~幕間 15~ 父と母と


 ――ラース達が飛び立った後、すぐにローエンとマリアンヌは城に向かっていた。


 「鍵は?」

 「大丈夫、ニーナとトリム君に留守番を頼んでいるから」

 「……トリム君は駄々を捏ねていたな」

 「まあ、いつも一緒のアイナとティリアちゃんから置いてけぼりを受けたようなものだから仕方ないわ。でも、命の危険があるところには、ね」


 軽い会話だがその表情は険しく、早足で真っすぐ城へと向かう二人。

 やがて入り口の受付まで来ると、ローエンはとある人物との話し合いをしたいと声をかけた。


 「……お待たせしましたローエン様。農林水産大臣室へ直接来るようにとのことです」

 「ありがとう。行こうマリア」

 「ええ」


 そして――


 「ローエン=アーヴィングと妻のマリアンヌです」

 「どうぞー」

 「失礼します」


 相変わらず気の抜けた声に、眉を顰めながら部屋へ入る。すると、執務机で書類仕事をしていたバスレーが手を振りながら口を開いた。


 「ローエンさんにマリアンヌさん、いらっしゃいませ! お二人でわたしに会いに来るとは珍しい……いえ、初めてじゃないですかねえ? ラース君達は出発しましたか?」

 「はい。先ほどサージュに乗って」

 「ああ、いいですねえ。わたしも行きたかったんですが、お仕事も溜まっていて流石に捕ま……ああ、いえ大人しくしています。それで本日の用件は? あ、わかりましたよ! 離れていたラース君の活躍の話ですね! あれは――」


 バスレーがそう言いながらお茶を用意しようと立ち上がるが、ローエンは手で制しバスレーに尋ねる。


 「お構いなく、バスレー大臣。そのラースのことで間違いないのですが、少々気になることがありましてね」

 「……ふむ、お伺いしましょう」


 バスレーはソファに座るようふたりに促し、対面に自分も座るとこちらも珍しく神妙な顔をする。そこへマリアンヌが開口一番、気になっていたことを口にする。


 「あの、レガーロという悪魔でしたか? バスレー大臣の体を借りているのは」

 「ええ、そうですね。それがなにか? ああ、バスレーさんかバスレー先生でいいですよ。大臣というのは呼ばれ慣れないもので」

 「承知しました。ではバスレーさん、今、レガーロを呼ぶことはできますか?」

 「ふむ……どうですかレガーロさん」


 バスレーが目を瞑って言うと――


 『ええ、ええ、大丈夫ですよ。アタシに何か御用でしょうか、はい』

 「……不躾で悪いが、ラースのことを聞きに来た。あの場ではたくさんの人が居たから問わなかったが、ラースのスキルを与えたのは貴女なのか?」

 『イエスですね。ラース君のスキルのおかげで領主の座が取り戻せて良かったですねえ』

 「それはそうだけど、何故ラースにレアなスキルを授けたんですか? それに神様が与えてくれるはずなのに悪魔だと言うし……」

 

 マリアンヌが不安げに言うと、レガーロは口元に笑みを浮かべ、指を立ててから返す。


 『たまたまですよ。貧乏な家に生まれるのは知っていましたからね、それでは不憫だと思ったからです』

 「……」


 カラカラと笑うレガーロに、再度、ローエンが目を細めて聞く。声の調子は低い。


 「では、何故ラースは十神者という者たちの正体……貴女と同じ『悪魔』であることを知っている? 真名だったか? それを言い当てていたとジャック君が言っていた。それがずっと引っかかっていた……一体ラースになにをさせるつもりだ?」


 返答次第では、とローエンは小さく呟き顔の前で手を組んで言う。すると、ピタリと笑うのを止め、二人の顔を交互に見た後――


 『……世の中には知らなくてもいいことがある、ということですよ。今回のことは完全な不可抗力です。……まあ、関係がないわけではありませんがね……イシシシ……』

 「どういうことよ! ラースを福音の降臨と戦わせるために力を与えたんじゃないの? 私はてっきりそうだと思っていたわ」

 『ああ……本当に不可抗力です。嘘じゃあありませんよ。産まれる先は知っていても、どういう人生を歩むかまではアタシには知り得ませんから』


 レガーロは本当と嘘を織り交ぜてペラペラとローエンとマリアンヌへ説明を続ける。しかし、やはり納得がいかないローエンは今の言葉を聞いてすぐに返す。


 「人生は分からないと言いましたか……なら貧乏だと分かっていて、どうして超器用貧乏を与えたのでしょうか? もし貴女が自由なスキルをラースに与えることができるというのであれば、お金に困らないようなものでも良かったはずだ」


 ローエンはレガーロが何かを隠していることを確信した様子で尋ねると、レガーロは目を瞑ってなにかを考え始める。

 

 沈黙が流れ、誰も言葉を発さずレガーロを待つ。しばらくしてからレガーロは片目だけ開けて二人へ質問を返した。


 『……先ほども言いましたが、世の中には知らないことが良かった、ということは多分に漏れず存在します。それでもあなた方は真実を追いますか?』

 「……っ!?」


 先ほどまでの軽い空気とは違い、目の前の人物に息苦しささえ感じるローエンとマリアンヌ。『悪魔』が恐ろしい存在だとラース達が言っていたのを思い出し、このレガーロもそうなのだと冷や汗をかく。

 だが、二人の意思は変わらなかった。


 「……俺の息子のことだ、聞かせてもらうぞ。どんなことでも、だ」

 「私も同じです。あの子は家族想いが強すぎる、いつか身を亡ぼすのではないかと心配なので」


 凛とした表情で返すマリアンヌに、レガーロは泣き笑いのような顔で首を振ると、肩を竦めて口を開いた。


 『はあ……頑固な親御さんだ。ですが、ひ……ラースは幸せですねえ、イシシシシ……では、なにを聞いても驚かぬよう……。それとひとつ、間違いないことですがラース君はあなた達二人の実子。それだけは嘘偽りはありません』

 「ええ、もちろんです。お腹を痛めて産んだ子ですもの」

 『よろしい。これはバスレーも知らぬことですが――』


 と、レガーロは話し出す。二人の顔は驚愕に染まり、青い顔をした後……涙を流す。

 一時間ほど、一人で喋り続けていたレガーロはふっと息を吐いてから話を締めた。


 『――ということです。あなた方にはラース君が帰る場所を失くさぬよう、守っていただければと思いますよ。イシシシシ……さて、おしゃべりが過ぎましたか。文字通り墓場まで持っていくつもりでしたが、聡明な方々で安心しました。それでは……』

 「あ、ま、待ってくれ! まだ――」

 「……少し疲れたようです。申し訳ないですが、休ませてあげてください。それにしても、こんなことがあるんですね……」


 目の色と顔の模様が消え、バスレーに戻ると肩を掴もうとしたローエンの手をそっと振り払いながら目を伏せる。


 「……でも、そうだとしてもラースは私達の子です。あなた、行きましょう」

 「あ、ああ……すみませんバスレー先生。お時間をいただきありがとう、ございました……」

 「大丈夫です。この話はくれぐれも『ラース君には』内密に」

 「分かっています。それでは――」


 疲れてはいるが、決意の目を見せるローエンとマリアンヌを見送るバスレーが溜息を吐く。


 すると――


 『……これで良かったと思いますか? バスレー』

 「わかりません。ですが、福音の降臨を倒すことで、貴女の心配事は消えます。倒しましょう、必ず」


 扉を見ながら、レガーロの問いにバスレーは力強く答えた。

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