~幕間 13~ 動き出す人々


 「おらぁ、キリキリ歩け! 家族が生きていられるのはお前らが役に立っている間だけだからな」

 「くっ……」

 「勝手なことを……」

 「文句があるなら、ここで死ぬか?」

 「……い、いや……」


 馬に乗ったアクゼリュスが進軍を促している近くでぼやいていた兵士に、槍を突き付けながら目を細める男。ぼやいていた兵士は口をつぐみうつむきながら足を早めた。


 「ふん、使い物になるのか? 俺と貴様、それとシェリダーがいれば十分だと思うのだが」

 「いやあ、分かってないなあケムダー君! こいつらは餌でもあるのさ」

 「餌だと?」


 緑の長い髪をオールバックにした男、ケムダーが眉を潜めて聞き返すと、アクゼリュスが頷き、指を立てて口を開く。


 「そうだぜ。こいつらはほぼ全員、元・エバーライド王国の人間だ。こいつらを戦争に狩り出すとどうなると思う?」

 「……なるほど、行方をくらましている王子がでしゃばる可能性があるということか」

 「ひゃはは! ビンゴー! ちょうどいい機会ってやつだな。今からの戦争でこいつらが犠牲になってもベリアース陣営に痛手はねえ。そしてこれを皮切りに戦争をおっぱじめるらしいが、間違いなくエバーライドの人間から使い捨てるに決まっている。クーデターを起こす前に兵はいなくなりましたってな? ひゃはっ!」


 国王夫妻は惨殺されたが、実はエバーライド王国の一人息子である王子の行方は分かっていない。何かの拍子に旗揚げをするのではないかと思っていたものの、その兆しはない。

 国民を生かしているのは奴隷として扱うためだけで、戦争ともなれば使い捨てにするだけなのだ。


 「……王子ひとりで出来ることなどありはしないわ。むしろ、エバーライドの人間は早めに絶やしておくほうが安寧を得られるでしょうに」

 「シェリダーか、偵察ご苦労さん。てか、それはうちの教主様も言ってたがな。ベリアースの国王様は小心者のようだぜ」


 空から降りてきたシェリダーにそんなことを言うと、ケムダーが顎に手を当ててぽつりと呟く。


 「いや、あながち間違っているとも思えん。窮鼠猫を噛む、というやつだな。下手に意味なく処刑をすれば『どうせ殺されるなら』と反旗を翻す者が出る可能性は高い。生かさず殺さず、というやり方は労働力の確保という点でも理に叶う」

 「へいへい【貪欲】なケムダーさんにゃ敵いませんぜっと。向こうに着いたら俺たちだけで殲滅できるだろうけど、まずは兵士で小競り合いさせるからな」

 

 ケムダーの分析にアクゼリュスが肩をすくめて答えると、シェリダーが目を細めて口を開いた。


 「それでも数人は手練れがいるわ。そいつらの相手は私たちがする必要がある」

 「それは問題ないだろ? これだけの兵士と戦った後で全力を出せねえだろ? ひゃははは、血が見れるのは嬉しいねえ」

 「向こうもそれなりに武装してくるはずよ。油断は禁物」

 「だなあ。そういやエバーライドを攻略したとき、最後まで突っかかってきた夫婦がいたねえ。娘を逃がすため、自分たちが死ぬとは泣かせてくれたぜ! 感動しすぎて夫婦そろってさらし首にしてやったんだがよ? ひゃはははは!」


 アクゼリュスが心底、気味の悪い笑いを浮かべているのを見て、ケムダーが嫌悪感を出し、ため息を吐いてから返す。


 「その話、何回目だ? ……そういえばベリアースの騎士団長が居るようだがなぜだ?」

 「なんかあの町に知り合いがいるみたいなんだわ。こっちは勝ち確定だし、国王サマが許可したんだってよ」

 「……足手まといにならなければいいけど、ね? あと四日で到着の予定よ」


 シェリダーが再び舞い上がりながらそう言うと、アクゼリュスが頭をかいて鼻をならす。


 「俺たちだけならもうとっくに着いているんだがねえ」

 「腐るな。時が来た時に暴れればよい」

 「……へへ、そうすっか……」


 ――そして一行は野営地へと到着。


 さらに深夜、アクゼリュス達から遠く離れた兵の集団からふたつの人影がむくりと起き上がり、集団から離れていく――


 「はあ……はあ……な、何とか町を抜け出せた……あいつらより少しでも早くガストの町に行ってエバーライドの兵士を殺さないよう伝えないと……」

 「ライド王子、この先の町で馬を調達しましょう。残り四日、今から数時間距離を離してもアドバンテージは取れません」

 「ああ……そ、そうだねライム……。は、はは……恐怖で膝が震えているよ……」

 「兵に紛れて町を出たのです、フルフェイスのヘルムだったとは言え、一歩間違えれば即座に拘束されていましたから無理もありませんよ」


 このふたりはエバーライド王国の王子、ライドと側近だった者の娘ライムだった。

 町の厳重な警戒のせいで外に出ることはかなわず、地下や家屋を転々として身を隠してきたが今回出兵するにあたって入れ替わり計画を企てた。

 結果、目論見通り外に出ることができたものの次はガストの町へ先に辿り着くための行動を起こさねばならなかった。


 「僕は死ぬわけにはいかない……国なんか捨ててもいい。けど、民は助けないと……! みんなから集めてもらったお金、大事に使わせてもらうよ」

 「はい。私の【暗い影】は自分にしか使えないのが申し訳ないです」

 「大丈夫。町から出たならやりようはある。……怖いけど、ライムが一緒なら何とかなる気がするよ」

 「強者が居れば良いのですが、もし旗色が悪ければレフレクシオンまで亡命をしましょう」

 「……それも止む無し、か……」


 自国民を救うための決意を胸に、ふたりは森の中を進む。

 エバーライドの王子ライドが、最強の戦力……ラース=アーヴィングと出会うまで、あと少し――

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