第四百六十四話 セフィロトの樹
「ふむ、それでレフレクシオン王国を攻略しようとしていた理由がはっきりしましたね」
バスレー先生が教主アポスが国王様の従兄だという話を聞いて、レッツェルが顎に手を当てて話を続ける。
「ここにいる方々のほとんどはご存じだと思いますが、福音の降臨の目的はレフレクシオンの領地を手に入れて内部から崩す、というものでした」
「他にも信者を潜り込ませていたから分かるけど、そういえば他の国にはそういうことをしていなかったのか?」
今更ながらそんなことを思い尋ねてみると、レッツェルは頷いた。
「ええ、その通りです。僕は教主を使える人間として見ていただけですが、レフレクシオンに執着しているのはよく分かりました。個人的に恨みがあるとは思っていましたが、王族の一人というならわかりますね」
「ふむ……俺が領主になったころには居なかった。そもそもレッツェル、君がブラオと共謀していた時期には福音の降臨と関わっていたということはすでに教主をやっていた……。アポスという男は一体いつからそんなことをしていたのだろうか……」
「そのあたりは国王に聞いた方が早いと思いますがね」
父さんが時系列を考えながら呟いているその時、俺はふと気になったことを口にする。
「国王様の従兄ってことはウチの父さんよりも年上だよな? それなのに悠長に領地を手に入れるような真似をしていたのか? ベリアース王国を焚き付けてレフレクシオン王国を攻めた方がどう考えても楽だし、信者、それどころか自分の手を汚さず制圧できる可能性だってあるのに」
「流石はラース君。それは僕も気になっていました。しかし、彼は頑なに領地を手に入れろとだけ指示していました」
……なんだろう、凄く違和感がある。だけど、俺はその行動原理を知っているような気がする。記憶を掘り起こそうとしているとマキナが話し出す。
「色々と衝撃だけど、どっちにしてもガストの町を取り戻さないといけないわ。エバーライドの兵士に町の人をずっと王都で暮らすわけにはいかないし。バスレー先生とレガーロさん、だっけ? なにか悪魔達に対しての手段は無いんですか?」
教主のことを考えても仕方がない、今はできることをしないと。そうマキナが口にし、俺達は考えを切り替える。確かに教主が誰であろうと敵であることに変わりはない。
『イシシシ、その言葉を待っていましたよ。さて、十神者が異世界の悪魔の化身ということはご理解いただけました。そして今のところ、確実に消し去れるのはこの神の樹であるセフィロトだけなんですね、はい……』
「ならそいつを軸に俺達が立ち回る、ってことでいいのか? 確かにあいつらは強えけど、アクゼリュス……いや、アスモデウスのスキルの正体は分かっているし、残り二人も対処しようがあるだろ」
「今度は僕も参加するよ、町を取り戻すなら領主の息子としてね」
「オラもやるよ!」
「いや、兄さんとノーラは参加しない方が……」
俺がそう言うと、セフィロが口を開く。
「……ううん、そうとも限らないよお兄ちゃん。あの悪魔達がクリフォトを操っているのは知っているよね?」
「ん? ああ、そりゃ何回も戦ったし」
「結構強かったよ、それがどうかしたの?」
クーデリカが母さんに抱っこされているセフィロに目線を合わせ聞くと、続きを話す。
「クリフォトの樹は邪悪の樹と呼ばれていて、十神者の悪魔達のスキルはそれぞれ人間の醜い部分や欲を司っているんだ」
「だから面倒くさいスキルばっかりなんだな……」
「ジャック、ちゃんと聞かないと」
ジャックの意見には同意見だ。
「で、クリフォトと対を成すのがボク、セフィロト。そしてボクにも正しい十の取り巻きが居るんだ」
「あらぁ。なら、その人たちを呼んで相手をしてもらえばいいのねぇ?」
ベルナ先生が手を合わせて微笑むが、セフィロの顔が曇り首を振る。
「……今はダメなんだ。ボクの力が戻ればできるかもしれないけど、いつになるかわからないんだよ。百年……もしかしたら千年後かもしれないし」
「そんなには待てんのう……やはりワシらで倒すしかないのか。しかし、この全盛期でギリギリ戦えるかどうかという相手じゃ、修行は必要か」
<……>
ファスさんが肩を竦めながら指を鳴らす。あの時ルキフグス達にやられたのはプライドに傷をつけられたらしい。
それをセフィロは目を瞑って聞いていたが、やがて静かに目を開き、手のひらを俺達に見せる。
「……ひとつ、ボクにできることがある。これを――」
「それは……木の実?」
「美味しそうだねー!」
「セフィロちゃんくれるの?」
