第四百六十話  敗走


 『ひゃははは! ざまぁねぇな!』

 『ま、だですよ!!」

 「よ、よせバスレー……今の俺達じゃ無理だ……撤退を……ヒッツライト、若いやつら、を……!」

 「逃げ切れるとは思えんがな……」

 『そうよ! 逃がすわきゃねぇ……この姿を見たやつらは全員、死だ!』

 「馬鹿な……我々がたった一人に負けるとは……!」

 「言うな学院長、こいつは強すぎる……!」


 尽きかけていた力をもってバスレーがアクゼリュスを攻めたが、バスレーの兄から抜け出た本体による攻撃でリューゼやティグレ達は全滅寸前だった。

 

 『悪ぃな、とっておきってやつなんだよこの姿はな。さらに強くなれるが……その必要は無さそうだなぁ! ひゃはははははは!!』

 「う……」

 『リューゼ君の頭から足をどけなさい!」

 『てめぇもよく分からねえがよく戦ったよ。うらぁあ!!』

 『ぐ……!?」


 黄金の槌を避けられがら空きになった腹に拳を入れられ苦悶の表情を作るバスレーが地面に転がると、顔の痣がスッと消えた。

 

 「ま、まさかこれほどとは思いませんでしたね……」

 『まあ、相手が悪かったってこったな。さて、名残惜しいが一人ずつ死んでもらおうかねえ……』


 目を細めて舌なめずりをするアクゼリュスが大剣をリューゼ……ではなく、倒れているナルへと向けた。


 『……起きてんだろう? ひゃははは! 隙をつくつもりだったようだが、そうはいかねぇ。まずはこの小娘から殺して――あん……?』

 

 目論見が看破され冷や汗をかくリューゼ。

 しかし、アクゼリュスは空に目を向け疑問の声をあげた。そして眉間に皺を寄せて口を開いた。


 『あいつらがやられた……? あれが出るってことは真の姿をさらしたってことになる……それを倒せるやつがこんなところに居るってのか?』

 「へ、へっ……ラ、ラースだろうな……てめえの仲間がどんなもんか知らねえが……げほ……あいつには勝てなかったってことだ……」

 『……』

 「ぐあ!?」


 リューゼがナルから自分に意識を向けさせるため血を吐きながらアクゼリュスを嘲笑うような喋りをすると、アクゼリュスがリューゼの太ももに剣を突き刺した。


 『ラースってのはナニモンだ? そういやレッツェルやアルバトロスがやられたってのもそんな名前だったような気がするなあ』

 「ぎゃあああああ!?」

 「リュ、リューゼ!? 野郎……!!」

 『まだ動けるか! ここには死屍累々の人間ばかりいるんだぜぇ? 俺のスキルは最高潮! 勝てるわきゃねぇだろうが!!』

 「な、なんのぉぉぉ!!」

 『しつけぇな!』

 「やべぇ……!?」


 ティグレが斬りかかり、震える膝を踏ん張り撃ち合う。しかし、尽きた体力が回復しておらず、膝が折れた。


 『どうせあの靄にまかれたら同じことだが……先に死ね!!』

 「くっ……ベルナ、ティリア!!」

 

 頭上に振り下ろされる剣にティグレは死を予感し目を瞑る。だが、いつまで経っても意識が途絶えることなく、ゆっくり目を開けると――


 ◆ ◇ ◆


 「くらええええええ!!」

 『なにぃ!?』


 ティグレ先生の頭に大剣が振り下ろされるのが見えた俺は、一気に加速し上空から蹴りをお見舞いしてやった。ストレングスで能力を上げた状態の蹴りはアクゼリュスと呼ばれていた男を建物に叩きつけ、家にクレーターのようなヒビが入った。


 「ラ、ラースか!?」

 「ティグレ! リューゼも! 二人がここまでやられるなんて……それにバスレー先生!?」

 

 俺はヒーリングをかけながら驚愕していると、アクゼリュスがこっちへ向かってくるのが見え、反撃の構えを取る。


 『てめぇがラースか! 俺を飛ばしたヤツだったとはな! ケムダーとシェリダーをやったのはてめぇだな!』

 「一人じゃ厳しかったけどな。だが、お前達の正体は割れているぞアクゼリュス! いや、アスモデウス!」

 『て、てめぇぇぇぇぇ、その名をどこで――』

 「アスモデウス……?」


 襲い掛かってこようとしたアクゼリュスに真名であろう名を叩きつけると案の定苦しみだした。リブレ学院長の呟きからすると悪魔たちの名はこの世界には伝わっていないようだ。となるとやはり俺の居た世界から来たと見るべきか……。俺という存在が居るのだから、他にも来ていておかしくはないけど、なにか引っかかる……とりあえず考察は一旦止め、回復させたみんなへ告げる。


