第四百十六話 狼煙


 ――ガストの町で福音の降臨が暴れてから早二日。

 昨日は町の片づけで大忙しだったが、町の人間が協力のおかげで早く元の様相を取り戻していた。


 店や学院も通常通り再開し日常を取り戻したかに見える中で、町の大人や主要人物達はアーヴィング邸に集まり会議を進めていた。


 「デダイトからおおよそのことは聞いているよ。その状況で町の住人が全員無事だったことは奇跡に近い。まずは礼を言わせてくれ、ありがとう」


 ローエンが頭を下げると、ハウゼンが頬を掻きながら口を開く。


 「この町を守るのは俺達の仕事でもあるから、そう頭を下げられると恐縮するぜ。とりあえず現状の整理だ。まず福音のメンバーは主要人物であったエレキムとアクゼリュスという男は逃亡、他のメンバーはアクゼリュスに殺され話を聞ける人間は残っていない」

 「うむ……関係のありそうなクラウダーはまだ目が覚めていないからな……」


 目的・組織についてはラースや今回の件でおおよそ判明したが、結局のところどうしてレフレクシオン王国の領地を狙っているのかは分からないため、ローエンはそこが聞きたいとクラウダーの目覚めを待っていた。

 そこでリューゼが手を上げて質問を投げかける。


 「オーガ化したんだっけか? 昔、ルシエール達を助けた時と似たような感じだけど、もしかしてあの時も福音の降臨が関わっていたんじゃないか」

 「かもしれないわね。依頼主がいそうな感じの話をしていた……ような気がする!」

 「お姉ちゃんあんまり適当なこと言わないの。でも、私を攫った人達が咄嗟に行動に出たようには見えなかったかも」

 「まあ、あの時の連中もやはり全滅しているから確かめようもない。今は過去のことより先のことだ。ローエンさん、今度あいつらが来る時は戦争規模の戦力で来るはずだ」

 

 リューゼたちの会話を切って、ティグレが割って話を始める。ローエンは戦争、という言葉を聞いて目を丸くして驚く。

 

 「なぜそこまで分かるんですか?」

 「……俺がベリアース王国の人間だからだ。まだあの国王が他の国を手に入れようとしているなら、福音の降臨の失敗を理由に攻め込むはず。領地を占領して周りから手に入れていくってのは教主とやらの入れ知恵だろうが、結局どこも手に入れられていない……はずだからな」

 「ふむ……ベリアースは殆んど交流が無いからその情報が正しいなら、危険というわけか……」

 

 ローエンが顎に手をあて、冷や汗を出しながら呻くように言う。すると学院長のリブレが意見を口にする。


 「ラース君がオリオラとグラスコを救った話は聞きました。しかしこのレフレクシオンの領地は他にもたくさんある。動いていないということはありませんが、今回の件と合わせて陛下に報告と対応をお願いした方がいいでしょう」

 「ええ。それはデダイトにも進言されたので、昨日の時点で書状は出しています。対策を含めてなにかしら返答があると思います。ただ――」

 「ただ?」


 ローエンが渋い顔をして一旦口を噤む。ハウゼンが怪訝な顔で尋ねると、頭を振ってから答えた。


 「その間に攻めてきたらどうするのか、という問題がある。戦争ともなればこの町で戦える人間は多くない。もし戦えたとしても犠牲の方が多くなるだろう。俺はそれが怖くてね」

 「ふむ」


 リブレが難しい顔をしてため息交じりで小さく呟くと、サージュとベルナがそれぞれ声をあげ、提案を告げる。


 <父殿、ならば町の警戒と防衛は我が請け負おうではないか。空から見れば何が起きているか分かるし、この町に着く前に蹴散らしてやればよかろう>

 「そうねぇ。それと、ルツィアール国へ救援を頼んだらどうでしょうか? 騎士団をひとつ借りるだけでも安全は確保できると思いますよぅ」

 「サージュのはともかく、ルツィアール国の援護は難しいところだぞベルナ」

 「どうしてよぅ」

 「騎士は多いが、どうしても穴が空く。今のベリアースはどうかわからねえが、二国分の兵士を抱えているはずだから、ルツィアールに人が少ないと知られればそっちを先に、ということを考えかねないのがベリアースの国王だ」


