第四百五十二話 相手を間違うな
「<ファイアアロー>!」
「あんまり効果があるように見えませんね、学院長。火に弱そうな見た目をしているんですけど」
「というより、全体的にこちらの攻撃が効いていない印象だな。騎士たちも手を焼いている」
女教員が魔法を使いながらリブレに近づき声をかけると、リブレは戦場を見ながらどうすべきかと考えを巡らせていた。クリフォトにダメージが通っていないわけではないが、一体あたりの戦力が高いため、負傷は免れないといった状況だった。
「回復魔法が使えるものは下がれ! 騎士たちは怪我をしたらすぐに引いて治療に専念をしてくれ、攻撃魔法を得意とするものは騎士の近くで援護だ」
「協力して戦ってくださいね、着火したところは脆いので剣でばっさりいきましょう。それでは学院長、ご武運を」
「頼むぞ。…さて、私も全力を出すとしようか。若いころ陛下と島国で戦争に巻き込まれた時のことを思い出すな。古代魔法を撃つ、私の前にいるものは回避してくれ! <フリージングヒュドラ>」
リブレの放つ八つに分かれた氷結の槍がクリフォトの体に突き刺さり動きを封じる。その隙に枝を燃やし、切り裂いていく騎士と教員達。
「よし、一気に落とすぞ!」
リブレの言葉にその場にいたものが鼓舞されクリフォトの枝に叩かれ、巨体で体当たりをされても怯まず、応戦する。
そんな中、ティグレは自身の戦いで他の人間を巻き添えにしないよう、リブレ達から離れるように攻撃を仕掛けていた。
「ほっ! はぁ!」
「なんの……!」
「へっ、やるじゃねぇか。今のを捌くとは、ちゃんと訓練はしているようだな?」
「当たり前だ! 今回のようにいつ戦争を起こすか分からないから兵士の育成は他国より進んでいる。そしてそれを束ねる俺が弱くては話にならんからな!」
ヒッツライドはそう言ってティグレの槍を大剣で弾くと、大きく踏み込んで横薙ぎに振るう。
「っと、いい踏み込みだな、さすがにあの頃とは違うか」
「何年前の話をしている! ‟ヘルムクラッシュ”!」
「確かにその通りだな……っく、いい威力だ」
横薙ぎの攻撃を躱したすぐ、ヒッツライドは最短の動きでティグレの頭上に大剣を振り下ろし、それを槍で受け止めると、開いた右手の剣で突きかかった。
「相変わらず手癖が悪いな……!! チィ!」
「そら、まだ行くぜ! こっちも技で返してやる、‟オービタルファング”」
「うおお!?」
槍の直線的な攻撃軌道で相手の立ち位置と動きを制限し、誘導した先に剣で切り裂く技を繰り出し、距離を詰められたヒッツライドは驚愕の声を上げて大剣でガードをする。
「げふ……!?」
しかし、側面に回り込まれると、脇腹や胸当てに打撃を受けてせき込んだ。
鎧で守られているとはいえ衝撃はかなりのもので、地面を転がった。
「くっ……強い……【デュエル】のスキルで俺に有利な状況のはずなのに……!」
「だろうな。じゃなきゃ耐えられないぜ? 教え子のラースとリューゼにやった時は危うくあばら骨を折りそうになったからな。さて、大人しく捕まってくれると助かるんだがどうする? それとあの気持ち悪い木を片付けてくれるか?」
「馬鹿なことをぬかすなぁぁぁ! 俺はベリアースの騎士団長、ヒッツライド=カーウェイだぞ!!」
余裕のあるティグレを見て激高しながら突っ込んでくるヒッツライドに、ティグレは目を細めて腰を落とすと迎撃態勢を取った。
「そんな肩書きになんの意味があるってんだ、ああ?」
「うるさい! お前があの時逃げ出したりしなければ!! おおおおおお!」
「わかった。……とりあえずぶちのめして目を覚まさせてやる」
そう言って唾を地面に吐き、おもむろに槍を投げつけるティグレ。
「!?」
ヒッツライドは咄嗟に大剣でそれを弾くが、その間にティグレは剣を鞘に納めてすでに弓を構えており、矢を放つ。
「……」
「当たらなければ意味はないぞ! ぐぬ……!? よ、鎧の隙間を!?」
「俺のスキルは知っているはずだよな? 俺が【戦鬼】と呼ばれることになったこの力をよ……!」
「その力があれば、みんなを救えたはずだ!」
肩やガントレットに矢が刺さりながらも大剣を盾にしながら突き進むヒッツライドは、ティグレが弓を捨てる瞬間を狙って切り込んだ。
「速い……! タイマンなら昔はお前の方が強かったなそういや!」
「死ねティグレ、その首をキシェの墓に入れてやる!」
「っと……! それであいつが喜ぶならそうしてやってもいいと思ってたよ」
「なら――」
「昔はな!」
「ぐ……!!」
迫るヒッツライドに剣で迎え撃ち、剣同士がぶつかると火花が散り、押し合いになる。この状態になれば【デュエル】のスキルがあるヒッツライドが有利だが――
「……死んだ奴は生き返らねえ、あいつの性格から言って死んで償うことを良しとするやつじゃねえだろう」
「黙れよ……!」
ティグレの言葉に苛立ち、ヒッツライドが力任せに何度も斬撃を繰り出してくる。
