第四百十五話 休息の前に


 「……アクゼリュス、恐ろしいやつだったね」

 「ああ。だけど次は倒すぜ。先生、また稽古をつけてくれよ」

 「……」

 

 サージュに乗って町へ戻る途中、リューゼが拳と手のひらをパシンと合わせながらティグレへ声をかけるが、難しい顔をしたまま返事が無かった。


 「先生?」

 「お、おう!? なんだリューゼ!?」


 ナルがもう一度話しかけると慌てて返事をするティグレに、リューゼが溜息を吐きながら言う。


 「聞いてなかったのかよ。あいつら、多分また来るぜ? ティグレ先生なら勝てると思うけど、後から来たやつも嫌な気配がした。せめてタイマンで勝てるくらいにならねえとやべえからな」

 「妙な笑い方をする男だったけど、怖かったわ……私は動けなかったもの……」

 「そうだな……とりあえずその話は後だ、逃がしたのも痛かったがどうやら俺達は完全に負けらしい」

 <ジャックとあれは――>


 眼下にジャックと、捕らえた福音の降臨のメンバーが見えサージュが降下する。ジャックは戻りながらひとりずつ回収していたようで、町まであと一息のところまで来ていた。


 だが――


 「なんだ……こりゃ……!? ジャック大丈夫か!」

 「あ、ああ、リューゼ、か……。俺は大丈夫だ、だけど……」

 「なに、これ」

 「酷いね、これは」

 「デダイト兄ちゃん……」


 リューゼが声をかけると青い顔をしたジャックが振り返り、ナルが口を押えて呻き。アイナはデダイトの後ろに隠れて不安げな声を上げた。

 それも無理はなく、ジャックが引きずって来た福音の降臨のメンバーたちは全員、狂いなく心臓を何かで貫かれ絶命していたからだ。


 「空から急に赤い槍みたいなものが降ってきてな……まずいと思った時には間に合わなかった」

 「赤い……? もしかして、アクゼリュスが血を振りまいたのは――」

 「恐らく、そういうことだろうな。これじゃ尋問もできねえ」

 「でも、あいつらはベリアース王国にいるってラースが言ってましたけど?」

 「場所はそこまで問題じゃねえんだ、デダイト。戦いにおいては向こうの持っている戦力や人数の方が重要だ。俺達は待ち構えるしかできねえからな」


 ティグレはそう言い放ちながら死体の状況を確認した後、サージュの背に死体を乗せて残りは歩いて帰ることになった。


 「すまねえ、俺がガードできれば良かったんだがよ……」

 「仕方ないよジャック君、多分誰にも防げなかった気がするし」

 「デダイトさんの言う通りだぜ。ジャック、お前も久しぶりに稽古するか? またあいつらが来た時、お返ししてやろうぜ」

 「だな。やられっぱなしは性に合わないからな!」

 「ははは、その意気だよ」


 落ち込んでいたジャックにデダイトとリューゼが言葉を投げかけると、ジャックは顔を上げて気合を入れる。そこで低空飛行をしていたサージュが口を開いた。


 <福音の降臨……間違えていたことに気を取られていたが、本来はアイナを狙っていたのだったな>

 「そうね、領主様への脅迫の材料に使うつもりだったみたいよ。ティリアちゃんも無事に助かって良かったわ」

 「無事じゃなかったら俺もベルナに殺されるからな……リューゼを追ってみたらアレだ。必死だったぜ」

 

 ティグレが青い顔をしているとやがて町に到着し、門のところにルシエールやルシエラ、クーデリカ達が出迎えてくれた。


 「あ、帰って来たわ! デダイトくーん!」

 「わ、リューゼ君の鎧にヒビが……!? そ、そんなに強そうに見えなかったけど……」

 「ああ、エレキムってやつは大したことなかったんだが、後から来たやつが妙に強くてな。それよりこっちも終わったみたいだな」

 「うん! わたしがルシエールちゃん達を守ってたら、ゴブリン達が急に消えて、代わりに紙切れが道にいっぱい! びっくりしちゃった!」

 

 ルシエール達がティグレたちを取り囲みながらそんな話をしていると、斧を肩に担いだハウゼンがティグレの下へ歩いてくるのが見えた。


 「そっちも終わったみたいだな」

 「ああ、町の被害は?」

 「怪我人は居るが死者はゼロ……と言いたいが、空から降って来た何かに数人がやられた。リブレ学院長やお前んところの奥さんも途中で戦いに参加してくれたから大丈夫さ。どちらかといえば建物の被害の方が激しい」


 そう言って後ろを見るハウゼン。通りにある家の壁が崩れていたり、道が粉々になっていたりとあちこちが損傷しており、激戦だったことを告げる。そこでデダイトが一歩前へ出て口を開いた。

 

 「ハウゼンさん、犠牲になったのは恐らく福音の降臨のメンバーです。他のメンバーも全員やられました。遺体はサージュが連れているので一応調べてみましょう」

 「そうなのか……? 分かった。遺体から何かわかるかもしれんしな」


 ハウゼンが顎に手を当てて頷くと、デダイトも頷き、今度はティグレへ向きなおる。


 「先生、僕は家に帰って父さんにこのことを伝えます。修繕の手配などは追って通達をするので、皆さんはまず体を休めてください。ルシエラとルシエールちゃん、お金はウチが出すからレストランや料理屋で食事や飲み物を手配してくれないか?」

 「オッケー、任せて! クーデリカとナルちゃんも手伝って!」

 「うん!」

 「わかりました。リューゼ、何がいい?」

 「頼むぜ、でかいステーキが食いてぇ!」

 「それじゃ、みんなまた後で!」


 リューゼがそう言って笑うと同時にデダイトが屋敷へと向かう。

 デダイトが道なりに進んでいくと、あちこちで冒険者や町の人がゴブリンの描かれた紙を拾いゴミとして処理をするのが見え、相当な規模でゴブリンが居たのが目に浮かぶ。


 「ラースはこんなのと戦っているのか……。国に助けを求めないと次はまずいかもしれない――」


 アクゼリュスに実力を目の当たりにしたデダイトは、危機感を覚えていた。

 

 そして、町が普段の様相を取り戻した二日後、町の重要人物が顔を合わせて会議に臨む。

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