第四百三十四話 邂逅
「それじゃ、私たちは一旦お家へ帰るわね!」
「ああ。転移魔法陣はいつでも使えるから。俺達が居なくても好きな時に使ってくれ」
「そうするぜ、ありがとよ。……しかし、あのクソ医者と共闘とはどうなるか分からねえもんだな。福音の降臨を倒すためとはいえ、ちょっとやるせないぜ」
「リューゼの言いたいことは分かる。まあ何かしようものなら止めるけどね」
早々にガストの町へ戻って来た俺達は、ウチの庭で先ほどのことを話していた。流石にリューゼとルシエール達はすぐに飲み込めるほど楽観はしていない。
いざ戦闘になればリューゼとレッツェルは引き離しておこうと思う。
「ラースに任せるわ。私の命の恩人であるあんたがあいつを使うってんなら、文句はないし」
「私もお手伝いできることがあったら言ってね? アッシュ達も戦いに行くならついていくし」
「ありがとうふたりとも。でも、ルシエラはともかく、ルシエールは無理しないでいいから」
「その分、わたしが頑張るよルシエールちゃん!」
クーデリカが拳を突き上げてそう言うと、ルシエールが微笑む。騎士達も居るし、わざわざ危ない橋を渡る必要は無いのだ。
「それじゃラース、また後でね」
マキナが口を開き、そのまま兄さんとノーラを残して屋敷を後にする。そういえばマキナと離れるのは凄く久しぶりだ。サンディオラで俺が先行してアイーアツブスと戦った時くらいだな。
そんなことを考えていると、中型程度の大きさをしたサージュが降りてきた。
<戻ったか。アイナ達は向こうか?>
「ベルナ先生と一緒に俺の家に残ってもらったよ。ファスさんとベルナ先生ならボディガードとしては言うことないし」
<確かにな。マキナ達も居ないのか?>
小さくなりながら頷くサージュが質問を投げかけてくると、俺の代わりに兄さんが答えてくれる。
「みんな一度家に帰ったんだ、家族が心配だろうし別行動。ところでサージュはどこに行っていたんだい?」
<おお、そうだ、皆に話をせねばならことがある! 父殿を呼んでくれ>
「? オラが呼んでくるよー」
ノーラが首を傾げて屋敷へ戻ると、程なくして父さんと母さんを連れて戻って来た。すると母さんが小走りに駆けてきて俺の頭に手を乗せて撫でてきた。
「んふふ、ちょっと陽に焼けた? ちょっと見ないうちに逞しくなったわね」
「ちょ、母さん急にどうしたのさ!?」
「んー、前に帰って来た時にも労ってあげたかったんだけど、マキナちゃんが居たらあんた恥ずかしがりそうだと思って我慢してたのよ。大きくなってもラースは私の子供だからね」
「むう……」
母さんは俺を甘やかしたかったらしい……嬉しいけど、流石に成人した今は母さんの予想通り恥ずかしい……
「ははは、まあいつも無事で帰ってきてくれて嬉しいのは俺も同じだぞ? それでサージュ、何か話があると聞いたが?」
父さんは笑いながら俺の肩に手を置くと、頭の上に乗っているサージュに目を向ける。サージュはうむ、と頷いた後に話を続ける。
<かなり高い位置から偵察をしていたのだが、まだここまで十日以上かかるだろうが、大部隊が迫ってきているのを見つけたぞ。ベリアース王国との国境は越えている>
「……!? やっぱり来ているんだな……数は?」
<ざっとみて五千。町ひとつを落とすにしては多いから本気で住人を皆殺しにする気かもしれんな、そのままここに居座って王都への足掛かりといったところか>
冷静に相手の思惑を告げられ、俺達は黙り込む。幸いなのはまだここに来るまで時間がかかることだろう。
「俺とサージュで蹴散らしに行くか? ドラゴニックブレイズで先制攻撃をかけるとか」
<我は構わんが、正直なところ数が多い。それに我を退けた者がいることを確認しているから、上手く行くかわからんぞ? できるだけ王都の騎士と共闘し、ルツィアール国の救援を視野に入れた方がいい>
「半壊させることができればいいと思ったんだけどなあ」
「悪い手じゃないと僕も思うけど、万が一を考えないとね。ティグレ先生クラスの相手も居るわけだし」
兄さんの言葉に仕方ないかと肩を竦めて首を振る。
