~幕間 12 福音の降臨


 <ベリアース王国>


 「ひゃは! 戻ったぜ! っあー、疲れた」

 「こ、これは、アクゼリュス様……! 早いお帰りでしたね? シェリダー様もご一緒だったのですか」

 「……」

 「愛想のねぇヤツだな、んなことだから男に間違われるんだぞ?」

 「……さっさと報告を済ませろ」

 「へいへい。お、そうだ、こいつもどこかで休ませてやってくれや」


 アクゼリュスが肩に担いでいたエレキムを床に落とすと、目の前にいた男がぎょっとして声を上げた。


 「エレキム殿!? なんと、顔が血だらけに……」

 「ああ、空中散歩を楽しんでいる時に目を覚まして暴れやがったんで顔面をぶん殴って気絶させたんだ、悪ぃ! ひゃはは!」

 「す、すぐに医療施設へ……アポス様はギルガーデン王と食事中でございます、今の内に湯あみをしてきては如何でしょうか?」

 「お、そうだな。シェリダー、一緒に入るか?」

 「……死ね、鈍獣で淫獣の変態駄犬」

 「酷くねえか!?」

 「……ふん、私が助けに入らなかったら終わっていたのは誰だ」


 シェリダーは鼻を鳴らすと踵を返して通路を歩き出し、アクゼリュスは笑いながらその背を見送ると、風呂場へと向かい、ジャックの放ったウインドストリームで流れた血を洗い流した。


 「お召し物をどうぞ」

 「おう、サンキュー。……後で部屋に来いよ、可愛がってやるぜ」

 「まあ、アクゼリュス様ったら」


 風呂から出たアクゼリュスは着替えを持ってきた侍女をナンパをした後、ひとりアポスの部屋へと向かった。


 「教主様、アクゼリュス戻りましたぜ」

 「入れ」


 アポスが少々不機嫌な声色で入室を促すと、肩を竦めて中へ入るアクゼリュス。目の前には執務机で頬杖をついているアポス。彼はため息を吐いてから口を開いた。

 

 「……その様子だと失敗したというところか?」

 「ひゃはは! ま、そういうこって……あの町は非常に面白い、レッツェルやエレキムが失敗する理由は分かった気がしますぜ。他の町よりも領主やギルド、学院の人間に住人達といった連携が強い。まさか一人も殺せず帰るとは思わなかったぜ」

 「ほう」

 「……少しだけ見ましたが、目つきの悪い男に魔法剣士、それに近い能力を持った男と領主の息子……戦力が充実している上に、ドラゴンまで保有していました。並みの戦力で落とすのは難しいと思われます」

 「うお!? いたのか……」

 「私も報告せねばならないから当然だ変態。教主様、どうしますか? 我々のことが表立って彼らに知られました。レフレクシオン王国から通達があるかもしれませんが……先に潰しますか?」


 シェリダーが緑に光る双眸を細めてアポスへ問いかけた。倒すなら今だと目が訴えている。


 「俺はやれと言われればやりますぜ? 活きのいい獲物がいくつかあるんで……」

 「ふむ……今、十神者は何人残っている?」

 「……アイーアツブス以外は全員残っているはずですが……」

 「あー、いや、キムラヌートがどっか出ているはずだぜ。俺が出るとき一緒に出て行ったからな」

 「……いつの間に……」


 シェリダーが苦々しい顔で呟くと、アポスはアクゼリュスに質問をする。


 「秘密裏に掌握したかったがこうなっては仕方あるまい。……アクゼリュスとシェリダー、それとケムダーにエバーライドの兵を千人ほどつければ町ひとつくらい十分だろう? 信者も出すつもりだ」

 「おおっと、流石は教祖様、太っ腹でいらっしゃる! ひゃははははは、十分すぎるんじゃないですかね。なあに、エレキムを焚き付けて安全な位置から【絵心】で魔物を量産すりゃ、蹂躙できるでしょうよ。町の人間を人質にすりゃあいつらも動けないだろうし!」

 「うむ。だが女子供は殺すなよ? 信者の確保と、男達への土産に使わねばならんからな」

 「……御意にございます。それでは早速……」

 「エバーライドの兵はギルガーデンに用意させる必要があるから少し待て。お前達は空を飛べるが、兵は馬車と歩きだからな。それと、占領したらそこからレフレクシオン王国への足掛かりにする」


 アポスは椅子から立ち上がるとアクゼリュスとシェリダーの肩に手を置いて指示を出す。それを聞いたアクゼリュスがにやりと笑い――


 「いよいよ戦争ですか。レフレクシオンの国王を処刑するんですかね」

 「……そうだ。アルバートの首を取りに行く。十神者という戦力もできた。そろそろいいだろう」

 「では、ケムダーに通達を」

 「頼む。出発については追って伝える、ゆっくり休め」

 「「はい」」


 敬礼をして出て行くふたりを見送ると、アポスは再び椅子に座り、無表情で呟いた。


 「いよいよか。この世界に生まれ落ちて四十年……長かったな……必ず私を認めさせてやる――」


 ◆ ◇ ◆


 「教主様がついに本腰か。面白くなってきたなあ、おい! ……ぎゃあああ!?」

 「……人の尻を触りながら言うことじゃない。でも、我ら十神者の本懐がようやく遂げられるわ。三人と言わず、全員でかかればいいのに」

 「それは国と戦う時でいいんじゃねえか? 確かにあいつらは強かったが、最初からお前とケムダーがいりゃ余裕だろう」

 「……」


 シェリダーがアクゼリュスに一瞬だけ目を向けた後、すぐに前を向き一瞬で遠くに姿を現す。


 「……まあ、とりあえずガストの町襲撃はあなたの力をアテにしているわ。私はケムダーへ伝えてくるから、アクゼリュスは休みなさい」

 「ひゃははは! ありがとよ! ……さて、忙しくなるな――」


 アクゼリュスが悪魔じみた笑みを浮かべ舌なめずりをする。

 福音の降臨の魔の手は静かに、ガストの町へと向かうのだった――

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