第四百三十六話 真か偽か


 ベリアース王国の監視下にあるエバーライドから脱出してきた王子。それがライドの正体だった。話によるとライムは現在二十二歳で、母親に言われてずっとライドを守って来たのだそうだ。

 騎士のような振る舞いはそのせいかと納得した。

 それはいいとして、俺はいくつか気になることがある。どこで切り出そうかと考えていると、父さんが腕を組んで話し始める。


 「ふむ……無礼を承知で言うが、私としては別にどちらでもいいことではある。今回、攻めてきているのはベリアース王国に付随する福音の降臨。すでに亡国となっているエバーライドの王子と言われても、現状関係はない、というのがあります。しかしこうしてピンチを知らせてくれたことは大変感謝しています」

 「……」

 「ええ……」


 ぴしゃりと言う父さん。

 まずひとつめの気になるところを言ってくれ、胸中で頷く。父さんの言う通り、国が無くなったことに同情はするけど、この際王子であることをカミングアウトされてもこちらが困惑するだけの悪手だ。

 さらに言うならベリアース王国に売られる可能性も考慮すると二重の意味で。さらに続けて兄さんが口を開く。

 

 「失礼ですが言わせてもらいます。王子であるとして、あなた方の目的は何でしょうか? 命がけでここまで来てくれたことは本当に感謝しています。そして僕たちは福音の降臨と一戦交える形になりましたが……もしかして僕たちを使ってエバーライドの復興を考えておられていますか?」


 流石は兄さん、俺のもうひとつ聞きたかったことをさっと答えてくれる。

 そう、ライドが王子だと聞いてこの可能性が最初に思い立ったのだ。王族が残っていれば、ベリアース王国さえ何とかすれば復興は難しくない。

 ここで福音の降臨とベリアース王国と戦争になり、レフレクシオン王国を後ろ盾にして攻め込めば取り戻すことができるかもしれないと考えた。するとライドが立ち上がり、拳を握りしめて金髪を揺らす。


 「……僕は両親の顔も知りません。ですがいつかは、と考える日もあります。しかし、今回僕たちがここへ来た理由はふたつ。ひとつはベリアース王国の目を盗み町を抜け出すこと。そしてもう一つが重要なのですが、実は今こちらに向かっている兵士はエバーライドの民ばかりなのです。無茶なお願いであることを承知で言います。どうか……兵士たちを殺さないようにしてもらえませんか! 僕の身柄はどうしていただいても構いません……どうか!」

 「我儘を言っていることは承知しています。『王子』と言ってもおっしゃるように亡国なので、あなた方にはまるで関係のない話。それでも、私たちにとっては同胞なのです……」


 ライムさんは目を伏せて呟くとそのまま黙り込んでしまい、俺達は困惑して顔を見合わせてた。

 言いたいことは分かるけど、打ち合わせも無しで襲ってくる相手を全員殺さないのは難しい。俺も殺す気は無いけど、不可抗力はあるかもしれないし……こう考えられるようになったのも、この世界になじんできた証拠なのかな? それはともかくこれは問題だと俺が手を上げる。


 「どうしたラース」

 「とりあえず嘘じゃなさそうだけど、俺達には荷が重い話だよ。一度国王様に相談した方がいいんじゃないかと思うんだけど」

 <そうだな、まだ奴らがここにたどり着くまで時間がある。相手の戦力情報も手に入れたし、伝えた方が良かろう>

 

 俺の言葉にサージュが追従して提案を述べてくれた。身柄を含めてレフレクシオン王国に送った方が良さそうだ。


 「うむ、俺もそう思っていたところだ。ライド様にライムさん、今日はお疲れでしょうからここに泊まってください。明日、私とラースと一緒に王都へ行ってもらえますか? 兵士については難しいかもしれませんが、身の安全は確保できると思います」

 「し、しかし、今から王都に向かっていたら戻ってくる頃には戦いが、いやドラゴンが居るからすぐいけるのか……?」

 「ああ、その点は心配しないで大丈夫ですよ。パッと行けますから」

 「はあ……?」


 兄さんが微笑みながら言うと、ライムさんが訝しげに曖昧な声を出す。そこで母さんが立ち上がり手を合わせて言う。


 「まあまあすぐに分かりますよ。それじゃお二人はずいぶん汚れていますし、お風呂の用意をさせますね」

 「あ、いや、お構いなく」

 「ライムさんは女の子だし、綺麗にしないと。王子の側近ならなおのことですよ。さ、行きましょう」

 「え? い、今からですか!? お、王子、助けてください!」

 「無理して走って来たからゆっくりさせてもらいなよ。それじゃ後でね」

 「おうじぃぃぃ!?」


 ……うん、護衛が居なくなることに不安がないのだろうか? 随分平和に生きてこれたんだなと思うけど天然な気もするな。で、恐らくそこを危惧していたらしいライムさんが母さんに拉致されて応接室から姿を消した。


 ◆ ◇ ◆


 ――その後、ライドから話を聞いてみるも赤ちゃんの時に国が無くなっているので王子という自覚はあまりないと照れながら言われ、自分のことよりもエバーライドの民をどうにかして助けたい一心でここまで来たんだなということが伝わる。

 逆に母さんからの話によるとライムは国を復興したい様子だとお風呂に入る前、母さんと合流したノーラに言っていたらしい。母さんが強引な手を取ったのは女性同士なら他に情報が手に入るかもと考えたからだそうだ。抜け目ない母さんである。


 そして今日はマキナ達も戻ってきた様子がないので、家で話をしているのかもしれない。

 まあ、たまにはなと思いながらマキナが居ないことを少し寂しく感じながら、夕食でふたりをもてなすことにした。


 「んまっ!?」

 「な、なにこれステーキかと思ったら違うよ!?」

 「それは一応、俺が作った料理でハンバーグというんだ。ステーキより旨味があって美味しいと思う」

 「あなたが作ったの……ですか!? 普通コックがやるのではないでしょうか……」


 ライド王子は夢中で食べ始め、戦闘用の服からスカートに着替えてかなり美人になったライムさんは目を丸くして驚いていた。その様子を微笑みながら見ていたノーラが返す。


 「ラース君は何でもできるんだよー。魔法も剣も凄いし、料理もできるんだー」

 「自慢の弟だよ。僕は久しぶりにから揚げを食べたいかな」

 「今度作るよ。しばらく行き来することになりそうだし」

 「それも美味しそう……」

 「え?」

 「な、なんでもありません、ラース様!」

 「はは、ゆっくり食べて行ってくださいね」


 何か聞こえたけど、赤い髪を振り回して慌てるライムさんに首を傾げる俺に、父さんと母さんが笑う。

 ということで久しぶりに家族の団欒かと思われた晩はとんでもない来客と共に過ぎ去っていった。

 

 少なくとも七日経ってもやつらが来ることは無い部分で安心が出来る。が、サージュでの奇襲や町のトラップが仕掛けにくくなったのは痛い。

 国王様がどう判断するか……俺は久しぶりの自室で雲行きが怪しくなってきた今後にため息を吐くのだった。

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