第四百三十六話 【貪欲】


 騎馬の無い槍兵となったケムダーに俺とイーグルさんの二人がかりで応戦する。

 ティグレ先生の授業で槍を持った相手を倒すのは骨が折れると聞いていたけど、確かに……という印象だ。

 学院の対抗戦でも数人いたけど、それとは比べ物にならない。


 「ふははは、どうした! 私を倒すのでは無かったのか?」

 「おおおおお!」


 槍とは言ったけど、ケムダーの持つものはいわゆるランスと呼ばれる円錐状のもので、基本的に突くことを想定したものだ。

 ケムダーのランスをイーグルさんが盾で逸らし、大剣を片手で振るい首を狙う。

 しかし、ケムダーも上手く大剣をランスの側面で受け流す。その隙は逃がさないと俺は魔法をぶっ放す。


 「<ファイアーボール>!」

 「捌くのが精一杯……というわけにもいかないんでな!」

 「なんと、魔法を弾いた!?」

 「十神者だぞ! これくらい――何!?」

 「だあああああ!」

 「ぐぬ!? 小癪な!」

 「やるな……!」


 空から撃ちだしたファイアーボールと同じ方向に向かってレビテーションで下降し剣で突くと、ケムダーは追撃をしていたイーグルさんの攻撃を回転させるように回避し、ランスの先端を俺の剣先に合わせてきた。針の糸を通すような繊細さが必要だが、咄嗟にやってのけるとは……!


 「このまま押し切るぞガキィ!!」

 「させるものか、イーグルさん離れて! <ファイアーボール>十連発を食らえ!」

 「オッケーだラース君! そらよ!」

 「雑魚が!? おおおおお!?」


 イーグルさんが離脱寸前で回し蹴りを放ち、ケムダーの体が大きく傾いた。そこへ俺のファイアーボールが雨のように降り注ぐ。

 ドラゴニックブレイズほどではないけど、昔リューゼに脅す目的で見せた大きさのものを十発叩き込んでやったので轟音と熱量が物凄い。

 これでやれたとは思わないけど、ダメージは与えたはずだ。


 そう思った瞬間――


 「ランス!? ……がっ!?」

 「ラース君! むう!?」


 俺は左肩をランスで貫かれ激痛に顔を歪める。眼下では返す刀で振り回されたランスを、イーグルさんが大剣でガードをしていたところだった。衝撃が凄かったのか滑るように距離が離れていく。


 「ぐ……<ヒーリング>」

 「回復魔法も使えるのか……! 心臓を貫いてやったと思ったのだがな」

 「相手が動かなくなるまで油断するな。ティグレ先生の教えだよ。それにしても今のは危なかった、やっぱり手加減していたな?」


 穴が空いた服の一部を破り捨て、唾を吐きながらケムダーに言うと、口元に笑みを浮かべて喋り出す。


 「当たり前だろう。手の内を最初から見せるのはアホのすることだ。貴様達もそうではないか?」

 「さあね。【貪欲】のスキルとやら、見せてもらえないかな?」

 「ん? もう見せているが?」

 

 ケムダーが言葉を途中で切ると、背後に迫っていたイーグルさんの渾身の一撃をランスで軽々と防いでいた。


 「チッ……!」

 「どうした、弱くなったのではないか? そおれ!」

 「うおおお!?」

 「イーグルさん!?」


 ランスを軽く振っただけに見えるが、イーグルさんが吹き飛ばされた。スキルをもう見せていると言っていたけど本気を出した?


 「スキルを使っているなら好都合だ。全力で叩き潰す!」

 「ほざくなよガキが!」


 転移魔法に残しておきたいけど、魔力回復は何とかなるかと俺は最大火力を放つことにした。


 「<ドラゴニックブレイズ>!」

 「先ほど見せていた古代魔法とやらだな? くく……吹き飛べ! ‟穿孔槍牙”」

 「……!? ならば!」


 まさかと思ったが、ドラゴニックブレイズはケムダーの放った螺旋状の技と相打ちになり霧散し驚愕する俺。初めて相手に届かなかったが、驚いている暇はないと転移魔法で後ろではなくヤツの目の前に出る。槍を突き出しているので、すぐに引き戻せないだろうという算段だ。


 「ぐぬ!? やるな……まだ、私の貪欲が足りないというのか!?」

 「なんだと……? お前のスキルは……ぐは!?」


 俺の奇襲は成功し、俺がやられた部分と同じく左肩にサージュブレイドが食い込む。血が噴き出したのと同時に俺は拳で殴られ地面に転がった。


 「大丈夫かラース君!? おのれ……! ‟ハイスラッシャー”!」

 「……なんと、私の盾が!?」

 「致命打にならなかったか!」


 俺を吹き飛ばした隙にイーグルさんが必殺剣技を放つと、ケガをした左腕で受けた自慢だったであろう盾が真っ二つになり、ケムダーの余裕の表情がついに消えた。


 「……なるほど、ガキの強さを警戒していればいいと思っていたが騎士もなかなか……考えを変えねばならんようだな」

 「その傷で強がるのはやめたほうがいいんじゃないか?」

 「この程度なら……私の【貪欲】でなんとでも……なるさ」

 「なんだと?」


 大剣とランスがぶつかり合い、お互いを力で押す。

 しかし、そこでケムダーが貪欲と言った瞬間、地面に散っている自身の血と俺の血がケムダーの左肩に吸い込まれるように飲まれていった。


 「ほおう、ガキの割に強いわけだ。魔力の質がとんでもなく良いな? そら!」

 「なんのお!」

 「そうか、お前のスキル……【貪欲】は他人から力を奪うことか」


 その言葉に、ケムダーは盾を捨てながら俺に向かって言う。


 「くく……それだけではないぞ。私の【貪欲】は相手が強ければそれに呼応するスキルでもあってな、自身を相手よりも強くあれと言い聞かせれば能力は上がる。そして傷を負わせ、相手の血や肉を吸収してさらに強くなっていくのだ。フハハハハハ、どうあがいても貴様らに勝ち目はないぞ?」

 「なんてスキルだ……」


 イーグルさんが冷や汗をかくのが見え、俺もスキルの能力の高さに驚く。

 しかし、それだとこいつ自身は際限なく強くなり、俺達はおろか教主よりも強くなるはず。主人ということもあるだろうけど、そんな力があれば世界の頂点に立つことができる。

 

 性格からして増長気味なところもあるし、それならひとりでここへ来そうなものだけど、そうしていない……何か理由があると見ていいだろう。出し惜しみをしていたことも引っかかるし。


 「……とりあえず、スキルの正体は分かった。イーグルさん、ケガをしないよう注意しよう。一撃で終わらせれば貪欲に吸収なんて言っていられないだろうし」

 「ああ。ならば私も切り札を出そう」

 「え!?」

 「ほう……」


 イーグルさんはガントレット、具足、肩アーマーを外して軽装状態になりその場で軽く飛び跳ねた。


 「ちょ、ケガしないようにって言ったばかりじゃないか」

 「レッツェルとの戦いで考えるところがあってな。まあ、見ていてくれ……!」

 「ふん!」

 「は、速い……!」


 イーグルさんが急に姿を消したかと思うと、次の瞬間、ケムダーに大剣を叩きつけていた。そういえばあの時、素早さに翻弄されていたっけ。

 これなら観察を含めて立ち回れる。そう考えながら、魔力回復薬の瓶を捨ててサージュブレイドを握りしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る