~幕間 14~ 拭えない疑念
<レフレクシオン城:牢獄>
「ガストの町から人が移動し始めたようですね」
「ええ。昨日はわたしも先導協力をしましたが、流石アーヴィング家というところでしょうか。スムーズに運びましたよ。それで今更アイーアツブスになんの用があったんですかねえ?」
魔法結界の張られた牢獄に収監されているアイーアツブス。
そこへバスレーとヒンメル。そしてレッツェルにイルミ、リースが顔を合わせて話をしていた。いつもとは違い、真面目な顔でアイーアツブスとレッツェルを交互に見て質問を投げかけた。
「まだアイーアツブスには聞きたいことがありましてね。貴女も見たでしょう、あの黒いもやを。長い時を生きてきた僕はああいったものを見たことがない。あれは魔法やスキルの類とは少し違うと見ていましてね」
「なるほど、情報を引き出したいということだね」
ヒンメルが腕を組んでレッツェルに言うと、笑みを浮かべて深く頷き、アイーアツブスに目を向けて続ける。
「実際、あなた達は何者ですか? 教主アポスといい、謎が多すぎる」
「どういうことですか先生?」
「イルミ、君と会う前から僕は福音の降臨に入っていましたが、少なくとも福音の降臨は君が産まれる前からある。アポスは現在五十歳に満たないくらいの年齢で、ベリアース王国を焚き付けたのは三十代のころですね」
「それが? 教主は人心掌握に長けている、あの王を唆すくらいはするだろ」
リースが早く言え、と言わんばかりに急かすと、レッツェルは肩を竦める。
「まあまあ、もう少し付き合ってください。ここからが本題ですが、当時彼らに拠点らしきものはありませんでした。各国に散っていることもなく、信者と呼ばれる人間もいない。側近として十神者と呼ばれる者がいる、ということだけ聞いていましたね」
「あなたが出会った時には一体何をしていたんですか?」
「ええ、いい質問ですよ。……なんと、放浪の旅をしていたんですよ。ベリアースのとある町で知り合ったのです。出身などは教えてくれませんでしたが、何故か彼はベリアース王国に執着していました。それが二十代後半ですか」
レッツェルは、素性が分からないことが面白いと感じ、なにか自分にとってプラスになるものがあるかもしれないということで同行し福音の降臨に入ったのだと語る。
しかし――
「結果としてエバーライドを手に入れ、ベリアースの王に取り入り、実質エバーライド国の実権を持ち、さらに信者を増やしましたが人心掌握以外はただの男だと思いました。戦力だけなら十神者の方が強いでしょう。エバーライドを手に入れてから、レフレクシオン王国の領地を手に入れるため暗躍を始めましたが、最終的な目的は僕も知らないんですよ」
「ふむ……気持ち悪い男ですね……今の話を聞くに、そもそも他の国は無視してレフレクシオン王国にだけちょっかいをかけているというのが」
「ああ。レフレクシオン王国に恨みを持つ人間だと思うが、そんな人物が居るだろうか……現王もそうだけど前の王も人柄は良かったからね」
ヒンメルが顎に手を当ててそう言うと、ベッドに寝かされていたアイーアツブスが静かに口を開き、ポツポツと話し始めた。
「……私たちや教主様が何者か、ですか。くっく……すぐに分かることになりますよ? ガストの町で十神者が来るなら、間違いなく」
「……」
バスレーが無言で睨みつけると、アイーアツブスはくっくと笑う。
「正直な話、あなた達は強い。レッツェルもそうですが、ラースという子を始め、美人の人に小娘など、まさか十神者の私がこうして捕えられるとは思っていませんでしたからね。まあ戦闘向きではないので私はいいでしょう。しかし、アクゼリュスやシェリダーは強いですよ? 誰が死ぬか楽し――」
「……!」
最後まで言い終わる前にバスレーは取り出したハンマーをアイーアツブス顔の横へ振り回し牢獄を大きく揺らす。
「……誰も死にませんよ、死ぬのはアクゼリュスの方ですからね。あなた達の正体、わたしが知らないとでも思っているのですかねえ?」
「……」
顔を近づけ、低い声でアイーアツブスにそう言い、アイーアツブスは目を細めてにやりと笑う。一触即発な状況にリースがバスレーの肩を掴んで引きながら聞く。
「先生はそのアクゼリュスと何かあるのか?」
「……いえ、昔わたしが酷い振られ方をした男に似ているんですよ」
「そんなことでそれだけの殺意を!? ……ってそれが嘘だってことくらいボクでも分かるよ?」
「まあまあ、リースちゃんと言ったかな? 人には色々あるんだよ。君にもあるだろ? レッツェルにも、イルミさんにも。いつか話す時がくればその時は聞いてくれ」
「……」
リースはため息を吐いてバスレーから離れると、アイーアツブスへ尋ねだした。
「で、結局お前達は何なんだ? ボクは調査をしていたけど、側近と言う割に近くに居ない。かと言ってレフレクシオン王国の領地を獲るための暗躍はしていない。君たちがやったほうが早いと思うけどね」
「それこそ『色々』あるんですよ。アポス様とのけ……おっと、そろそろどこかへ行ってくれませんかね? 傷に障るので。私は何も知りませんし、何も喋りません。お引き取りを」
不敵に笑いお帰りはあちらと言わんばかりに入り口を指すアイーアツブスを見て、一行は牢獄から立ち去る。
「ふむ、すみませんねご足労いただいたのに収穫無しとは」
「いや、問題ないよ。簡単に口を割るようなら苦労はしない。それにしても福音の降臨……教主アポスか、気になるね」
「陛下ならなにか知ってるかもしれませんよ兄ちゃん。歳は似たような感じですし。後は……婆っちゃに聞いてみますか」
「陛下は忙しいから今は無理だ。婆ちゃんなら大丈夫じゃないかな。でもレフレクシオン王国に恨みを持つ人間のことなんて知らないんじゃないか?」
「ま、やるだけやってみましょう。……明日からわたしはガストの町に常駐します。レッツェル達も連れて行きます」
バスレーが急に真面目な顔になってそう言うと、ヒンメルは驚き、レッツェルやイルミたちは眉根を上げる。
「正気? 確かに私たちは何かする気ないけど、福音の降臨のメンバーだった人間を連れて行くつもり? 他の仲間が黙ってないわよ」
「……もちろん、ラース君達には内緒ですよ。わたしはわたしの我儘で向こうへ行く。あなた達も興味はあるでしょう?」
「確かに。連れて行ってくれるなら助かりますよ。僕は自分だけでも行くつもりでしたけどね」
「そういうだろうと思っていましたよ。あなたが勝手に抜け出た、お目付け役としていたわたしが追いかけた、そういう筋書きで行きましょう」
「大丈夫かなあ……」
通路を歩きながら自信ありげに鼻息を鳴らすバスレーを見ながらヒンメルが首を傾げていた。
そんな中、レッツェルは胸中で疑問を口にする。
「(何かしら謎があるのは当然として、もうひとつ、明かさなければならないことがありますね。ラース君の下にいるトレントの子供……アレをアイーアツブスが警戒していた理由が分からない。確かにクリフォトというトレントの偽物を出しているから恨まれているかもしれないですが、それにしては――)」
どちらにせよ確認する時間は無いかと、城から出た後、白衣のポケットに手を入れて軟禁されている自宅へと向かうのだった。
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