第四百七十四話 悪魔リリス
『――正直なところ教主様について語れることはないのよねえ』
「ほう」
『ちょ、やめてよ!? その物騒なものをしまいなさい!? ……確かにあなた達の言う通り人間より悪魔の方が力は強いわ。だけど、世界に顕現することは本来簡単なことじゃないの』
「今ここに出ていることについては?」
バスレー先生が残念そうに黄金の槌をしまい、レッツェルが真顔で尋ねると、リリスは俺を見て口を開く。
『ラース、だったっけ? この世界に定着する条件である真の悪魔名を『教主以外』の口から見破られることをあなたが満たしたことにより、この姿になることができたって訳よ』
「教主アポスとの関係は?」
『――よ』
「なんだって?」
『聞こえなかったでしょ? 彼に関しての話は一切できない。これが『契約』の条件』
リースが訝し気な顔をするが、俺もバスレー先生も聞き取れず、レッツェルに目を向けると肩を竦めて首を振っていた。それと気になることを言っていたのでそれについて尋ねてみる。
「『契約』っていうのはどういうことだ?」
『文字通りよ? それ以上は――口に出ない』
「ふむ、期待したよりかは成果が少ないですね。僕としては正体を知っておきたかったですが」
「……いや、まだ手はある。リリス、俺の質問に首の動きだけで答えてくれるか?」
『……?』
リリスが首を傾げるが、俺はすぐに質問へ移る。
「契約について、レガーロが内容を知ることはできるか?」
首を横に振る。
「教主は人間か?」
首を縦に振る。
「お前は本当に悪魔か?」
首を縦に振る。
「十神者以外に悪魔は居ない?」
首を縦に振る。
「ラース君、一体?」
バスレー先生の質問には答えず、俺は最後の質問を投げかける――
「教主アポスは、転生者だな?」
縦に、首を振る。
『……!?』
自分で自分の行動に驚くリリス。
「どうやら制限されているのは『言葉』だけのようだな」
「どういうことなの?」
イルミが腕組みをして聞いてきたので、俺はリリスに背を向け、バスレー先生達に話すことに。
「こいつは教主との関係を『契約』だと言った。となると、十神者……悪魔達は望んでこの世界に来たというわけじゃない可能性が出てくるんだ」
「確かに。しかし、リリスは教主のことを教えてはならないという『契約』をしたという感じでしたね? それなのに肯定できるのはどうしてでしょうか?」
「レッツェル、お前みたいにひねくれている奴なら多分理解できるんじゃないか? 契約にもいろいろあるだろ? 例えば俺なら衣装の卸値と他で使わないように、っていう感じでね。これは勘と賭けだったけど、契約を事細かに交わしていないためだと思う」
「ああ、そういうことか」
「んん……?」
リースがくっくと笑いながら呟き、レッツェルも頷く。
まだ分かっていないバスレー先生とイルミを尻目に、リリスが拍手をしながら俺に向かって歩きながら口を開く。
『へえ、優秀ねラース』
「悪魔だと分かっていればこれくらいはね。恐らく、正体を喋ってはならないという契約だろうけど、質問に答えてられない訳じゃないんだろ? それを悟らせないためにリースの質問には『答えた』けど、語れなかった。だけど、頷くという行動は『喋ってない』から出来る」
いわゆる契約書はちゃんと読もう、という地球の現代社会なら必ず通らなければならない道。別世界からで、悪魔というのは契約に拘るものなので、抜け穴を残しているのではと思っていた。
『そう、その通り。私達は教主様との契約で一部、そうとは分かりにくい言い回しで契約したわよ』
「なんでまたそんなことをしたんです?」
『そりゃあ教主様だっていつかは死ぬでしょう? ただの人間なんだし。その後のことを考えて、いつかこの世界で自由に生きるためには必要だったってわけ。ま、アスモデウスなんかは人間を飼い殺しにして恐怖を吸収しようとしているみたいだけどね』
