第四百三十七話 ベリアース王国の意図
ライド王子とライムという毒になるか薬になるか判断が難しいふたりを招き入れたアーヴィング家。
俺は夜中に警戒をしていたが、特に何かを企んでいた様子もなく……いや、企むことすら忘れるくらい疲れていたのだろう、ぐっすりと眠っていた。
そっと部屋の中を確認すると、ライド王子は死んでいるのかというくらい静かに微動だにせず寝ていて、ライムは何故か布団の端に口つけてはむはむしていた。夕食もきれいに食べていたし、ここに来るまで何も食べていなかったようだ。
そして夜が明け、朝食を終えて準備をしていたところにマキナ達がやってきた。
「おはようございますー! ラース、向こうへ行くでしょ?」
「おはようマキナ。リューゼとウルカ……とティグレ先生も?」
「おう! 俺はこっちに残るつもりだけど、ベルナとティリアに会いたいからな。ちょっとだけな」
「おお、ティグレ先生! 私も向こうへ行くんですよ」
「ローエンさんも? こっちは大丈夫なのか?」
ティグレ先生が普段着でにこやかに笑うと、何故か出迎えについてきたライド王子がひっと小さく呻き、ライムは固まった。ああ、初めて見る人には辛いかもしれないな。
そんなことには気づくことなく、父さんに尋ねる。しかし、先にリューゼ達が口を開く。
「さーて、俺は今日から訓練だ、ウルカはミルフィに会いに行くってよ」
「そうじゃないよ!? まあミルフィには会うけど……それよりそちらは?」
リューゼがいやらしい笑いをしながらウルカの肩に手を置くと、口を尖らせてそれを払いながらウルカが言う。ティグレ先生の質問の答えでもあるので父さんが紹介をする。
「えっと……まあ、先生達なら大丈夫だと思うし、このまま向こうに行くから言ってもいいか。こちらはエバーライド王国のライド王子。そしてこちらは側近のライムという方だ」
「よ、よろしくお願いします」
「い、以後お見知りおきを……」
顔が引きつっている二人が挨拶をすると、それと同時に三人の目が丸くなる。まあ、驚くだろうなあ……特にティグレ先生は……
「マ、マジかラース……?」
「うん。証明する方法はないけど、そう言ってるし」
「確かに証明できないのは私たちの落ち度。申し訳ありません。しかし、間違いなく王子です」
「はあ、ラースは相変わらずか。それでおじさんと国王様のところへ行くってところか。……おい、マキナ釘指しとけよ」
「え? なにが? 初めまして私、マキナと言います! よろしくお願いします。ライムさんは騎士ですか? 昔憧れてたんですよ」
「あ、ああ、ライムだ。よろしく頼む」
同じ女性ということでマキナはライムに笑顔で握手をし、ライムが困惑する。俺は苦笑しながらマキナに声をかける。
「いきなりでライムが困っているよマキナ。それじゃ、王都へ行こうか」
「はーい! ルシエール達は昼から来るって言ってたわ」
その辺は打ち合わせているんだなと思いながら庭へと歩き出す。
兄さんとノーラはこっちに残り、荷物の整理などをするのと、町の人への説明などを請け負ってくれる。
俺は王都で建築状況など、国王様と話し合いなどが必要なため、往復する毎日になりそうだ。
「ふむ……言われてみれば面影はある、か?」
「え? ど、どういうことですか?」
「俺は元々ベリアース王国の人間でな、エバーライドがまだ健在のころ、一度国王に会ったことがある。君は母親に似ているな」
「そ、そうですか……! 両親を知っている人が居たんですね……」
ライド王子は目を輝かせていたが、ティグレ先生は息を吐いてから首を振って謝罪の言葉を口にする。
「俺は君の国を亡ぼしたベリアース王国の人間だ。途中で逃げ出したとはいえ、すまないことをしたと思っている」
「……いえ、国の方針でエバーライドと戦争をすると決めたのなら民はそれに従うしかありませんから。謝っていただけるだけでも嬉しいですよ」
