第四百八話 実行
「暇ですねえ」
両親が仕事中、オヴィリヴィオン学院の保健室で過ごすことが多いティリアがひとり呟く。
母のベルナも会議に参加しているため、今はひとり。お昼には早いし、話し相手も、剣や魔法の訓練もできないと呻き、母親譲りのピンクの髪を揺らしながらベッドの上をゴロゴロと転がっている。
「ママもパパもしばらく戻って来ないって言ってたし、アイナちゃんのところへ行こうかなあ。トリム君はギルドに行くって昨日言ってたし。ルシエラお姉ちゃんのお店に行ったら遊んでくれるかな?」
アイナと揃って元Aクラスの子達に可愛がられているアイナとティリアは、町に出ても人に可愛がられることが多い。アイナと二人で出かけてお菓子をもらうこともしばしばあり、町中に対して警戒心は無い。
だが――
「うーん、変な人達が居るって言ってたし、アイナちゃんのところに行こう。ママには手紙を置いておこうっと」
ティリアはお気に入りのカバンから紙と筆記具を取り出し手紙を書く。先生が両親なのでこれくらいは簡単にできる。
「よし、上手く書けました! アイナちゃんのおうちへ行きましょう」
満足気に鼻をならすと保健室から出て行き、足取り軽く門へ向かって歩き出す。見つかると連れ戻されるのは分かっているため、サッと動きながら移動を繰り返す。
門まで来たところで、最近、新たに雇われた門番がおり、ティリアは木の陰に隠れて口をへの字に曲げる。
「ルシエールおねえちゃんやラースおにいちゃんと同じ学年だったっていうベルクライスさんだ。フェイントをかけて一気に抜ければ……<アジリティ>」
ティリアが魔法を使うと、足が鈍く光りすぐに消える。ぴょんぴょんと飛び跳ねた後、適当な木を拾って背後に接近。そして自分とは逆方向に木を投げ――
カラン……
「ん?」
「……今!」
ベルグライスが木の音に反応した瞬間、一気に門を走り抜けていくティリア。ベルナに鍛えられているティリアは自身の才能もあり、魔法を使うのはかなり上手い。今はラースの使うストレングスと同じ補助魔法のアジリティでスピードを上げて駆け抜けたのだ。
「ふう、パパに教えて貰っていたフェイントが役に立ちました。それじゃアイナちゃんの家へ行きましょう!」
まんまと学院から抜け出したティリアは領主の屋敷へと向かう。そのころ、似顔絵を持ち、ローブを抜いだ福音の降臨達が町中を探索していた。
◆ ◇ ◆
「……? なんだ、見たことがない顔だぞ」
「ローブのやつらに何か渡している? あいつも福音か?」
遠目からローブの集団を見張っていたリューゼ達。そのローブの集団に近づき、紙を手渡しているのが見え、ジャックは目を細めて飲み物を口にする。追跡を始めて早三時間経つが、特に動きが無く手持ち無沙汰となっていた。
基本的に福音のメンバーはローブを目深に被っており、顔が分からない。なので、それが仲間だとはすぐに気づけなかった。
「でかいカバンを持っているところを見ると旅行者か? 道を尋ねている……にしては親し気だな」
「離れていくぞ、どうする?」
「二手に分かれるか、あいつらも怪しいし」
リューゼがそう言うと、ジャックが頷き離れようとする。そこで、二人に話しかける人物が現れた。
「ふーん、怪しいわね。さっき別のところで紙をもったやつらがウロウロしていたわ」
「誰かを探しているみたいよね」
「お、ルシエラにルシエールじゃん! 他の所にも居たって?」
装備をつけたルシエラとルシエールがジャックの言葉に頷き、話を続ける。
「うん。何かを探している感じなのに、誰にも尋ねないの。地図かと思ってたけど、あいつらに渡したところを見るとどうも違うみたいね」
「あっちは私達が行くから、リューゼ君達は福音の降臨を見てもらってもいい?」
「うーん、女の子二人は危ない気がするけど……」
ルシエールの誘拐事件を知っているリューゼはふたりが動くのを渋る。ジャックはその様子を見て、少し考えてから提案を口にする。
「リューゼはこのまま福音を追跡してくれ。俺はふたりと行動する。それでいいか?」
「そうだな……頼めるか? 俺はナルが来るからしばらくひとりで構わないしな」
「わかったわ。クーちゃんにも声をかけているから、見かけたらこっちに来るように言っておくね」
「クーデリカか、戦力的には申し分ないな。頼むぜ」
「オッケー! それじゃジャック、今のやつを追うわよ」
「おう!」
三人が離れていくのを見送り、リューゼも福音の降臨を追跡する。
「あいつら……適当にウロウロしているようだけど、人目につかない路地ばかり移動するな? この先にあるのは領主邸か……やっぱりレッツェルの仲間だけあって、ラースの親父さん達を狙ってんのか?」
「お、お待たせ!」
「お、ナルか。用事は終わったか?」
建物の陰に立っていたリューゼにナルが合流し、息を切らせながら申し訳なさそうに言う。かけた眼鏡を直しながらリューゼに頷くとこんなことを言い出した。
「うん。それより、どう? さっきルシエールちゃん達に会ったけど、見たことが無い人達が何かを探しているみたいな感じらしいわね」
「だな。でも、ローブのやつらは確実に領主邸に進んでいる。もしかしたらこのまま踏み込むつもりかもしれねえ。だからいざってときは頼むぞ?」
「ええ。……って、あの子……ティリアちゃんじゃない?」
「え?」
ナルが指した先には鼻歌を歌いながら歩いてくるティリアの姿が見えた。
「アイナちゃんの所へ行くつもりだろうけど、ベルナ先生もティグレ先生も一緒じゃないのか? もしかしてまた抜け出したのか!?」
「あの子ならそうかもね……福音の降臨が近いし、私達が連れて行った方がいいかも」
「はあ……だな。何かあっても――」
と、リューゼが頭をかきながらため息を吐いた瞬間、福音の降臨がティリアを囲む。
「リューゼ!」
「分かってる!」
嫌な予感がして飛び出したふたりが目にしたのは、何かの粉で眠らされぐったりしたティリアが、麻袋に入れられるところだった。
「おい! てめぇらその子をどうする気だ!」
「チッ、見られていたのか……! お前はエレキム様へその子を渡しなさい。ここは我々が……」
リューゼの言葉に耳を貸さず、ローブの一人が麻袋を抱えて走り出す。ほんのり見えた足と腕で、リューゼとナルは補助魔法を使ったのだと判断し舌打ちをする。
「くくく……すぐに見つかるとは都合がいい……屋敷から出たところを捕まえる手はずだったが……さて!」
そう言ったローブの一人が何かを空に放ち、大きな破裂音と共に火花が散る。
「なんだ……? いや、今はいいか……ナル、お前が追え! 俺はこいつらを片付ける!」
「分かったわ!」
「おっと、行かせるわけにはいきませんねえ <ファイアアロー>」
「ナル!」
リューゼは抜いた大剣を振り、背中に迫るファイアアローを打ち消す。舌打ちをするローブたち二人にそのまま斬りかかる。
「正体を見せたな福音の降臨! 抵抗するなら大けがは覚悟しろ、この町は俺達が守る!」
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