第四百三十四話 戻れない道へ


 「……」

 <……来たか、いいのかラースよ。お前は人を殺すことに抵抗があるのだろう?>

 

 上空、約一キロ。

 南門付近に展開している福音の降臨達を見下ろしていると、サージュがそんなことを尋ねてきた。思うところはあるけど、返す言葉は持ち合わせている。


 「その時はなるべく殺さないように立ち回るよ。ただ、俺の大事な人が死んだりするくらいなら、やむを得ないと思っている」

 <承知した。我もラースの手前、人を殺すつもりはないが、大事な人がというのは同意見だ>


 俺達は頷き合うと、再び兵士達に目を向ける。

 後、数十分もすればガストの町へ到着するが、俺は眉を顰めてぽつりと呟く。


 「部隊展開はしないでそのまま南門から突入するつもりか? この町で暗躍していたなら北と西の門を知らないはずはないと思うけど……」

 <やつら、というより十神者で片づけられると思っているからだろう。事実、ティグレやリューゼ、それに我と言った力あるものを退けている。……本気では無かったが、あいつらが『勝てる』と踏んでいるのだろう>

 「なるほど。そうなるとエバーライドの兵士は使い捨ての肉壁にってところだろうな」

 <ふん、連中の考えそうなことだ。さて、どうする?>


 サージュが鼻を鳴らして悪態をつきながら尋ねてきたので、俺は十神者のほぼ真上に位置してもらう。計画の実行は町に全員が入ってから俺達が奇襲する形だ。


 あと少しで開始か……

 旅を出た時から戦いは絶えないけど、オリオラ、グラスコの各領地を経て、サンディオラという国を交えた戦闘、そして今回は王都を巻き込んでガストの町丸々を戦場にしている。

 前から思っていたことだけど、段々と規模が大きくなっていてこのままで大丈夫なんだろうかとも思う。

 

 みんながよく言う『ラースだから』という言葉に悪意はなく、仕方ないなお前くらいの意味合いだ。しかし、俺が起点となっていることは多く、いつか誰かが犠牲になることがある……そんなことになるのではと不安になっていたりもする。


 「……大丈夫、この戦いが終わったらレフレクシオン王国からベリアース王国に抗議をするつもりだし、これで終わりのはずだ」

 

 そしたらみんなでグラスコ領の向こうにある海に行くのもいいだろう。

 

 ……しかし、ここでの戦いにどう決着がついても今度は戦争が始まる可能性は高いが――


 <ラース!>

 「ハッ!? あいつら町に入ったか! 行くぞサージュ!」


 少し考え事をしている間に門を突き破って兵士達が町へなだれ込んでいく。門番として配置していた騎士二人が予定通り驚いたフリをしながら町の奥へ散っていくのが見えた。兵士達も町の中へ展開していき、蹂躙すべく武器を抜く。

 

 そんな状況を横目に、即座に急降下を始めたサージュと共に十神者の三人目掛けて突っ込んでいく。


 「な!? ドラゴンだと!?」

 「私がやりましょう」


 懐から転移魔法を描いた紙を取り出し、大剣を抱えた男に貼り付けようとしたところで、長いローブを着た女性が立ちはだかる。


 「邪魔だ!」

 「何をするつもりか分かりませんが……なに!?」

 <チッ、やはり飛ばされるか! ぐは!?>


 サージュが悪態をつきながら何故か一気に引き離され壁に叩きつけられる。こいつの能力は事前に聞いていたので、対峙した瞬間に俺はショート転移で大剣男の後ろに回りこむ。


 「油断したな!」

 「後ろだと!? こぞ――」


 まずはひとり。

 俺の作った転移魔法符とも言うべき紙と共に、大剣を持った男がその場から消える。

 転移魔法と魔法陣を応用し、俺が意識を集中して転移させるのではなく、触れた人や物を強制的に飛ばすための道具を作ったのだ。

 目論見は成功し、俺はすぐに地を蹴って次は槍を持った男に迫る。次はあの女を転移させるべきだが、牽制をしておくに越したことは無い。


 「次はお前だ!」

 「こいつ、アクゼリュスを飛ばしたのか!? 俺達を分散させるつもりのようだが近づけなければそれもできまい!」

 「なんの!」


 アイアーツブスといい、性格はどうあれ対応は早いと思いながら突き出してきた槍をサージュブレイドで逸らすが、素早く引いてすぐに突き出してくる。


 「間に合わない!? 転移を!」

 「転移魔法か、馬鹿の一つ覚えだな、ノコノコとやってきたことを後悔しろ!」

 「くっ……!?」


 槍を持った男の背後に出た直後、ガラスが砕け散る音がし、俺のオートプロテクションが破られ鼻先で槍が止まる。冷や汗がぶわっと全身を覆い、慌てて距離を取る。


 「チッ、防御魔法か……ガキのくせに生意気な」

 

