第四百十九話 立案
「初めて聞く名前だな……シェリダーってやつも十神者だったりするのか?」
不意に口を開いたレッツェルに質問すると、ゆっくり頷いてから続ける。
「ええ、【拒絶】のシェリダーと言って、寡黙な女性です。直接戦ったことはありませんが、奇妙な技を使います」
「奇妙?」
「近づいたはずなのに気づけば遠くにいたり、攻撃があたらなかったりと様々ですね」
「素早いのかしら」
「スキルかもしれんのう、こやつの黒いもやのようにな」
ファスさんが簀巻きにされているアイーアツブスをチラリと見ながらそう言うと、いつの間に目を覚ましたのかアイーアツブスが口を開いた。
「くっくっく……アクゼリュスとシェリダーですか……あの二人が本気になったら町ひとつなどものの数分ですよ。私達十神者の力を甘く見てもらっては困ります。私をここに連れてきたのは失敗でしたね! ここでレフレクシオンの国王を始末すれば教主様も! ……様も! うぐぐぐぐぐ……動けない! 【不安定】も出ない!?」
「バスレー先生が念入りにぐるぐる巻きにしているから無駄だと思うよ。隙間なんてないしな。伊達に何度も簀巻きにされていない」
「ば、ばかな……」
アイーアツブスが青い顔をしたが、俺は国王様の前だけどアイーアツブスの頭をかなり本気で殴る。
「ぎゃ!?」
「……お前、サンディオラで何人殺したと思っているんだ? 本来なら生かしておくのも腹立たしいんだ、黙ってろ」
「う、うぐ……」
「落ち着いてラース。いつか必ず何かしらの償いをさせましょう?」
「そうだな。申し訳ありません、国王様」
マキナに止められて国王様と王子に向きなおると、引きつった顔をしたオルデン王子が口を開いた。
「怖い夫婦だな君達も……ま、まあ、ともあれその十神者がまた襲撃をしてくるというのであればガストの町に騎士達を配備しないといけないね。父上、ローエン殿の書状にはそう書いていたんだよね」
「オルデン、言葉遣いは気をつけろ。公の場で恥をかくぞ? さて、ラースの父であるローエンからはそのように救援を求められている。完全に正体を現した福音の降臨であれば我らも見過ごすわけにはいかんし、いつ襲ってくるかも分からないから、すでに準備はできている」
二週間でおおよその攻防計画はできているらしい。
ルツィアール国との連携も視野に入れているらしいけど、今から出兵して間に合うかは微妙なのでなるべく考えないとのこと。
二週間経ってまだ出ていないのはやはり準備に時間がかかったせいとのことで、変なスキルで絵からゴブリンを無数に生み出すことができるやつがいるので人員・食料・作戦といった準備がかかったのだそう。
「十神者とやらが単体で攻めてきた場合はその限りではないが、向こうも町を占拠するには人手が必要だから兵を出すはず。すぐには攻められまい」
「しかし、陛下このままでは到着と同時に戦闘になる可能性があります。ラース殿が戻ったのは僥倖です。すぐに命令を出して出兵した方がよろしいかと」
フレデリックさんが進言してくれ、国王様が頷く。そこで俺はレッツェルの話を聞いたときに考え、旅立つ前にディビットさんからやり方だけ教えて貰い、帰路の中練習していた作戦を告げる。
「私に考えがありますが、お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「む、構わんぞ、申してみよ」
「はい。ありがとうございます。実はサンディオラで転移魔法を習得し、それを活かせないかと考えています」
俺がそう言うとざわめきが起こる。転移魔法自体珍しいのもあるし、犯罪に使いやすいためそうそう教えてくれる人が居ないしね。
「奇襲をかけると?」
国王様がそう言うが、俺の考えはかなり大がかりだ。深呼吸をして、続ける。
「いえ……転移魔法はある地点からある地点を魔法陣のような『儀式』的なもので繋げることができるのです。例えば――」
「……!?!?」
俺は魔法陣を書いた紙を床に置き、もう一枚をブーメランのように投げた後、足下にある紙を踏む。直後、俺の体は空中に現れ、城内が騒然となる。
「――このように移動できます。そして作戦ですが、これをガストの町とイルミネートを繋げ、町の人間を全員こちらに引き寄せます。もちろん完全に居なくなると怪しいので、手練れや騎士の人達を向こうへ送り、待機。福音の降臨が攻めてきたら取り囲むというものです」
「「町の人間を全員!?」」
驚く国王様とオルデン王子に、ファスさんが手を上げて話し出す。
「見ての通り、移動は一瞬じゃ。こちらから出兵するのも一瞬で終わる。しかし、一般人を人質に取られたりするのは目に見えておるから全員というわけなのじゃ」
「町の人達の生活は少ないですけど、俺……私の資産を使っても構いません。居住地は魔物の園の近くに開いた場所を使わせてもらえないかと……」
正直、町の人間はかなり多いためこちらに呼んだらパニックになること請け合い。一番閑散としていたあの辺りならと口にする。しかし国王様は悩んでいる様子……難しいか? そう思ったところでヘレナが話し出した。
「アタシ、劇場でアイドルをやっているヘレナです。オーナーに頼んで劇場をアタシのお金で借りてもいいですし、宿を貸し切らせてもらうとかでもダメですか?」
「いや、ダメとか――」
「ならわたしも資産を出しますよ! 陛下、ラース君の案で行きましょう! 犠牲は少ない方がいいじゃあありませんか! ねえ、兄ちゃん」
「いやあ、いいタイミングだねバスレーちゃん」
「ふえ?」
突然入って来たバスレー先生を見て噴き出すヒンメルさんに、国王様は困った顔で肩を竦める。
「いや、別にダメとは言っておらんぞ? ガストの町にいる人数とイルミネートの規模を考えておっただけだ」
「な……!? それならそうと早く言ってくださいよ! 赤っ恥じゃないですか……」
「はっはっは! ……まあ、お主のやる気は分からんでもないが、焦るなよ? ではラースよ、早速ガストに向かい転移魔法の仕掛けを作るのだ! フレデリックは仮設住宅の建設に取り掛かれるよう手配を」
「それはワシも手伝わせてくれんか? ダイハチに頼めばすぐじゃろう」
「おお、それは確かに……ってそう言えば初めてみる顔ですな?」
「何を言うか、ワシはファスじゃ。雷撃のファス」
「ええ……!?」
ファスさんがむっつり顔でそう言うと、城内が転移魔法の時よりもざわめきが起こる。……まあ、美人だから仕方ないけど。
そんな感じで報告は終わり、襲撃から二週間経っているという状況に焦りを覚える。サージュを呼んで一気に行くかと、謁見の間を後にするのだった。
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