「……運が悪かったんだ。どっかの国のお姫様も戦争に巻き込まれて死んでいたぜ。だから、そういうものなんだよ。村のみんなもそうだ。俺がいたら助かっていたかもわからねえ」
「俺とお前が居さえすれば……!!」
「馬鹿野郎が!!」
瞬間、ティグレが激高し音もなく側面へ移動し、ヒッツライドを殴りつけた。
「なんだ、今の動きは……」
「最近知り合った達人の動きをちょっとな? というかてめえ、まだグチグチ女々しいことを言うってのか? 俺に恨みをぶつけるのはかまわねえ。だが肝心なところから目をそむけてんじゃねえか」
「なんだと……!」
攻撃が飛び交う中、ティグレは避けながらさらに続ける。
「戦争を仕掛けたのは誰だ? ベリアースの国王だろうが! それがなけりゃ戦争になることもなかった。それなのにその国の騎士団長を自慢するのか? お前や俺がやらなきゃならんのは戦争を回避するために動くことだろうがよ! いつ戦争が起こるか分からないから兵士を鍛えている? 馬鹿が、戦争が始まったらまたどこかの村が消えるかもしれねえだろうが!」
「ぐお……!?」
「キシェや俺達みたいなのをこれから出さないようにするのが騎士団長のお前がやることだろうがぁぁぁぁ!!」
ティグレは握りしめた剣を右から斬りかかる。
「くっ……」
咄嗟に左を庇ったその瞬間、ヒッツライドの右胴体に鈍い痛みが走り、悲鳴を上げた。
「がはぁ!? こ、これは……!」
「……そうだ、子供のころお前を倒すために編み出した技。俺の教え子がドラゴンファングと名付けてくれたよ」
「く、くく……お前は変わらないな……馬鹿みたいに直情的で思ったままに動く……そんなお前をキシェは好きだった。俺はそれが羨ましかったよ……」
ティグレが剣を振りぬくと、大剣を取り落としながらヒッツライドが倒れると、血が付いた剣を振りながら足元のヒッツライドへ言う。
「……てめぇはいつも難しいことばかり考えていたな。そんなことだからいいように使われるんだ。俺はそれが嫌で逃げたんだ」
「ふ、ふふ……そうだな……お前の言う通り……陛下が仕掛けた戦争だ……お前を恨むのは筋違い。だが、俺の前から姿を消したお前をどうしても許せなかった……」
「ま、それはいいさ、逃げたのは確かだしな。お前も吸うか? あっちは学院長もいるし、大丈夫だろう」
火のついたタバコを差し出され、目を丸くして驚くヒッツライド。しかしすぐに口元に笑みを浮かべてタバコを受け取った。
「く……くく……いや、勝てんな、お前には……」
「お前も強かったぜ? 久しぶりに全力でやったし、ちょっと手首にひびが入ってそうだ」
「そういう意味じゃ――うぷ!?」
「領主の奥さんの傷薬だ、塗っとけ。結構深いだろ」
「俺を生かすつもりか!?」
「まあ、なんか言われるかもしれねぇがいいだろ。……それに、本来倒すべき相手は戦争をけしかけた福音の降臨だ」
「……」
「だからお前は殺さない。だが、拘束はさせてもらう、いいな?」
「勝手にしろ、この馬鹿野郎が」
「うるせえ!」
ティグレがタバコをくわえたまま上半身を起こしたヒッツライドの頭に拳骨を食らわせ、ヒッツライドが涙目で呻き、そのまま俯いて口を開く
「……キシェは許してくれるかな……」
「ま、向こうに行ってから聞いてみようや」
「そう、だな……」
その瞬間、暖かい風が二人の間を吹き抜けた。
(私は怒ってないよ。ふたりともおじいちゃんになるまで来ちゃだめだからね)
「……!? 今のは……」
「キシェ……?」
ティグレはそういえばウルカが来ていたなと空に目を向けるが、すぐに首を振って笑う。
「……あいつはキシェを知らねえから違う、か。……またな、キシェ。お前の分まで幸せに生き抜いてやるよ」
「ふん、結婚してるんだったか。羨ましいことだ」
「恨み言は後で聞いてやる。そろそろ行くか」
ティグレがタバコを捨てながら、こちらに向かってくる女教員を見て言う。
「ティグレ先生!」
「おう、こっちは終わったぜ」
「あれ? 生きているじゃないですか!?」
「悪かったな……」
「悪いですよ! それよりゴブリンも町に広がっているみたいです。スケルトンが相手をしていますが、数が多いので私達が行こうかと……」
「分かった。あの木は俺が何とかする。んでリューゼのところに行くぜ」
「俺も行こう。自分で蒔いた種――いてぇ!?」
ヒッツライドが大剣を拾おうとしたところで女教員から後頭部を杖で殴られた。
「な、なにすんだ!?」
「あ、あなたは敵でしょう? 武器を拾おうとするから……」
「ああ、すまねえ、こいつはもう大丈夫だ。行くぞヒッツ」
「ぐ……くそ、わかった……」
「あ、謝りませんからね! 敵だし!」
「もうちげぇよ!? なんなんだこの女……」
「あ、今、面倒くさい女だって思ったわね!」
「ああ、もう面倒くさい!? 行くぞティグレ!」
そのやり取りに
「案外こういうやつらは相性が良かったりするんだよな……」
苦笑しながら、クリフォトの迎撃に向かうのだった。
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