてきた子がどこか別の世界に居たやつだなんて」

 「ま、そういうこともあるということでいいんじゃないでしょうか? 僕だって死なない気味の悪い変態ですからね?」

 「はは、違いない。ラース、いいじゃないかなんか特別感があって。……マキナやリューゼ達も受け入れてくれるさ。もちろん、両親もだ」


 レッツェルが急にそんなことを言って肩を竦め、リースが嫌な笑みを浮かべてからかってくる。

 俺は目を丸くして二人を見た後、噴き出してしまった。


 「なんだいそれ、俺はレッツェルみたいに捻くれていないよ。それに、うん……」

 

 あの両親と兄さん、それとマキナ達のことだ話せば分かってくれるはずだ。


 「それじゃ、僕たちはレッツェルの家で待っているから終わったら声をかけてくれ」

 「分かったよヒンメルさん。ウルカを迎えに行ってから声をかける」


 そう言って別の道へと歩いていくヒンメルさん達の背を見送っていると、黙っていたバスレー先生がハッとした顔で口元を抑える。


 「……レガーロが煮るなり焼くなり好きにしろと言ってましたが、そうなると酷い目に合うのはわたしの体じゃないですかね……!?」

 『あ、気づきましたか、イシシシシ……』

 「却下!? 却下です! ああああ、引っ張らないでください兄ちゃん!? このままラース君がご両親と仲違いしたら殺されてしまう……!」

 

 大騒ぎするバスレー先生が遠くなり、俺はため息を吐きながら苦笑する。まったく、会った方がいいのか悪いのか、どっちなんだって話だ。


 そのまま自宅へ向かい玄関の扉に手をかけたところでもう一度深呼吸をして家へと入る。


 「……ただいまー」

 

 俺は声を出しながらリビングへ歩いていくと、父さんと母さんが俺に気づきこちらを振り向いた。


 「おかえりラース!」

 「おかえり、ドラゴンの島はどうだった? やっぱりサージュみたいなのがたくさんいたのかい?」

 「え? あ、うん。いきなり襲われたけど、なんとか倒したよ」

 「そっか、流石はラースにマキナちゃん達ね!」


 ん、んん?

 バスレー先生から話は聞いたんだよな……いつもと変わらないんだけど……? そう思っていると――


 「お前は俺の自慢の息子だ、デダイトとアイナもな」

 「ええ、どこかの世界にいたことがあったとしてもあんたはラース! 私が産んだ子供、ずっと黙ってたみたいだけど、気にしちゃダメよ? というか大きくなったわね、頭を撫でるのも一苦労だわ」

 「母さん……」


 俺の頭に手を置いて微笑むと、そのまま抱きしめて背中を軽く叩いてくれ、父さんも俺の肩に手を置いて歯を見せて笑う。


 「バスレー大臣……いや、レガーロさんに聞いたときは驚いたが、スキルのことや前世のことを聞いた。大変だったらしいな。で、生まれた時は貧乏で……はは、いや、すまなかったな。結局お前のおかげでこの地位に戻ったわけだし」

 「そんなこと……ない、よ……俺は本当に父さんと母さんの下に産まれて嬉しかったんだ……貧乏でも構わなかった。お金なんて後からついてくるけど、優しい両親は……下手をすると一生手に入らないんだ……だから俺は幸せだよ」

 「私達もよ。……あら、珍しく泣いているのね」

 「泣いてないよ、これは汗だから……はは」

 「強がるな、こいつめ!」


 俺は顔を拭いながら虚勢を張るのが精一杯だった。

 父さんは笑いながらぐしゃぐしゃと俺の髪の毛を撫で回し、母さんはしばらく俺を抱きしめたまま離してくれなかった。

 

 ――レガーロからは死んだ年齢などは聞いていないらしいけど、転生しようが産みの親であることは変わらないと母さんは鼻息を荒くして笑っていた。

 気持ち悪がるどころか、むしろ貴重な子を産んだということで自慢げだったことに、俺は噴き出していた。


 ……前世から十六年……俺は本当の意味で第二の人生を歩き出したのかも、と思った。


 よし、なら俺の知識と力、みんなのために使うとしよう!

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