第四百五十一話 過去と未来を見る者


 ――ケムダーを倒す少し前のポイントB。


 ここはティグレやリブレが待機しているポイントで、ラースの転移魔法による敵の分散を待っていた。

 ティグレを含めた教員達はレフレクシオン王国の騎士が目を見張るほどの装備を身に着け、備えている。


 「ティグレは珍しく装備をしているのだな」

 「ん? ああ、あのアクゼリュスとかいうやつは強かった。それに敵は一人じゃねえから速やかに倒す必要があるからな」


 ガントレットの具合を確かめながら学院長のリブレにそう返すと、近くに居た騎士が緊張な面持ちで声をかけた。


 「大剣、腰の長剣、槍、足のダガーに背には弓、ですか……。戦鬼……いえ、ベリアース王国の英雄と呼ばれたあなたと肩を並べて戦えるのは光栄です」

 「よしてくれ、俺もいい年だぜ? どこまでやれるかわからねえし、騎士達こそ頼むぜ!」

 「ははは、驕らない方だ。ここにいる二十人が束になってかかって勝てるかどうかですよ」


 騎士は笑いながらそう言うと、緑のローブに身を包んだ女性教員が杖を磨きながら口を開いた。


 「ベルナ先生は? あの人も居てくれると助かるんだけど……」

 「子守りをしてもらっているぜ。あんまり危ないところには出したくないんだよ」

 「まあ、結婚していなくて子供の居ない私たちはいいっていうのね?」

 「そうは言ってないだろ!? その分俺が頑張るから勘弁してくれ……」


 ティグレが疲れたように呟くと、その瞬間転移魔法陣に反応があった。


 「……む、皆構えよ! 出てくるぞ!」


 リブレの声で場に緊張が走り、それぞれ武器を構えて転移をしてくる者を待つ。やがて光が消えると、そこにはベリアース王国の紋章が刻まれた鎧を着た騎士が現れる。


 「ここは……!」

 「よう、地獄の入口へようこそってな」

 「……!? くく、わざわざ出向いた甲斐があったというものか、いきなり当たりに出会うとはな。ティグレ」

 「あ? どういうことだ? ベリアースの騎士みたいだが俺を知ってるやつがまだ居るとは思わなかった」


 ティグレが目を細めて不思議そうに返すと、転移から出てきた男は最初目を丸くしてティグレを見た後、すぐに眉間に皺を寄せながら声を荒げる。


 「貴様、俺を忘れたのか! ヒッツライドだ」

 「ヒッツ……?」


 ティグレは首を傾げると、ひそひそと先ほどの女教員と騎士が話始める。

 

 「あー、居るわよね一方的にライバルとか友達だと思っている人」

 「あ、俺も知ってますよそういう人。ただの同期とか覚えているわけないですよね」

 「ぐ……!」


 ヒッツライトが睨みつけると、そこでようやくティグレが声を上げた。


 「あ! お前ヒッツライト、懐かしいな! 俺と同じ村のやつだろ? 戦争でびびって泣きわめいていた!」

 「や、やかましい! 戦場から逃げ出したお前に言われる筋合いはない! ……ふん、久しぶりだな」

 「……だな。それで、お前はそのままベリアースの騎士になったってわけか。このまま逃げ帰すわけにもいかねえ、死ぬか大人しく捕まるか、選ばせてやる」


 ティグレは大剣を構えながら首の骨を鳴らし、その場の気温が少し下がったかと錯覚するほど冷たい声色でヒッツライトへ言う。

 

 「戦いが嫌で逃げた男がよくも言ったな? しかし、お前には感謝していることもある」

 「なんだそりゃ?」

 「……俺はあの戦争で確かに泣き叫びながら立ちまわった。だが、死にかけた兵士を殺して首をとり、徐々に戦いに慣れていった。苦労はあったが、今ではベリアースの騎士、それも騎士団長にまで昇りつめた」

 「へえ」

 

 特に面白くもないと言った感じで返事をするティグレに歯噛みをしながらヒッツライトは続ける。

 

 「もし貴様が残っていれば騎士団長はお前だったろう……故に、あの時戦場から逃げ出してくれて感謝している。俺のスキル【デュエル】で一対一の戦いに巻き込めば俺に勝てるやつはそういない」

 「自慢話をしに来たのかしら……あの、すみませんけど福音の降臨を倒さないといけないんで、その辺にしてもらえませんか」

 「ち、違う!? 俺はお前がこの町に居ると聞いて歓喜した。お前は俺の憧れだった……しかし、逃げた。お前が居て、全て蹂躙しておけば……俺達の村が潰されることは無かったんだ。キシェも死なずに済んだ! その恨みを晴らすために俺はここまで来た!」


 激昂しながらティグレを指さすヒッツライトに、ティグレは一つ息を吸い、大剣を向けてから答えた。


 「……あれから十五年以上経っているのにお前はまだ前を向けてねえんだな……。言い訳じゃねえが、俺が居たところで結果は変わらなかったと思うぜ? お前がキシェのことを好きだったのは知っている。が、居なくなった人間に縛られていても仕方がねえ」

 「貴様……キシェが貴様を好きだったことを知っていてそれを言うか! これでは浮かばれん……キシェの無念は俺が晴らす」

 「お前のことは忘れていたが、あいつのことを忘れたことは一度もねえ。結婚してからもな」

 「な!? 貴様結婚しているのか……!? おのれ……!」

 「お前もいい加減前を向いて生きたらどうだ?」

  

 「そうね、ティグレ先生には可愛い娘さんが居るわ。あれを見たら考えが変わると思う……」

 「あれは天使です……」

 「余計なことを言うな!? ヒッツライト、この数を相手に勝てると思ってないだろうな? お前のスキルもこの状況じゃ役に立たない」

 「……確かに。福音の降臨は俺もいけ好かないとは思っている。エバーライドを手に入れるきっかけとはいえ、陛下もなぜあんな輩を引き入れたのか。しかし、今はあいつらの力、使わせてもらおう!」


 ヒッツライトが腰のポーチに手を突っ込み何かを取り出して辺りに振りまいた。粉のように見えたソレは空中で姿を成し、みるみるうちに巨大な大木と化した。


 「ティグレは俺がやる。クリフォトどもは騎士達の相手をしろ」

 「グォォォォ……!」

 「こいつはラース達が言っていたやつか? 気をつけろ、一筋縄じゃいかねえぞ!」

 「「お任せを! そのこじらせている男は頼みますよティグレ殿!」」


 「さて、教員の皆。日頃のストレスを発散させる時間のようですな」

 「それは学院長だけでしょ? こんな前線に立ちたがる権力者は居ませんよ……」

 「ふっふっふ、若いころは――」

 「あー! 聞こえません! 行きますよ! <フレイムトルネード>! 炭にして売ってやるんだから」

 「副業は申請をするのだぞ? <ファイヤーボール>!」


 クリフォトの数は十。

 数は圧倒的に有利だが、クリフォトへの斬撃は効果が薄い。まずはリブレと女教員の魔法が炸裂する。

 その様子を横目で見ながら、迫って来たヒッツライトを迎え撃つティグレ。


 「死ね……!」

 「肩の力を抜かないと……死ぬのはてめぇだぞ?」

 「ぐぬ!? 馬鹿力め!」

 「行くぞ!」


 左手に槍、右手に大剣を携えたティグレが力強く踏み込んだ!

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