「ううん、アイナちゃん達には上げられないんだ。ごめんね。これはボクの力、十の取り巻きのひとつを実にしたもの。これを食べればボクと同じく、悪魔達を倒せるようになる……はずだよ」
「へえ、いいじゃん。じゃあ俺もこれで戦えるのか」
ジャックがその実を取ろうとしたが、セフィロはすぐに引っ込める。
「……でもね、これを食べた後は体がどうなるかは保証ができないんだ。それと力は悪魔達と同じ十個しか無いんだ。食べる、ということは必ず悪魔と対峙しないといけない。ジャック兄ちゃんはそれでも、いい?」
「う……そ、そりゃあ……」
判断ができかねる、という顔でジャックが呻く。それはそうだ、悪魔と戦えるようになるということは悪魔達を止めるために行動せねばならないので、危険度は格段に上がる。
「それとラース兄ちゃんと関りが深い人だけが食べることができるよ。……食べなくてもボクがクリフォトの悪魔は止めるから、安心してね?」
「それは俺も食べられるのか?」
「うん」
セフィロは迷わず頷いたが、表情は暗い。提示はしたけど望んではいない、ってことか? 俺は少し考えた後、みんなに言う。
「とりあえず、国王様達がベリアース王国、それと福音の降臨に対してどうでるか結論が出るまでセフィロの件は保留にしよう」
「うん……私達がもっと強かったらセフィロにこんな顔をさせないで済んだのに……」
マキナがセフィロを撫でるとくすぐったそうに目を細めて笑う。
『ま、そこはアタシもお手伝いしますからご安心を……最悪、教主アポスを直接狙う手もありますがねえ』
「くく……それは面白そうですね。……そういえば、今地下牢に居るアイーアツブスにも悪魔が憑いているということでしょうか?」
『ですねえ。そこはラース君にお願いするとして、アタシ達の話はこれで終わりです。まだアポスが悪魔4人が敗北したことを把握するまでには時間がかかります。正直、ガストの町を取られたのは厳しかったですが、あの場に悪魔を封じることができたのは僥倖だったと言えます』
「領主さんのローエンさんの前で言うことじゃありませんが、レガーロに変わって謝罪します」
『あ、自分だけいい子ぶるつもりですかねえ!? ア、アタシも謝りますよ!?』
また一人で漫才を始めたバスレガーロのコンビに父さんが苦笑しながら手を振る。
「ああ、あれは仕方がないから気にしないでいい。誰が悪いってわけじゃないだろう? ここで対策を練るための材料をもらえたのだけでも充分だ」
『申し訳ないことですよ、イシシシ……だからこそあなた方に……』
「え?」
『いいえなんでも。では、アタシはしばらく引っ込みますので、後は現場のバスレーさんにお任せしましょう』
そう言うと、バスレー先生の顔から文様が消えガクリと膝をつく。
「先生!?」
「お、お腹が空きました……な、なにか食べ物を……!」
「なんだよ!?」
「いやあ、レガーロを表に出すとめちゃくちゃお腹が減るんですよねえ。ハンバーグ、ハンバーグがいいです」
「バスレー先生食いしん坊だ!」
アイナがそう言って手を上げると、場が和みみんなが笑い出す。
しかし、そうしていない二人が口を開く。
<……レッツェルと言ったか? お前はずっと生きていると聞いた>
「? ええ、それがなにか?」
<我と同じドラゴン種を見たことは無いか? できればこの世界でも強者と呼ばれるドラゴンを>
「どうしたんだサージュ、急にそんなことを言って?」
俺がそう言うと、サージュは俺の頭に飛び乗り話し出す。
<……我は自分で言うのもなんだが古代竜としてそれなりに強者だ。しかし、あの悪魔どもを相手取るにはこのままでは勝てんと判断した。昔、レイナがドラゴンは人間に姿を変えて人を騙す、という話をしていたことを思い出した>
「それ、おとぎ話なんじゃないのー?」
ノーラがサージュを見ながらそう言うと、レッツェルが腕組みをして口を開く。
「……いえ、あながちそうだとも言い切れません。僕は行ったことはありませんが、遥か東にドラゴンの棲む洞窟、ダンジョンがあるそうです。もしかするとそこならなにか分かるかもしれませんね」
<ふむ……ダメ元で向かってみるか。リューゼ達の鎧も壊れたし、素材も貰えないか交渉しよう>
「ほ、本気なのか?」
<無論だ。あの町は我の棲む場所だ、みすみす取られて黙っているわけにはいかん>
サージュは窓の外を見ながら、決意した声を出していた。そして――
「ではワシも同行させてもらおう。ドラゴン相手ならいい修行相手になるじゃろう」
「し、師匠?」
不敵に笑うファスさんが居た。
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