野営をするだろうからそこを狙って上空から奇襲……というのは良い案だと思うんだけど……そんなことを考えていると、サージュがなにかを思い出し口を開いた。
<そういえば戻ってくる途中、たった二人で馬を走らせている者が居たな。この町に向かっているようだが、このままで戦いに巻き込まれるかもしれん>
「あら、それはまずいわね……でも敵じゃないわよね……?」
「それは話してみないと何とも言えんな。ふむ、デダイト、ラース。二人でサージュと一緒にその二人組に話を聞いて来てくれないか? 怪しいし、もし敵ならこちらも後手に回るだけというわけにもいくまい。ただの冒険者ならルツィアール国へ行くよう伝えて欲しい。どうしてもここに来たい、と言った場合、判断はお前達に任せる」
父さんが真剣な顔で俺達にそう言い、兄さんと俺は顔を見合わせ、すぐに返事をする。
「分かった。ラースとサージュが居れば危ないこともないと思うし、ふたりで行ってくる」
「交渉事なら兄さんの方がいいし、俺も賛成だ。サージュ、どれくらいで行ける?」
<十五分もあれば良かろう、朝飯前というやつだな>
「オラ達は朝ごはん食べたけどねー!」
<む、むう……なんと……>
「はいはい、サージュの朝ごはんは私が作っておくからさっさと行ってらっしゃい! 気をつけてね」
<期待しよう>
サージュは巨大化し、俺と兄さんを背に乗せるとすぐに高度を上げて目的地へと羽ばたいていく。相変わらずの速度で飛んでいき、サージュが見たという二人組はすぐに見つかった。
「あれか? ……随分焦って馬を走らせているな」
「うん。あれじゃ馬が可哀想だ、サージュ降りてくれ」
<承知した>
見晴らしのいい草原であるこの場所なら向かう先で降りればサージュにすぐ気づくだろう。
「……!! ド、ドラゴン!? と、止まれ!!」
案の定、先頭を走っていた人が馬を止め、後ろに付いて来ていた人も急停止する。馬の脚が震えているところを見ると、かなり無理をしていたのかもしれない。
「ドラゴンが私たちに何の用だ……! もしかして奴らの――」
忌々しいとばかりに女の人の声が響くが、その声には焦りが混じっていた。
なにか事情がありそうだなと思いながら俺達はサージュの背から降り、両手を上げて話しかける。
「すみません! このドラゴンは僕たちの友達です! 僕たちはレフレクシオン王国のガスト領に住む者です」
「ガ、ガスト領……! よ、良かった! 君たちに話があるんだ!」
後ろにいた人は男性のようで、兜の下から歓喜の声が上がり俺達に駆け寄ろうとしてきた。しかし、その前に立っていた女性が立ちふさがり言う。
「いけません! 本当にそうとは限らない……あいつらの仲間かもしれないです」
「でもライム、そうだとしたらドラゴンですぐ襲ってくると思うけど」
「……」
男性の言葉に、ライムと呼ばれた女性は口を噤む。何か複雑そうだから名乗っておくかと俺がふたりへ話しかけた。
「俺の名前はラース=アーヴィング。ガスト領の領主の息子で、こっちは兄のデダイト。ドラゴンはサージュというんだ。そんなに焦ってどこへ行くつもりなんだ? ガストの町は福音の降臨っていう怪しいやつらが迫っているからガストの町に来るつもりなら他へ行った方がいい」
「……!!」
俺がこちらの事情を説明すると、二人は目を大きく開けて俺達を見た後、顔を見合わせた。そして少し考えたのち、女性が一歩前へ出てから胸に手を当てて衝撃の言葉を放つ。
「領主のご子息でしたか。失礼いたしました。まだ完全に信用したわけではないことを申し伝えたうえでお願いがあります。私たちはその福音の降臨とやらと共に居た兵士。訳あって逃げ出し、ガストの町へその危機を伝えに行く途中でありました」
「なんだって……?」
「できれば僕を君たちの町へ連れて行って欲しい! お願いだ!」
男性の必死な様子に、俺は眉を顰めて腕を組む。どちらにせよ、何かを企んでいるにしてはこのふたりの焦りようは普通じゃないと俺達は二人を連れてガストの町へと戻るのだった。
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