 ティグレがベルナの髪の撫でながらそう言うと、ベルナは『あっ』と短く言って肩を落とす。実際、ベリアースが占領したエバーライドの兵士と福音の降臨、そしてベリアース本国の数を合わせれば相当数になるだろうとティグレが渋い顔をする。


 「となると、やっぱり国頼り……早く手紙が届けばいいが……」

 「サージュに飛んでもらう? ラース兄ちゃんがいるところだよね?」

 「サージュが居なくなると抑止力が減るし、それも却下だ。ごめんなアイナちゃん」

 「ぶー」

 「ラースは転移魔法を覚えて魔物の園に連れて行ってくれるよ」


 デダイトが苦笑しながらアイナを撫でる。


 「ラースがなんか面白そうなことやってんのか……? ま、それは後から聞くとして、国王様から返答があるまで俺達で何とかするしかねえってこったな。よし、俺は依頼と合わせて訓練をするぜ。ひとりで倒せる数を増やした方がいいし、あのアクゼリュスってやつにも借りを返さねえと」

 「うむ。リューゼ君の言う通りだ。町には最大限の警戒をローエンさんから通達をしてもらえると助かります。私も何か手を打ってみるとしよう」

 「わかりました」


 「ミズキたちも頑張ってくれたが、さらに、か。では俺もギルドへ戻る」

 「ティリアちゃんは勝手に外に出ないようきつく言っておかないとねぇ!」

 「ほどほどにしといてやれよ……それじゃ俺達もこれで行きます」


 話は平行線を辿るであろうことを悟ったリブレが席を立ち、ローエンが頷くと、続けてハウゼンやティグレ、ベルナも屋敷を後にした。

 そこで一言も発さなかったブラオが腕を組んだまま口を開く。


 「……まったく、この町は落ち着かんな。私が言えたことでもないが」

 「まあ親父はなあ。でも母ちゃんが言ってたぜ、襲ってきたゴブリンを毒薬で追い返していたってよ」

 「むう……おしゃべりな。ローエン、他の領地にも通達しておけよ? それとソリオ」

 「な、なんだいブラオ?」

 「私には金が無いから口は出せんが、傭兵を雇ったり娘に良い装備品を仕入れたらどうだ?」

 「へえ、いいこというじゃん親父。ソリオさん、いいんじゃないか? もしアレだったらアルジャンさんのところに行くから頼んどくけど」


 と、リューゼが歓喜の声を上げて鎧の修理ついでに行くと伝える。


 「それはありがたいね。鉱物もルシエールのおかげでいいものを仕入れているから、加工してもらってもいい」

 「うん。足手まといにならないように魔法の訓練もしておくね。ベルナ先生に頼んでみようっと」

 「私もクーデリカと訓練しようかしら? あ、大丈夫よ戦うんじゃなくて守る方優先にするから。アクゼリュスとかいうやつみたいなのは流石に勝てないし」

 

 ルシエールはもっと役に立ちたいと拳を握り、ルシエラも成長して無茶なことは言わなくなった。そこでデダイトが口を開く。


 「町のみんなで協力して対応していこう。僕たちも助力を惜しまないから、なにかあれば言って欲しい」

 「そうだな。ラースが帰ってくれば訓練相手になってもらうんだけどなあ」

 「はは、今は多分転移魔法を探して旅をしているから難しいかもね」

 「ま、さらに強くなったラースと戦うのも楽しみだし、待つとするか。アイナ、ラースが帰ってきたら絶対俺に教えてくれよ?」

 「うん!」

 <さて、どうなるか……このまま何事も無ければ一番いいのだが……>

 「そうね……」


 サージュとルシエールが目を伏せて呟くと、その場にいたリューゼ達は口を噤み真顔になる。次はどうなるか分からない、と思いながら。

 

 ――ひとまずの勝利を得たガストの町。しかし、色々な想いを抱え、不安を拭えぬまま日常に戻っていくのだった。


 強くなったラースと戦う……そう言ったリューゼの言葉は、思いのほか早く実現することになる。


 そのラースは、今、レフレクシオンの城下町、イルミネート近くまで帰って来ていた――

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