「ああ……」
「昔のことですよ先生。あなたは悪いことをしっかり見極めて逃げたんだ」
珍しく落ち込んだ様子のティグレ先生に父さんが気を遣って言う。そんな中、俺はふとやり取りを聞いて気になったことをぽつりと呟く。
「そういえば歴史の授業で、直近で戦争を仕掛けたのはベリアース王国だけだっけ? ベリアース王国って貧困だったりはしないよね」
「ん。そうだな、水もでかい湖があるし魔物はちょっと強いのがいるけど、何とかなるな」
「それがどうしたの?」
転移魔法陣で立ち止まり、マキナが俺に尋ねてきたので俺は顎に手を当ててから浮かんだ疑問を口にする。
「いや、今更だけどどうしてエバーライドを攻めたのかなと思ったんだ。土地が欲しかったり、自分のところにない資源が欲しいって理由ならあり得そうだけどティグレ先生曰くそうでもなさそうだ。国をひとつ奪うことも大変だけど、占領した後国土が広がるとその分監視の目も必要になってくるから、逆に国益を損ねることになると思うんだ」
「ああ、ラースはエバーライド王国の何が良くて奪ったのかが気になるんだね」
ウルカの言葉に頷き、リューゼ達もなるほどという顔をする。
「ごめん、王子たちには辛い話だった」
「いや、大丈夫だよ。でも言われてみればエバーライドって何があるんだろう。ライムは知ってる?」
「私もあのころは小さかったし、今はエバーライドのことを口にできないからわかりませんね……母さんなら分かるかもしれませんが、戻れないですし……」
「ベリアースのクソ国王はあんまり考えて無さそうだが、確かに気になるか。ま、そっちの嬢ちゃんの言うとおり今は気にしても仕方ない。で、これを踏めばいいのか?」
「うん。それじゃ、ささっと向こうへ行こうか。王子は俺と一緒に行きましょう」
「こ、これが転移魔法――」
ここで突っ立ていても仕方ないと俺はライド王子の手を取り、転移魔法陣を踏むと、少しの浮遊感の後に目の前の景色がフッと消える。
「っと、大丈夫ですか?」
「ん……あ、ありがとう……ちょっと視界が揺れるね」
「慣れですね。って、もうあんなに出来てるのか……」
俺はライド王子から手を離して、後ろ頭を掻く。昨日まではそれほどなかったのに、今日は骨組みまでできている家屋が倍くらいになっていた。
「うわ、早っ!?」
「さすがはダイハチさんと言うべきか……」
「おお、すげえ本当に王都だ! ここは未開発地区か、懐かしいな。ラース、お前本当に凄いな」
「や、やめてよ先生」
「鼻が高いぞラース」
「父さんまで!?」
あとから出てきたティグレ先生と父さんが俺の頭をわしゃわしゃとしてきたので慌てて離れる。髪の毛を戻しながら、俺はマキナに声をかけた。
「マキナはティグレ先生達を家に連れて行ってくれるかい? 俺は父さんとライド王子達を城に連れて行くから」
「任せて! ベルナ先生はウチに居るんですよ」
「へえ、家は広いのか?」
「ラースが一軒家を買ったからそれなりにはありますね! 魔物も飼ってますよ」
「マジか……半端ねえな……」
ティグレ先生が恨みがましい目で俺を見ていると、不意にライムが手を小さく上げてマキナに尋ねる。
「あの、ラースさんが買ったお家なのにマキナさんのウチなんですか?」
「ああ、マキナは俺の恋人なんだよ。だから鍵も渡しているし、自宅と同じ感覚で使っているんだ」
「え……!?」
「くく……流石ラースだぜ……」
「笑っちゃ悪いよリューゼ……」
「? じゃ、アイナ達をよろしく頼むよ」
なんかガーンって感じの顔をするライムと困惑顔のライド王子、そして父さんと共に俺は城へと足を運ぶ。そういやバスレー先生やレッツェルはどうしているんだろうな?
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