第四百四十話 無駄にならないこと


 「そこまで!」

 「ご、ごめんなさいライムさん! 大丈夫ですか!?」

 「あ、あうぅ……」

 

 ……勝負は一瞬だった。

 普段マキナの相手は手加減をしているとはいえ、師匠のファスさんや俺、デッドリーベアのラディナといった高レベルが多い。

 ライムがどういった訓練をしていたかわからないが、先制したライムの構え剣の振り自体は悪くないと思った。しかし、実戦経験がないと見える直線的な動きは読みやすく、マキナとのその差は歴然。

 縦に振り下ろした剣をマキナがバックステップで回避した後、ライムは踏み込んで横薙ぎに剣を振ろうとしたが、戻しが遅いのでそのまま踏み込んだマキナの拳が胸当てにヒットし、派手に吹き飛んだ。


 「ぐるう」

 「くおーん」

 

 幸い、壁に叩きつけられる前にラディナがクッションとして受け止めてくれたので目を回しているけど怪我は無さそうだ。


 「王子の護衛としちゃ訓練が足りないな。思い切りはいいし、筋は悪くねえ。だが、剣に振り回されている感じがするからもう少し細身の剣がいいか」

 「剣との相性ってやつだな。ナルがショートソードを両手持ちにしているみたいな?」

 

 マキナがライムを起き上がらせている中、リューゼがティグレ先生とそんな話をしていた。

 確かにもう少し軽ければ切り返せたかもしれないなと思いながら俺はライムにヒーリングを使う。


 「痛いところとかはない?」

 「ラース様……う、うう……ま、負けたぁ……強すぎるよ! うわあああん!」

 「うわ、泣き出した!?」

 「こ、こっちに行きましょ、ね?」

 「手伝うわぁマキナちゃん」


 マキナとベルナ先生に連れられ丸太の椅子に座ると、ファスさんが口を開いた。


 「まあ、相手が悪かったということじゃ。今、ティグレ殿と戦っているのを目にした上で、マキナはワシの弟子とも言ったにも関わらず突っ込んでいったしのう」

 「そうだよライム。僕たちの剣は近所のトム爺さんから教わっただけで、模擬戦もあまりできてないし無茶だよ」

 「ふぐう……」


 鼻をかむライムを見て、マキナが名案だとばかりに提案を口にする。


 「そうだわ、剣ならティグレ先生に教えてもらったらいいんじゃないかしら? リューゼでもいいと思うけど、大剣だと勝手が違いそうだし、先生なら鍛えてくれそうかも」

 「まあ、俺は教えるには向いてねえな。でもティグレ先生も忙しいだろ?」

 「そうだなあ。今日はベルナとティリアの顔を見に来ただけで基本は向こうにいる。ライド王子は城に行くだろうし、護衛役なら離れたくないだろ?」

 「ぞうでずね……」


 まあ、常識で考えるなら自国でもない場所に王子だけ置いていくわけにもいかない。しかし、俺はこの先のことを考えるとライムは鍛えて貰った方がいい気がする。


 「ライド王子が城に行くなら安全は確保されているから教えを受けた方がいいと俺は思う。俺達や騎士が相手をして退けられれば問題はないと思うけど、十神者と呼ばれているやつらは何をしてくるかわからないんだ。それこそ、直接戦う羽目になるかもしれない」

 「し、しかし……」


 突然の提案にびっくりして涙が引っ込むライム。そこでウルカが頷いて俺に賛同してくれた。


 「うん。僕もラースの意見に賛成かな? エバーライド王国を取り戻すつもりだとすれば戦いはここで終わりじゃないからね。地力はつけて損はない。まして、戦力と呼べるのがライムさんと王子だけみたいだし」

 「う、うう……」


 そこでファスさんが追撃で告げる。


 「王子とは言うても今は国も無いから、一般人と同じようなもんじゃ。少しくらい離れていても構わんじゃろ」

 「そう、ですね……ライム、申し訳ないけどティグレさんに鍛えてもらってくれるかい? できれば僕も鍛えて欲しいところなんですけど……」

 「王子……」


 ライド王子がライムへ言うと、オルデン王子が肩をすくめて割って入る。


 「ライド王子は捕まったら向こうにとって切り札にされそうだから僕と一緒にお城がいいと思うけど?」

 「計画では説得するため近くに行かなければならないので、自分の身は自分でと思ったんです」

 「ガストの町にいるのは危ないしなあ……あ、そうだ! ならウチの騎士と鍛えればいいじゃないか。先生もすごいけど、負けてないよ」


 オルデン王子は同じ身分であるライド王子を支援すべくいろいろ提案してくれ、最終的にライムはガストの町でティグレ先生と一日数時間の訓練。ライド王子は城でけいこをつけてもらうことになった。


 「よし、それじゃ町の人たちが来るまでの六日間の訓練、しっかりやっていこう」

 「おう!」

 「ええ!」

 「頑張りましょう!」


 リューゼやマキナ、ウルカにライド王子が返事をし、テンションを上げていく。


 「アイナ達は? なにかしたほうがいい?」

 「ん? いや、おとなしく待っててくれたらいいよ。もし退屈ならノーラを呼んで魔物の園で遊んでもいいし」

 「本当!? やったぁ、ノーラちゃんを呼ぼう!」

 「トリム君が元気になったねー。私も行きたい!」

 「アイナの家のノーラちゃんだよ!」


 トリムがシュナイダーの背中に乗り、両手を上げて喜んでいると、ティリアちゃんが賛成し、アイナが謎の主張をする。


 「なら、向こうへ帰ったらノーラに言っておくよ。アイナ、兄ちゃんの言うことをちゃんと聞いていい子にしているんだぞ?」

 「うん! お父さんもお仕事頑張ってね!」

 「おお……」


 にこーっと笑うアイナを抱っこして涙ぐむ父さんに苦笑する俺。アイナは俺にべったりで父さんは仕事も忙しくあまり構ってないので嬉しいみたいだ。


 そんなやり取りのあと、マキナとリューゼが一戦交え、俺とリューゼが魔法なしの力勝負をし、ティグレ先生やファスさんに口頭でのレクチャーを受けるなどして午前中を過ごした。

 リューゼの剣筋はティグレ先生に教えてもらっているだけあって大剣とは思えない振り方をする。それに加えてサージュの武器なので盾代わりにもし、臨機応変に対応できていた。魔法剣もあるし、油断はできない相手だ。


 そんなこんなで昼ご飯はリューゼやベルナ先生にもふるまうため俺が用意し、から揚げでライムが元気を取り戻していたので良かったと思う。

 そしてライド王子はオルデン王子と共に城へ行き、送った後は父さんとティグレ先生、リューゼとライムがガストの町へと戻っていく。


 「また来ます。その時はまたお相手してくれよファスさん!」

 「うむ。ナルという娘も連れてな」

 「おう! じゃあなラース、マキナ。ウルカはヘレナとミルフィちゃんによろしくな!」

 「う、うるさいな……早く帰りなよ!」


 騒がしかった家の中が一気に静かになり、これからどうするかと思っていると――


 「やっほー」

 「こんにちは!」

 「ラース君、マキナちゃんいるー? あ、アッシュだ!」


 入れ違いにルシエール達がやってきた。父さんに言われたのであろう、ノーラもいたりする。

 次は女の子たちを相手にするのか……マキナとファスさんに任せたいな、などと考えながら家に招き入れるのだった。


 そしてあっという間に日にちは過ぎ、仮設住宅へと引越しを始めるガストの町の住人を先導することになる。

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