第四百四十一話 行動開始!
「押さないでください! 向こうに出たらベルナ先生とバスレー大臣が待っていますから指示に従ってください」
「お家は十分に用意しています! 貴重品は肌身離さず持ってくださいー!」
――残りおおよそ四日弱になった今日、いよいよガストの町の住人の移動を決行していた。まだ暗い早朝から俺達一家が列の管理と声掛けをやっている最中だ。
ノーラは向こうに残ってベルナ先生やバスレー先生、それとニーナ達と一緒に家の先導をお願いしている。
規模は他の町よりも少し大きいので、引っ越しはギリギリなる可能性が高い。転移魔法陣に向かう住民は、ある程度割り切ってくれたので表情は暗くないが、緊張した面持ちで転移していく。
「ラース様、この町は大丈夫ですかいのう……」
「俺達がきっと何とかするよ。なるべく家の被害は出さないようにする」
おじいさんの不安げな言葉に笑顔で返すと、おじいさんも微笑み返してくれ転移魔法陣を踏む。近くではハウゼンさんが話しかけられている。
「ギルド総出で防衛はありがたいことですが、命が大事です。無茶をしないでくださいよ、町は造れるが人は生き返らないからな」
「ああ、そうさせてもらうよ。家族に悲しい思いをさせるつもりはないさ」
おじさんは片手を上げて前へ進み、別の人と話し始める。
予定では夜まで住民を送り、夜は向こうから騎士達を招く手はずになっていて、町の防衛の準備も進めていくつもりだ。二日後には全員王都へ行き、準備万端にしておきたいが……
「ラース、どうだ?」
「父さん。うん、転移魔法陣は問題ないよ。向こうは家もそれなりに建っているし、劇場も使える。オルデン王子も向こうに待機して、城で暮らす人たちを募っているから住む場所には困らないと思うし」
仕事も、ガストの町の人が食べる料理や裁縫といった雑務と、簡単な露店を開いて良いという許可も貰った。
その他だと、ギルドで『人が増えたら食料の問題が発生する可能性が高い』ということで、王都専属の冒険者であるロイ達が狩りを手伝ってくれるようにもなっていたりする。もちろんガストの町の冒険者が同行する形で。
「いよいよか……」
「サージュも居るし、俺の奇襲が成功すれば各個撃破が可能なんだ。そのためにマキナ達が訓練している横で、俺も策がすんなりできるよう練習したしね。父さんと母さんは最後でいいのかい?」
「うむ。なあに、お前達が居るから緊張もしてないぞ? ああ、こちらにどうぞ」
「ローエン様、よろしくお願いいたします」
「ええ。もちろんです」
父さんが町の人に声をかけられて対応に入ると、俺も列の整理に奔走する。ミズキさんや追っかけのイーファ、ギブソンさんと言ったギルドの人達も手伝ってくれ、列は確実に消化していく。
まあ、意外な人も居たりするんだけどね。
「おい、そこ列を乱すな! 順番だ順番!」
「なーに偉そうに口きいてんだブラオ! 王都に行ったらお前また牢屋かあ?」
「やかましい!」
「やんのか!?」
「ほらほら、喧嘩するんじゃないよ!」
「ネ、ネリネ……」
「おっと……じゃ、じゃあなブラオ……」
「おい、貴様だけ逃げるとはずるいぞ!? あ、痛っ!? わ、私が悪かった! 耳を引っ張らないでくれ!?」
リューゼの両親であるブラオとネリネさん。喧嘩腰なのであまり役には立っていないけど、町の人のために頑張っている。
それと――
「必要なものがあったらウチが出すからきちんと言ってくれよ」
「頼りにしてるよソリオさん。まあ、王都ほど安全な場所も無いけどね」
「旦那様、家畜の世話はどうすればいいでしょうか?」
「それほど長くならないと思うけど、最悪僕がこっちに戻ってくるよ」
「そ、それはちょっと……」
――ルシエールの家であるブライオン商会の人達だ。父さんとソリオさん、ブラオは同級らしいからこういう時は俺達Aクラスを思い起こさせる。そこで、久しぶりにそんな俺の同級生の声を聞く。
「いよーう、ラース! どうだ調子は?」
「あ、ジャックじゃないか! それはこっちが言いたいことだって。店は?」
現れたのはご無沙汰だったジャックだった。荷台を引きながら俺の下へ来ると、笑いながら経緯を説明し始める。
「ああ、大安売りにして結構捌いたけど少し余ったかな。ナルに頼み込んで凍らせたから向こうで俺達が食おうかなって思ってる。にしても、大変なことになったなあ」
列を眺めながら眉をひそめるジャックに、俺は頷きながらリヤカーを指さして返事をする。
「そのために今回の計画を考えたからね。最悪町のみんなは守れる。後、その魚は俺が全部買っていいか? 家は人が多いし、料理に使うよ。ナルが凍らせてるならしばらく大丈夫だろうし」
「いいのか? まあ、お前なら余裕で帰るとは思うけど。そういや、マキナ達は姿が見えねえな」
「訓練中なんだ、みんな。クーデリカも王都の俺の家にいるよ。リューゼはこっちに居たろ?」
「まあな。知らない子もいたけど……それほどの相手か? この前も勝っていたみたいだし、サージュより強いってことはないだろ」
サージュと仲良くなった時に居たジャックは同じ人間なら俺やティグレ先生、それこそサージュに勝てる相手はそうそう居ないだろうと肩を竦める。
「油断しないに越したことはないかな。福音の降臨……その中でも十神者と呼ばれている奴は人外みたいなやつが多い」
「マジか、お前がそこまで言うとはねえ。俺に出来ることがあったら言ってくれよ? 戦闘向きじゃねえけど」
「ありがとう。ジャックは商店街方面に顔が利くからそっちの人達の様子を見てもらえると助かる」
「任せとけ! っと、俺も向こうに行くぜ、またな!」
「ああ、家に招待させてくれ、ジャックは大歓迎だ」
ジャックが両親と共に転移魔法陣に消え、また列の整理に戻り、一体何人向こうへ送ったのかわからないくらい捌いて一日が終わる。
「ふう……とりあえず今日はこれで終わりだな」
「向こうに行くかい?」
門の壁に背を預けて暗くなった坂道を見ていると、兄さんがコップを持ってやってくる。俺は一気に飲み干してから口を開く。
「ぷは! ありがとう兄さん、いや今日はこっちで休むよ? まだ明日もあるからさ。兄さんこそノーラが向こうにいるんだから行ってみたら?」
「それもいいけど、今日のところはラースと久しぶりに話そうかな」
「いいね。とりあえず家に入ろうか、流石に疲れたよ……」
アイナが居ないけど、久しぶりに家族だけで夕食か……旅に出た時はしばらく帰らないと思っていたけど分からないものだ。
「む、ここがガストの町か」
「あ、騎士の方ですね。宿を用意しているのでこちらへ――」
おっと、今度は騎士達がこっちへ来る番か、もう少し頑張ろうかと、兄さんと一緒に案内を始めた。
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