第四百三十五話 迂闊なふたり


 ベリアース王国から逃れてきたという二人組を乗せて再びガストの町へと戻る。すぐに、といきたいところだけど馬が怯えているのでゆっくり飛んでもらっていたが、それでも三十分あれば到着するだろう。

 その間、二人へ質問をすることにした。


 「とりあえず事情は向こうで聞くとして、もう一度自己紹介をしておくよ。俺はラース=アーヴィング、ラースでいい」

 「僕はラースの兄でデダイトといいます」

 「私はライムという。先ほどは無礼な態度、申し訳なかった」

 

 少し落ち着いたのか深々と頭を下げながら謝罪を口にするライムさんは礼儀正しい人だと感じた。ミズキさんみたいなベテラン冒険者かと思ったけど、どちらかと言えば騎士に近い気がする。

 そこで、もう一人の男性が口を開く。


 「ドラゴンが領地にいるって凄いね。僕はライド、本当に助かったよ、ありがとう!」

 

 ふわっとした金髪を短くしている彼がにこっと笑い、俺と兄さんの手を取って何度もうなずく。兄さんと同じくらいの年かな? 兵列から抜け出てきたという割には戦いができそうな雰囲気はないのが気になる。

 

 「いきなりドラゴンで降りてきたからライムさんの焦りようも分かりますけどね。それにしても馬が相当消耗しています。もしかしたら途中で馬を捨てないといけないところでしたよ」

 「そ、そうなのかい……? 僕たち必死だったからなあ」

 「神は我々を見捨ててはいなかったということですよ、お……ライド」

 「そうだねライム。ん、あれがガストの町かな?」

 <うむ。馬達もようやく落ち着いて来た、庭に降りるぞ>


 サージュがゆっくりと降下をし、屋敷へ無事到着。


 「<ウォータ>喉も乾いているだろ」

 

 馬を庭に放ち、水を飲ませてやると嬉しそうに頭を震わせごくごくと飲んでいく。さて、屋敷に案内するかと思っていると、サージュが降りてくることに気づいたノーラが庭に出て来てくれた。


 「おかえりー!! あれ、お馬さん? 君たち疲れているねー、ゆっくり休んでいいよ」

 「ただいまノーラ。父さん達は?」

 「応接室にいるよー、帰ったらそっちに来て欲しいって。サージュが言っていた人、連れてきたんだね!」

 「うん。目的地がここだったからね。分かった。それじゃライドさんにライムさん、行きましょうか。ノーラは馬達をお願い」

 「私のことはライムでいい」

 「僕もライドでいいよ」

 「……」

 「なら呼び捨てさせてもらうよ」


 呼び捨てでいいというライムに続けるライド。一瞬難しい顔をしてライドを見ていたけどなんでだ……?

 とりあえずこの場ノーラに任せて兄さんが二人を連れて歩き出したので、俺はその後からついていく。下手なことをするようには見えないけど念のためだ。


 <我も行くか?>

 「ああ、頼むよ」


 小さくなったサージュを頭に乗せ、応接室へ行くと父さんと母さんが連れてきたふたりに気づき、立ち上がり軽く会釈をする。


 「こっちに向かっていたという方々ですね? 私はローエン、こっちは妻のマリアンヌです」

 「初めまして。ゆっくりしてくださいね」

 「あ、はい! お気遣い感謝いたします」

 「初めまして。ライドと申します、よろしくお願いします」


 ライムとライドが深々とお辞儀をし、どこかほっとした様子でソファへ座る。俺は二人の背後の壁を背に立ち、父さん達が正面に座ると、早速話をする。


 「さて、ここへ来たということは君たちはガストの町へ来るつもりだったということでいいね?」

 「はい。先ほどお二人には話しましたが、私たちは今ここへ向かっているベリアース王国の一団から危機を伝えるために出てきました」

 「ふむ……やはり福音の降臨はベリアース王国と結託しているのか。対策について今は詳しく言えませんが、我々はすでに行動を始めています。しかし、危ない橋を渡ってまで伝えてくれたこと、感謝します」

 「いえ……すでに対策をしているとは、流石ですね」

 「先日、福音の降臨がこの町を襲撃しましてね、ある筋から彼らがベリアース王国の庇護下にあると聞いていました。戦った者が聞いた口ぶりからまた来るであろうと予測していました」


 父さんはレッツェルの予知を隠しつつ上手く話す。

 それはそれとして、やっぱりベリアース王国の兵士を使ってきているのか。よく向こうの王は許可をしたな……リューゼ達とも話していたけど、兵を動かせば戦争になるのは目に見えている。王もそのつもりなら頷けるが……

 腕を組んでそんなことを考えていると、ライドが真剣な顔でライムへ言う。


 「ライム、そういうのはいいよ。僕の目的を果たさないと」

 「し、しかし……」

 「? どうしたんですか?」


 難しい顔をして顔を伏せるライムに、兄さんが気遣う言葉をかけるが返事はなかった。しかし、ライドはそれを肯定とみなしたのか、深呼吸したあと口を開いた。


 「……僕の名前はライド。ライド=エバーライドと言います。ベリアース王国に占領された、亡国最後の王族です」

 「な!?」

 「なんだって……!?」


 身を乗り出して放たれた言葉は俺達を驚かせるのに十分だった! ま、まさか亡ぼされたエバーライドの王族が生き残っているとは思わなかった!


 「ほ、本当なのかい?」

 「まさか……」


 父さんと母さんが冷や汗をかいていると、ライムが小さく頷いた後ぽつりと話しだした。


 「本当です。ライド様はエバーライドの王子です。当時、城を攻められた際、王妃さまのお世話役だった私の母が私と産まれて間もない王子を連れて城を逃げました。しかし、包囲網は厳しかったため国を出ることは叶わず、城下町でひっそり暮らしていたのです」

 「よく今まで無事で生きてこられたな……」


 俺が思わず漏らすと、ライドが俺に向きなおって寂しそうに言う。


 「うん……僕は十七歳になるけど、町のみんなのおかげなんだ。勉強を教えてくれたり、食べ物を分けてくれ、ずっと隠してくれた。城下町を出る際は調べられるけど、ベリアースの人間はそれほど多く生活していないうえ、王子という存在が居ることを実は誰も知らないってのもあるかな」

 「生まれてすぐのことでしたから、公になっていないのは僥倖でしたね……」

 「……」


 ライムが呟き俺達一家は息を飲む。

 正直、とんでもない爆弾が迷い込んできたという印象で、もし俺達がこのふたりを手土産に何かすると考えなかったのだろうか……すでに亡国ということで王子として育っていない部分があるので危機感が希薄なのかもしれないけど。

 そしてライドはさらに驚愕なことを口にする――

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