 馬上からなのに上半身の使い方が格段に上手い。あそこから突き出されるとは思わなかったし、オートプロテクションが破られたのも驚いた。

 しかし、これで俺が槍の男を飛ばすつもりだと思ってくれればいい。そこで俺はもう一度槍の男に攻撃を仕掛ける。


 「<ファイアーボール>!」

 「甘いぞ! それ、串刺し……うお!?」


 ファイアーボールを避けた男が槍を突き出すが、俺はすでにそこに居ない。


 「いけええ!」

 「なるほど、自身が転移をするのですね! しかし無駄ですよ、私に近づくことはできません。全て【拒絶】します」

 「うわ……!?」


 ダメか……! 背後に回り込んで転移符を貼ろうとしたが、避けられて拒絶のスキルをくらう俺。初めて食らったけど『視えない壁が物凄い力で押してくる』ような感じだ。

 槍の男を飛ばす予定だったけど、こいつは相当面倒かもしれないと思い、方針を変える。ティグレ先生なら何とかしてくれるか

 さっきサージュを引き離した時、まさに目にも止まらない速さで遠くへ行った。このスピードなら――


 「サンキュー! これで……!」

 「この子共……!? ケムダー、避けなさい!」

 「なんだ!? お、おお!?」


 女の声よりも速く、俺はケムダーと呼ばれた男の目の前に迫る槍を突き出すにはもう遅い。左肘を顔面に叩きつけ、右手に用意した転移符を額に貼り付けてやった。


 「残念だったな小僧……!」

  

 急に現れた男に。

 

 「お前は!?」

 「ふう……ベリアース王国の騎士団長ヒッツライト。何かあればと思い離していたが役に立ってくれたか。連れて来て良かった。しかし……驚かせてくれたな小僧!」

 「くそ……!」


 油断していると思っていたが、騎士団長とやらはあえて一般の兵に紛れ込ませていたようだ。そしてあの顔には見覚えがあった。夢の戦いでティグレ先生と戦っていた男に違いない。


 そして門の入り口には数人のエバーライドの兵士と槍の男、そして女だけが残った。計画では槍の男がここに残る予定だったんだけどな。転移符はまだあるが、ポイントDに飛ばそうか? そう思った時、女が口を開く。


 「……ただの冒険者ではなさそうですね。しかし囲まれた状況で、私を倒せますか?」

 「倒すさ。そのために俺はここに残るんだからな! <ハイドロストリーム>!」

 「【拒絶】する。ドラゴンといえど私に攻撃を与えることはできないわよ? ……む!」


 俺のハイドロストリームを俺に反射し、それを避けたのを見ながら淡々と喋る女の背後から迫る影があった。


 「避けた!? いい勘しているわね!」

 「なんだ? どこから現れた? 【拒絶】 うぐ……!?」

 「なるほど、意識が向いていない場合、その奇妙なスキルは使えんという訳じゃな? とあああああ!」

 「【拒絶】する!」

 「追撃は無理か!?」

 「重い一撃だ、貴様等一体……」


 ファスさんの拳を右わき腹に受けたにも拘わらず、表情を崩さずに俺達を見渡して呟く女。

 

 ここはポイントC……俺とマキナ、ファスさんそして――

 

 「槍の男よ、こちらにも居るぞ!」

 「なんと!」


 ――聖騎士となったホークさんが姿を現し、槍の男に強襲していた。


 「ラース、このまま倒し切ろう。ワシらならいけるじゃろ?」

 「珍しいねファスさんなら慎重に行くと思ったけど?」

 「なあに、マキナやリューゼ、クーデリカ達と鍛えておったらガラにもなく戦闘意欲が湧いておってな。久しぶりに全力とやらを出してもいいかなーと」

 「やっちゃえ師匠! いたっ!?」

 「お前もやるんじゃマキナ。槍の男の方へ行け。あやつはまだ隠し玉があると見た」

 「わかった」


 予期せぬことは起こるものだと、俺は頬を叩き、イーグルさんと共闘するためレビテーションで空を飛んだ。もう戻れない戦いが始まった――

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