悪魔の中にはここに呼ばれたことを不満に思っている奴も居るのだそうだ。ただ、契約もあるし、やることも少ないので後に自分達が過ごしやすくなるように手を加えているらしい。
「はあ……益々アポスを倒さないといけないってことか……あいつを倒したら悪魔達はこの世界から消えることができるのか?」
『そうですねえ、とりあえずはという感じですかね。イシシ……神の行方を聞きださないといけませんから即殺は止めてくださいね?』
「神、ですか」
レッツェルが興味深そうにつぶやくと、リリスは面倒臭そうに口を開いた。
『あー、その辺は私にも分からないからマジでパスね』
「まあ、あなた達がこっちに来る前にアポスが何かをしたみたいですからそれは仕方ありませんね……と、レガーロが言っております」
「自分で言えって。ならリリス、お前はアポスを倒すまでなにもしないでくれるか? こっちにはセフィロ……セフィロトの樹も居る。死ぬよりはいいと思うけど?」
『ふふ、いいわよ。どうせラース、あなたの血を飲んだからアポスの契約より繋がりが濃くなっちゃったし、ね? 一緒に同行していいなら協力も辞さないけど?』
「繋がりが濃く……?」
背筋が一瞬寒くなったような気がし、リリスに尋ねると、妖艶な笑みを浮かべて俺に返す。
『ええ、血の契約ってあるでしょ? あんな感じよ。直接摂取……しかも死にかけだったから逆らえないのよ。えっちなこともし放題。どう?』
「マキナに殺されるから遠慮しておくよ。なら、俺には逆らえない、協力するってことだな?」
『つまんないわねえ。ええ、どうせもうこの体には入れないし、教主様のところに戻るとまたつまんない仕事をさせられそうだし、それならあんた達と居た方がいいわ』
「……分かった。なら、俺が監視役ってことで」
「それがいいでしょう。わたしも一緒に居るようにするので、問題ないかと」
バスレー先生が親指を立てて俺にウインクすると、ずーっと黙っていたヒンメルさんが口を開いた。
「それが狙いかいバスレーちゃん? まあ、今の話を聞いてレガーロという悪魔が憑いているなら大臣の仕事より重要だし、僕から陛下に進言しておくよ。後継はあの三人からでいいのかい?」
「話が早くて助かりますよヒンメル兄ちゃん。……わたしの目的は福音の降臨の壊滅。大臣の地位はそれほど興味がありませんからね」
そう言うとバスレー先生は大臣のシンボルであるローブを脱いでヒンメルさんに投げ、受け取ったところを確認したところでアイーアツブスだった人を背負い、言う。
「ではローザさんを医務室へ連れていった後は家へ行きますか。レッツェルさん達はどうしますか?」
「ふむ、僕たちもラース君についていくとしようか。ドラゴンズネストに滞在していないということはこの後、どこかへ行くのだろう?」
「ああ、ウルカと一緒にオーファ国へね」
「それに同行させてもらいましょうか」
「マジか……」
というわけで、十神者の一人、悪魔リリスを加えた俺達は出発するため牢を後にする。
「リリスの格好はなんとかしないとな」
『え? いいじゃない、このナイスバディを拝めるのよ?』
「ブラとパンツしか着けていないただの痴女だからな、慎めよ」
『ガ、ガキが……!』
外に出るとリースがリリスに突っかかり、リリスが鼻息を荒くして怒り狂う。そんな中、俺はひとつ思い出したことを口にした。
「ああ、そうだバスレー先生のところに父さん達が行ったらしいけどなんだったんだ?」
「そういえば来ましたね。ラース君が心配だって言ってたのでこっちの世界に生まれる前の話をレガーロがしてましたね」
「え!? は、話したのか!?」
「ええ」
サラっというバスレー先生を見て俺の体から血の気が引く。
「……もう家に帰れない……」
俺は膝から崩れ落ちるのだった――
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