 「……ティグレ先生達は負傷者を連れて屋敷に向かって欲しい。あの黒い靄は町を覆おうとしているんだ、巻き込まれたらどうなるか分からない。残念だけど、ガストの町から撤退するしかない」

 「マジか!? で、でもこいつを倒せば――お前なら……」

 「こいつを倒すつもりはある。けど、恐らく黒い靄に姿を変えて生きながらえるはずだ。完全に倒す方法があるらしい」

 「……そんなものがあるのかラース君? いや、ここは撤退すべきか。何とかなるんだね?」


 回復したリブレ学院長がよろけながら俺に尋ねてきたので頷くと、察してくれた学院長たちは転移魔法陣へと向かった。


 「バスレー先生も早く行ってくれ。ティグレ先生とリューゼも」


 俺の横に立ってアスモデウスの変化を見るバスレー先生に声をかけると、肩を竦めて口を開く。


 「そういうわけにもいきませんよ。お兄ちゃんの体を持って行かないといけませんし、あいつは仇ですからねえ。で、その子は誰です?」

 「後でね、おねえちゃん」

 「……大丈夫、すぐに終わるよ」

 「どういう意味だ? ……って、なんだありゃ……」

 『クソガキがぁ……この姿を知っているとはてめぇどこから来た!』

 「さあね、ここは俺達の負けだ、潔く町から出て行く。だけど、お前は倒しておく!」


 三つの頭を持つ異形の化け物に変わったアスモデウスを睨みつけると、中央の頭が笑いながら一足飛びで向かってくる。


 『馬鹿が! 死ぬのはてめぇらだ! とっとと逃げていれば良かったのによ、ひゃはははははは!』

 「悪いけど、時間が無いんだ。……頼むぞセフィロ! <転移>」

 『なんだ……? ……ぐお!?』

 「もらったよアスモデウス!」

 『この力……セフィロト――う、うおおおおお!? た、魂を!? 離れろぉぉぉぉぉ!!』

 「きゃあ!?」

 「セフィロ!?」

 

 俺はショート転移で弾き飛ばされたセフィロを受け止めレビテーションで上空へ。眼下ではアスモデウスがやはり黒い靄を出して苦しんでいた。


 『……ひゃは……十神者ともあろうものが三人もやられるとはな……だが、まだ終わっていない……この町はいただいた……教主サマも異変に気付く。この町を皮切りに王都へ攻め込むだろうぜぇ! 俺は……俺達ゃその間に復活するため力をタクワエル……タノシミニ……シテ――』

 「まずい!? みんな屋敷へ走って!」

 「お、おう!」

 「バスレー先生、急いで!」

 「兄ちゃん……まだ息がありますね……! す、すみません行きます!」


 あまりの光景に呆然としていたリューゼ達に叫ぶとハッとして踵を返して走り出す。黒い靄は人間を取り込もうと意思を持っているのか、明らかにリューゼ達を狙っていた。

 

 「マキナ達はサージュと合流できたか……?」

 

 一応、十神者のケムダーとシェリダーの本体もサージュに連れていってもらっているので、手の内に四人十神者が居ることになる。戦争になった場合、それでも六人得体の知れないのが居ると思うと背筋が寒くなる。


 一通り見回ったが、サージュのおかげで騎士やエバーライドの兵士達は屋敷へと向かったようなので俺も屋敷へと飛ぶ。


 「……! ラース!」

 「マキナ! それにみんな!」


 庭に降りるとマキナと兄さん、ノーラにリューゼ、クーデリカが待ってくれていた。


 「向こうへ行ったわ!」

 「多分、ラースで最後だよ」

 「すまねぇ、倒し切れなかったぜ……」

 「ごめんね……足を引っ張っちゃった……」

 

 リューゼとクーデリカがシュンとするが、俺は生き残っただけでも充分だと声をかけた。


 「あれは仕方ない。相手が悪かったんだ、俺もセフィロが居なかったらやばかったろうし、生きていてくれてホッとしているよ」

 「お兄ちゃん、早く行こう。もうすぐそこまで来ているよ!」

 「あ、あれ? セフィロ? 夢……じゃないわよね……?」

 「うん! さ、早く早く!」

 「可愛い子だねー誰なんだろう?」


 セフィロに言われ、俺達は転移魔法陣で王都へと帰還。向こうから来れないよう王都側の転移魔法陣を破棄し、ガストの町での戦いは終わった。


 その結果、十神者は倒し切れず、町は奪われた。それが何を意味するのか?


 ――そう、俺達は……やつらに負けたのだ。

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