戦いに向けて
第四百十七話 帰還
「そろそろイルミネートね!」
「くおーん♪」
「何事もなく帰れましたねえ。ま、このメンツを何とかできる人も魔物も居ないでしょうけど」
――馬車の荷台を振り返り、バスレー先生が呆れたように呟く。サンディオラから真っすぐ帰路につき、ファスさんの住んでいた山付近なのでマキナの言う通り、あと数時間というところまで来ていた。
「ふむ……」
「? どうした、レッツェル」
荷台でレッツェルが短く呟き、俺は御者台から振り返り声をかける。ずっと目を閉じているので寝ているのかと思ったけど、どうやら起きていたらしい。
「いえ、なんでも……と、言いたいところですが、少し事情が変わりましたね」
「事情……?」
「はい。予知夢ではないと思いたいですが、ガストの町が襲撃を受けたようです」
「え!? だ、大丈夫なの!」
「くおーん!?」
「僕が何ともできなかった町ですからね、その点は安心してください。福音の降臨は追い返しました」
レッツェルが眼鏡の位置を直しながらそう言うと、マキナはホッと息を吐く。急に抱きしめられたアッシュが慌てて俺のところへ移動すると、レッツェル話を続ける。
「僕の予想ではエレキムが失敗し、福音の降臨の所業が公になり、レフレクシオン王国を上げて防衛戦になるかと思っていました。しかし、アクゼリュスが関与したことで教主アポスが本格的にレフレクシオン攻略に乗り出してくるようです。このままではガストの人間は皆殺しになるでしょうね」
「アクゼリュス……」
「バスレー先生? いつぐらいになるか分かるか?」
不意に目を細めてアクゼリュスという名を呟くバスレー先生が気になるが、レッツェルが俺の問いに首を振り答えたのでとりあえずそちらに耳を傾けた。
「そこまでは流石に。それと『視た』ことが本当に起こるかどうか、もしくは起こったことなのかは確実ではありません。未来は確定していないので、僕が君とこうしていることで少し未来が変わったのでしょう。僕がガストの町に居ればアクゼリュスは来なかったはずですしね」
「なら騒ぎが終わるまで町に居れば良かったろうに。悪い方へ進んでいるのではないか?」
「どうでしょうね。ラース君に恩を売るため手助けするでしょうが、僕という存在に疑念がかかるのは避けたいと思っていましたから町の人たちだけで片づけたのは良かったと考えています」
レッツェルが居たのに手助けをしなかったという話になった場合、教主の目がレッツェルに向けられると動きにくくなるのが良くないらしい。
どちらにせよ、こいつが居なければガストの町がピンチだということが知れなかったので下手をするとまだサンディオラのゴタゴタの渦中だったかもしれない。そう思うと、正解になりそうだが……
「考えても仕方がない。まずは国王陛下に報告じゃ」
「そうですね……」
「くおーん?」
「何でもありませんよ、アッシュくーん」
「くおーん♪」
やはり様子のおかしいバスレー先生がアッシュを抱っこして頬ずりをする。何を企んでいるのか分からないので、油断しないようにしておこう。
「しかしレッツェルは王都に入って大丈夫なのか? 謁見と同時に捕縛は嫌だぞボクは」
「そこは騎士達と俺達が居れば通ると思う。レッツェル自体の戦闘力はそれほどでもないからな。ただ、リースとイルミは難しいかな」
「どうして?」
リースが首を傾げて俺に返すが、その答えはバスレー先生が口にする。
「もし、この話が嘘だった場合を考慮するからですよ。わたし達は完全に信用した訳じゃありませんよリースちゃん。あなたの薬は広範囲の人間に影響しますから、陛下の身の安全を考えれば当然でしょう?」
「可愛い元教え子を信用してくれないのかい?」
「それはこれから次第でしょうねえ。マキナちゃんと違って、福音の降臨の人間と行動を共にしている者をおいそれと信用できないでしょう」
ぴしゃりと言い放ち、リースが不敵に笑う。そこでマキナがバスレー先生に問いかけた。
「先生、何か悪いものでも食べました……?」
「食べてませんよ!? ちょっと真面目なことを言ったらこの空気! わたしを何だと思ってるんですか」
「だって……」
「なあ……」
「まあ先生だしねえ?」
「真面目な話をして悪かったですね!?」
俺とマキナ、そして同乗しているヘレナと顔を見合わせると、バスレー先生が叫んだ。
「まあ、冗談はおいといてどちらにせよ元国王様の命を狙った一行だ、人質みたいなもんだよ」
「くく……狙ったのは王子の命ですよ、間違えてもらっては困ります」
「そう言う話じゃないからな!? そういうところだぞお前!」
「はっはっは」
何が楽しいのか、レッツェルは腕を組んだまま高笑いする。
さて、慎重にことを運ばないとな……。俺は見えてきたイルミネートの門を見ながらそう思う。
しかし、その前にひとつ、楽しいことが待っていた。
◆ ◇ ◆
「先生が冗談を言うなんて珍しいですね」
「そうかい? 僕は元々こういう人間さ。それに懐かしいと思ったんだよ」
「懐かしい、ですか?」
「僕の家は普通の、本当に普通の家だったんだ。田舎の村でね、父と母、それと姉に弟が居たんだけど、仲は良かった。お金は無かったけど笑いの絶えない……ちょうどこんな風にね」
そう言って笑うレッツェルは昔のことを思い出す。忘れることができないこと彼にとって唯一良いと思えることだった。
「君も会った時からだいぶ丸くなったよ」
「まあ、生きるか死ぬかみたいな生活でしたからね。何で拾ってくれたのか分かりませんでしたよ。リースもそうですけど」
「……まあ、気まぐれですよ。死を見るのが楽しいと思いつつも、助けたいとどこかで思っていたのかもしれませんねえ。僕も医者の端くれということでしょうか」
「私は……先生に死んでほしくはないですけどね」
「そう言わないでください。イルミを看取って、僕が残るのはもう勘弁して欲しいところです。僕を先に死なせてください」
レッツェルはそう言うと、目を瞑り再び沈黙する。イルミはため息を吐きながらレッツェルを見るのだった。
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