第四百五話 あの時のふたり


 ルシエラに引き留められてリューゼとナルは、急ぐ必要も無いかとそれに応じてブライオン商会へと足を向ける。


 「ただいまー」

 「あ、お姉ちゃんお帰り。リューゼ君にナルちゃん! いらっしゃい!」

 「よう、ルシエール」

 「こんにちは!」

 「こっちでお話しましょ、店番代わってくれない?」


 ルシエラの言葉で眼鏡をかけた女性が微笑みながら頷き、ルシエールはカウンターから離れて交代する。四人は休憩室に入り椅子に腰かけると、まずルシエラが口を開いた。


 「ふう、やぁっと座れたわ。あんたたち、ギルドの帰りなんでしょ?」

 「そうだな。そうそう、ギルドでティグレ先生に会ったぞ」

 「そうなの? 珍しいね」


 ルシエールが紅茶をいれながらルシエールが首を傾げてリューゼに尋ねると、ちょうどいいとばかりに二人へ先ほどの話をする。


 「最近、ローブを着た怪しいやつらがウロウロしているのは知っているか? あいつら、どうやら俺の親父を唆した医者の仲間らしい。何を企んでいるかわからねえが、またロクでもないことになりそうだってことで警戒をしてくれと頼まれたんだ」

 「私はその時のことを知らないけど……って、どうしたのふたりとも」


 リューゼの真面目な話の後、ナルが続けようとするが押し黙ったふたりの様子がおかしいことに気づき、訝しむとルシエールがお茶を置きながら困った顔で返す。


 「……あの、時のレッツェルって人の仲間? ナルちゃんは知らないと思うけど領主様のお屋敷でお姉ちゃんと私は捕まって殺されそうになったことがあるの。もう六年も前だけど、あれは怖かったなあ」

 「そんなことが……?」

 「Aクラスのみんなと先生は知ってるけどな。すまねえ、嫌なことを思い出させたな」

 「ううん、それで――」

 「く、くくく……」


 と、ルシエールが微笑みながら話そうとしたところで、俯いていたルシエラが肩を震わせる。


 「お姉ちゃん……? あの時のことを?」

 「まあ、無理もないぜ。胴体と首がお別れする羽目になってたかもしれないんだしな」

 「リューゼ!」

 「いてっ!?」


 怖がっているのになんてことを言うのとナルに叩かれ呻くリューゼ。しかし、その直後ルシエラは椅子を蹴って立ち上がり声を上げた。


 「あははは! そう、あのクソ医者の仲間があいつらなのね! なるほど、どうしてやろうかしら……父さんとローエンさん、それとデダイト君に報告して一斉に囲んで捕まえたらいいじゃない! 私をあんな目に合わせてくれたやつの仲間なら容赦することはないわ!」

 「お、おお……」


 ルシエラの震えは武者震いだったようで、握りこぶしを作りながら立ち上がると、鼻息を荒くし不敵に笑う。ルシエールはルシエラを見上げながらやはり困った顔で話し出す。


 「あ、あはは……怖がっていたんじゃなかったんだね、お姉ちゃん。でも、あの人達悪いことはしてないから捕まえられないんじゃないかしら?」

 「そりゃあんた、無ければ作ればいいのよ! なんだっけ、ハニートーストだっけ? ゴー、ルシエール!」

 「自分でやってよ!? それと多分ハニートラップだと思うけど!?」


 恐ろしいことを言うルシエラに、驚愕しながら窘めるルシエール。ふたりが騒ぎ出したので、リューゼは頭を掻きながらため息を吐いて二人を宥める。


 「ま、まあ、落ち着けよお前等。あいつらの仲間なのは間違いないんだけど、ルシエールの言う通り悪さをしている雰囲気が無い。だから警戒をしてくれって話だ」

 「そういうこと? でも、追い出すわよね、危ないし」

 「あ、どうしてもぎゃふんと言わせたいんですね。ええ、ローエン様からの依頼だそうですし、こちらからも何か行動は起こすと思います」

 「分かったわ。でも、怖いわね……ラース君も居ないし、あのレッツェルって人はかなり強かったから他の仲間も強いかも?」

 「そこはティグレ先生達や俺達もいるし、安心してくれ。だけど、気を付けてくれよ?」

 「返り討ちよ」

 「どこからその自信が出てくるんだよ……って、そういやクーデリカと魔物退治してるんだっけ」


 リューゼは呆れた口調でお茶を飲むと、ルシエラが腕を組んで得意げに頷く。


 「まあね。誘拐事件の時にもっと強くならないといけないと思って鍛えているのよ。学院じゃそれなりに剣はいけたけど実戦は違うわ」

 「そう言えば対抗戦で大活躍してましたよね」

 「ありがとうナルちゃん~」

 「うわ!?」

 「お姉ちゃん、困ってるから」


 ルシエールが慌ててナルに抱き着いたルシエラを引きはがして続ける。


 「お父さんにも伝えておくね。でもよく分かったね?」

 「ラースのやつが戻って来てそう言っていたらしいぜ。あいつ、あちこちでローブたち、福音の降臨を捕まえているらしい。オリオラ領とグラスコ領も危なかったんだってよ」

 「凄いね、やっぱりラース君だあ」

 「……だな。マキナもラースについて大変そうだけど、頑張っているみてえだし、負けてられないよな。ま、そういう訳だから気を付けてくれよ? ルシエラはともかく、ルシエールは戦いに向いてないんだからな」

 「ありがとう!」


 ルシエールが笑顔で頷き、リューゼ達はブライオン商会を後にする。商店街へ向かう途中、ナルがリューゼへ尋ねる。


 「さっきラース君の名前が出た時、言葉が詰まったのはなんでよ?」

 「気づいたのか? やるなお前。まあ、あれだ、ルシエールはむかーしちょっと好きだったから、わかるんだけどルシエールはラースがまだ好きなんだなって思ってな」

 「え?」


 意外な言葉を聞いてナルが立ち止まって呟くと、リューゼは振り返ってから口を開く。


 「どうした?」

 「い、いや、あんたルシエールちゃんを好きだったの?」

 「まあ十歳の時だけどな、あの事件からラースが好きなのは分かっていたからルシエールには何も言ってないし。なんだ、焦ってんのかあ?」

 「そんなわけないじゃない!」

 「ははは、冗談だって。俺にゃ、もうパートナーが居るからな」

 「そ、それって……!?」


 ナルが驚いて駆け出したところで、リューゼはやばいといった顔でダッシュする。


 「さーて、ジャックに話をして魚をまけてもらうかな!」

 「こら! 待ちなさい! 今のどういう意味よ!」


 夕暮れの商店街に二人の声が響く。そこで、ふたりはローブの人を目にする――


 「ああ、今日もすまないねえ」

 「いえいえ、皆さんを『救う』ことが福音の降臨の使命ですので……」

 

 「……」

 「リューゼ」

 「分かってる。とりあえず今日は帰ろうぜ」


 大して気にしていなかったが、話を聞いた後だと不気味なものに感じ、ふたりは不安を感じるのだった。

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