第四百二十話 里帰りへ


 「さて、ラース君は早速町へ戻りますか?」


 謁見の間を出て、開口一番そう言ったのはバスレー先生だった。俺はマキナを目を合わせて頷く。


 「サージュ次第だけど、ラディナやシュナイダー達を連れて一旦家に帰ってからすぐ召喚して実家へ戻ろうと思う」

 「私とラースで戻るからバスレー先生と師匠はお家をお願いしますね」

 「承知したぞ。戦いとなればちょっと体を慣らしておこうかのう。全力は久しぶりじゃし……」

 「おおー、帰ったら修行つけてくださいね!」


 マキナがファスさんの周りをウロウロしながら嬉しそうに言うのを横目に、俺はバスレー先生に質問する。


 「先生、レッツェル達はどうするんだ? 俺の家には連れて行けないけど考えがあるのか?」

 「彼らはわたし達の家の近くの家で暮らしてもらう予定です。入れ替わりで人を入れるので防衛はできるかと。少々残念ですが、わたしと兄ちゃんが監視役として同じ家に住みますので――」

 「ヒンメルさんなら安心かな、他にも騎士とかが来るんだ?」


 俺が話の途中で尋ねると、バスレー先生は恐ろしいことを言う。


 「――夕ご飯は持ってきてくれると嬉しいですね!」

 「そっちか!? まあ近かったらいいけど」

 「いいって言いましたね!? その言葉、覚えておいてくださいよ! ではわたしは家を探すのでこれで。レッツェルもこっちですよ! 仲間の後を追わせてあげます」

 「はっはっは、少しは喋らせて欲しいものだね。それではラース君達、また後程」

 

 嬉々としてレッツェルの襟首を掴んだバスレー先生が別の方向へ歩いていく。レッツエルは腕を組んだままずるずると引きずられながら通路の奥へと消えて行った。


 「……大丈夫かしら?」

 「まあ、レッツェルは死にたいらしいし、いいんじゃないか?」

 「ラースって容赦ない時は容赦ないわよねえ」


 マキナの横を歩いていたヘレナが頭の後ろで手を組んで肩を竦める。


 「事情はどうあれ、他人の人生を狂わせた罪は大きいし、人も死んでいる。あいつにとって長い時間の一幕かもしれないけど、確実に泥を被った人はいる」

 「あ」

 「どうしたんだ、マキナ?」

 「ううん。ラースの言うことを聞いて、だからかな、って思ったの。罪をずっと背負って、おかしくなって、死ねずに何もかもを覚えているから、殺した人のこともきっと覚えているわよね。その償い方をずっと探しているんじゃないかなって。もちろんラースの言う通り、悪いことは悪いと思うけど、死ぬことが償いになると思っているのかも」

 「……」


 マキナの言うことであいつが死んで、それで死んだ人が生き返るわけじゃない。それなら福音の降臨になど入らず、人を助け――いや、そうじゃない……あいつは恨みを買うことで自分を殺させるよう仕向けていたのだろう。どちらにせよ、俺には理解できない感覚だ。


 「とりあえずお母さんもしばらく戻って来ないし、アタシはお仕事再開するわ。どうせこっちに呼ぶならクーやルシエールには会えるでしょ? ……頼んだわよ、二人とも。手が必要な時は仕事を辞めてでも手伝うから」

 

 門の前まで出てきたところで、ヘレナがさっさと前を歩きそんなことを言いながら振り返る。そりゃもちろんだと俺とマキナが笑うと、ファスさんがシュナイダー達に気づく。


 「む、タイミングがいいな」

 「わんわん!」

 「くおーん!」

 「!」

 「ひひーん」


 元気よく走って来たアッシュ達を出迎え、セフィロとアッシュを抱っこしてやる。ラディナとシュナイダーがお座りし、馬達もゆっくりと馬車をガラガラと引いて歩いてくる。もちろんそれを引いているのはニビルさん。


 「よう、そろそろかと思って来たぜ!」

 「流石、ぴったりだよ。預かってくれてありがとう」

 「気にするなって。それより、さっきの話だがまだ大丈夫か?」

 「えーっと、歩きながらでいいかな? 家に早く戻りたいんだ」


 俺の言葉にニビルさんは笑いながら頷き、承諾してくれると、そのまま自宅へ向かって歩き出す。


 「シュナイダーは毛がくすんじゃったわねえ。洗わないと」

 「アッシュとラディナもよ。まあ家には池があるし、勝手に洗うと思うけど」


 マキナとヘレナがそんな話をしている中、俺とファスさんはニビルさんの話に耳を傾ける。それはいいのか悪いのか、魔物の園が完成したという話だった。

 流石に往復だけでも四十日弱かかった旅なので、完成は何となくあるかなとは思っていた。だけど嬉しいニュースであることは間違いない。


 「まあ、そんなわけでタンジのやつは早くラースに来て欲しいって言ってたぜ。難しいか?」

 「ああ……故郷の町が無くなるかどうかの瀬戸際だからね。でもアイナを連れてくるから丁度いいと思う」

 「あの元気な妹か? おお、そりゃいいな。はしゃぐだろうぜ」

 「何か他にもありそうじゃな?」


 不敵に笑うニビルさんにファスさんが問うと、ニビルさんが眉を顰めて口を開く。

 

 「って、あんたは初顔だな? 俺はニビルという。よろしくなお嬢さん!」

 「何を言うか。ワシはファスじゃ。こんな姿をしているから分からんのも無理はないかもしれんがな」

 「……!?!?」


 口をパクパクさせて俺とファスさんの顔を見比べて、慌てるニビルさんに俺は苦笑しながら頷く。


 「……マジか……めちゃ好みなんだけど……」

 「結婚しているからダメだよニビルさん? でも教えてくれて助かったよ、アイナも喜ぶと思う」

 「あ、ああ……おっと、それじゃ俺は魔物の園に行ってくるから、またな!」

 「またね、ニビルさん!」

 「おう!」


 ニビルさんと別れ、ようやく自宅に到着する。


 「わおーん♪」

 「ぐるる……!」

 「ぶるる♪」


 柵を開けると早速、魔物と馬は庭に駆けだして池に飛び込む。

 

 「あはは、まだ元気ねえ。もう行く? アタシもファスさんと待つわよう?」

 「いいのか? 珍しくバスレー先生も居ないし、話でもしてくれると助かるよ」

 「そうじゃな。ヘレナと話すのは幽霊騒ぎ以来じゃしな」

 「そうよねえ! ふふっ」

 

 意外と仲良しなふたりが笑いあう中、俺は【召喚】を発動させる。


 「来い、サージュ! 【召喚】!」


 ……拒否のサインは無い。すぐ来るなと思っていると、浮かび上がった魔法陣からサージュの姿が少しずつ現れる。


 <ラースか! 急に呼ばれてびっくりしたが、どうした? そうそう、こっちは大変だったのだ>

 「うん、だいたい分かっている。その件で、俺を父さんのところへ連れて行って欲しいんだ」

 <ふむ……話を聞こうか――>


 俺はサージュと情報共有をする。

 だいたい、レッツェルや国王様から聞いた話と変わりはなく、サージュはこっちの状況に驚いていた。

 その後すぐ、庭に転移魔法の陣を作るとサージュに大きくなってもらい俺とマキナは空に浮かぶ。


 「まだ陽が高いけど大丈夫かな?」

 「緊急事態だ、仕方ないさ」

 <任せろ、すぐに到着する。アイナ達に会ってやってくれ>

 「いってらっしゃーい♪」


 眼下のヘレナに親指を立てて挨拶をし、一路、ガストの町へと向かった。

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