第四百七話 行動開始
「今日はそこそこ稼いだから魚にしたけど良かったか?」
食卓に並ぶ焼き魚を前に、リューゼが座りながらそう言うと、父のブラオが新聞を少し下げ、隙間からチラリと目を覗かせて口を開く。
「……海魚か、確かに高価なやつだな。ありがたく頂くとしよう」
「おう! で、どうだ? 刑を終えてもう一年経つけど、親父の仕事は順調か?」
「ふん、ギルドの薬草査定と調合くらいどうとでもなるわ。ギブソンのやつがいちいち鑑定するのが面倒だがな!」
「まあ、事件を起こしたのは親父なんだしそりゃしょうがねえだろ。頑張って汚名返上しねえとな。でも、うまくいってるみたいで良かったぜ」
リューゼがお茶をコップに注ぎながら苦笑していると、キッチンからサラダやスープを持って母親がため息交じりに呟く。
「本当よ。極刑にならなかったのも儲けものだし、たった五年で町に帰って来たのよ? 町の人も変な目で見てこないし、国王様とローエン様のおかげよね。獄中生活で痩せたのも良かったわ」
「ぐぬ……」
新聞をたたみながら苦い顔をするブラオが串に刺さった魚を手に取り口に運ぶ。
刑を終えたブラオは、監視も兼ねてギルドで働いていたりする。スキル【薬草の知識】は冒険者用の薬を作るのに有用で、マリアンヌの薬とは違い安価なのが人気だったりする。
「でも、よくこの町で暮らそうって決めたわよね」
「悪いのは私だったからな。不本意だが、ローエン達に償いをするならこの町でしかできん。お前達も居たからな」
「牢に入って目が覚めたって感じで良かったけどな。……で、ちょっと気を付けて欲しい話なんだけど、親父を唆したレッツェルてやつは福音の降臨とかいう組織のメンバーだったらしい」
「ああ、先日ローエンに聞いたぞ。私が出会ったのはリューゼが産まれた時だったか……? 病院で話しかけられたのが……ん? どうだったか……」
ブラオは首を傾げていつ出会ったかという記憶が曖昧な様子でご飯を口にする。リューゼはそのことが気になったものの、重要なのはこれからだと話をつづけた。
「親父は思い出したら教えてくれ。親父は聞いていたのか、俺は今日ティグレ先生から聞いたんだけど、最近広場とかで活動しているローブの人間、母ちゃんはあいつらに気を付けてくれ」
「え、ブラオを始末しに来たとかじゃないの?」
「いや、流石にそれは無いと思うけど……それだったらなおのこと母ちゃんは気を付けないとダメだろ」
物騒なことをさらっと口にする母親に呆れていると、ブラオがリューゼに返す。
「なに、私はギルドで働いているし、もし何かするつもりでも手は出しにくいだろう。ネリネ、お前はあまり外に出るなよ?」
「あら、心配してくれるのね? 大丈夫よ、しばらく一人で生きてきたんだし」
「……む」
しばらく放置されていたからね、と笑いながらジト目で見るとブラオは目を逸らしてスープを口にする。そこで話を変えようと、咳ばらいをしてリューゼに話しかけた。
「こほん……時にリューゼよ、お前は今楽しいか?」
「なんだ急に? ああ、楽しいぜ! 【魔法剣士】も順調に成長しているし、友達も多いからな。親父には悪いけど、あのまま親父の言うことを聞いて領主にならなくて良かったと思う。人を蔑むと痛いしっぺ返しがあるのがよくわかる」
「……そうか」
ブラオは自嘲気味に笑いながら一言だけ呟くと、お茶を一気に飲み干し、また新聞に目を向ける。すると、母親のネリネがにやにやしながらリューゼの頬をつつきながら言う。
「ご立派になったわねウチの息子は。後は結婚して子供を作るだけ、か。ああー、孫の顔がみたいわあ。ローエン様のとこは三人目を産んで、孫も期待できるしいいわよね」
「ぶふぉ!? ……げほげほ……まだ十六だぜ俺は、ナルと結婚とかそういうのは――」
「あら、別にナルちゃんとは言ってないけどー?」
「くそ……」
リューゼは悪態をつきながら余計なことを言ったと不機嫌を露わにして夕食を平らげた。
母親の言う通り。ブラオが狙われるのでは、ということも頭の片隅にはあったため、少なくとも本人が福音の降臨のことを知っていて、ギルドを盾に行動するつもりなら大丈夫かと胸中で呟いていた。
そして翌日――
「とりあえず今日は非番だし、お前に付き合うぜ」
「悪いなジャック。ナルは家の用事が終わってから合流するから、昼飯は奢るぜ」
「あいよ、ギルド期待の冒険者が友達なのは鼻が高いや」
「茶化すなって。俺ぁまだまだだよ。……さて、と」
広場近くの建物に身を隠すリューゼとジャック。もちろん福音の降臨の動向を確認するためだ。視線の先には白いローブを目深にかぶった人間がほうきで葉っぱを集めるボランティアをしていた。
「あいつらがなあ……商店街にも来るけど、お年寄りの荷物を持ってあげたりしてて悪い感じには見えなかったぜ?」
「まあ、レッツェルみたいに主犯がいて、ってパターンだろうぜ。武器は持ってるか?」
「もちろんだ。サージュのダガーをな」
「オッケー。ウルカに声をかけたかったけど、依頼で別の町に行ってたんだよなあ」
「はは、あいつは別口で期待されているからしゃあねえって。ヨグスも元気かねえ……お、移動するぞ、追うか」
「だな」
学院時代のころを思い出すなと笑みをこぼしながら、二人は福音の降臨を追うのだった。
◆ ◇ ◆
リューゼとジャックが追跡を始めた同時刻、アジトにしている宿で今回の主導者であるエレキムが実行部隊を集めて話をしていた。
「では、領主の娘をさらったらすぐに実行ということですね?」
「ええ。レッツェル達のように時間をかけて、など愚の骨頂。速やかにことを為さねば意味がありません」
「娘の容姿は?」
「これです。私のスキル【絵心】で書いたので分かりやすいでしょう」
そう言って紙を全員に手渡すと、そこにはティリアの顔が色付きで描かれていた。
あの時、ノーラの父親が領主の屋敷へ赴いたとき、マリアンヌに抱き着いていたティリアを勘違いしたままで、いまだにエレキムはティリアを娘だと思っていた。
「この娘をさらいなさい。成功したら花火をあげて合図を。その瞬間、魔物達が押し寄せてくる手はずになっています」
「承知しました。必ずや期待に応えて見せます!」
福音の降臨のメンバーはぞろぞろと宿を後にし、町中へと向かう。チラリとノーラの父親を見て、エレキムは呟く。
「……この男、どうしましょうかね。こいつを連れていたから怪しまれずに済んだ部分はありますが、そろそろ用無し……いや、最後にもうひとつ役目をあたえましょうか」
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