前哨戦
第四百四話 ガストの町
「……ノルト、ノルトを家に連れて帰る……帰るんだ……そしたらあいつも……」
「ふむ、少し自我が強いようですがこんなものでしょうか。しかしこの男の娘が領主の息子に嫁いでいるというのは僥倖ですね」
「エレキム様、これからどうしますか? そろそろ計画を実行するべきかと」
「ふむ……そうですね、領主の娘を誘拐して町を掌握しますか、レッツェルとは違うことを教主様に見せてあげましょう」
「では魔物を?」
「集めてください、ゴブリンやスライムあたりを町に放てば混乱を招くことができるでしょう。顔が割れていない信者を町によこして様子見をするのも忘れないように」
「ハッ」
「さて……幹部になる道が見えてきましたね、くっく、レッツェルの悔しがる顔が目に浮かびますよ。では、我々は町から撤収しましょうか」
◆ ◇ ◆
<ガストの町>
「お、依頼が終わったのかリューゼ?」
「あれ、ティグレ先生がギルドに居るなんて珍しいな」
「こんにちは、ティグレ先生」
リューゼがギルドの扉をナルとくぐると、カウンターに居たティグレが手を上げて迎え、後ろに控えていたナルがぺこりとお辞儀をする。二人が近づくと、カウンターの向こうに居たギルドマスターのハウゼンが口を開く。
「おかえり二人とも。その様子だと依頼は終わったようだな」
「もちろんだぜ! 表にマッドスネークとジャイアントビーを二匹ずつ荷台に乗せているから確認を頼む」
「分かりました。もうすっかり、ギルドのエースですね」
そう言って表へ行くサブマスターのギブソン。リューゼは照れながら頬をかいていると、ハウゼンが話を続ける。
「お前達、最近‟福音の降臨”と名乗る人間が町でボランティア活動をしているのを知っているか?」
「ええっと、広場のお掃除とかをしている人達ですね?」
「家に帰る途中で見る、ローブの連中だろ。知ってるぜ」
ナルとリューゼが答えると、ハウゼンとティグレが頷き、ティグレが話を続ける。
「それで間違いねえ。で、ローエンさんからの情報提供であいつらはベリアース王国を根城にしている連中らしい。で、リューゼ、お前にも関係がある」
「はあ? 俺はあんな奴ら知らねえけど……」
リューゼは困惑顔で眉を顰める。しかし、次にティグレが放った言葉で顔色が変わる。
「お前の親父さんと共謀してラース達を苦しめた医者のレッツェル、あいつも福音の降臨だったらしい」
「な、何だって!?」
「そして、オリオラ領、グラスコ領にも紛れ込んでいたらしい」
「え!? そ、それじゃここみたいに領主様が……?」
ナルが驚愕の声を上げると、ハウゼンが笑いながらナルへ言う。
「はっはっは、それが聞いて驚け。どちらの領もラースが居合わせていて事件を解決したそうだ。首謀者はレフレクシオンに送られている」
「マジか……あいつ相変わらずすげえな……でも、ローエンのおじさんはどこでその話を?」
「ああ、ラースからだよ。この前、ウルカに依頼協力をするため帰って来ていてね。その時に聞いたんだ」
「帰って来たなら声をかけてくれりゃいいのによー」
リューゼが悪態をつくと、ギブソンが苦笑しながら口を開く。
「ローエンさん曰く、『時間があまりなかった』らしい。だからウルカ以外と会わずにまた旅立ったんだって」
「俺はティリアが遊びに行った時、ラースが王都へアイナを連れて行ったって聞いたから知ってたけどな。あの時のティリアを宥めるのは大変だった……」
二人が肩を竦めながら苦笑するが、すぐにティグレが真顔になって話を戻す。
「ま、そういうことで福音の降臨は恐らくまた領を狙ってここに来たに違いないと思っている。これはローエンさんからの依頼なんだが、あいつらの動向確認。それとローエンさんが退去を伝えるつもりらしいんだが、その時の護衛を任された」
「まあ、あのクソ医者の仲間なら放置はできねえよな。俺達は何をすればいい?」
リューゼが椅子の背に背中を預けながら、頭の後ろで手を組んでハウゼンへ問う。
「とりあえず、ギルド内の人間は全員、福音の連中をそれとなく監視。おふれを出すわけにはいかんから、知り合いや友達にそれとなく伝えておいてくれ。あまり広めすぎると向こうが警戒する」
「分かりました。事情を知ってそうなウルカ君とかルシエールちゃんには言っておいたほうがいいかもね」
「だな。それじゃ帰りに寄ってくか! ウルカにラースの話も聞きてえし」
リューゼが笑いながらナルに返すと、ちょうどギブソンが戻って来た。ギブソンは受付へ行くと、お金を用意してからリューゼ達を呼ぶ。
「お待たせ、査定が終わったよ。ひとり三千二百ベリルだ」
「お、サンキュー! 今日は魚でも買って帰るか。親父に食わせてやりてえし」
「じゃあ、ジャック君のところね。それじゃ、先生にマスター、さっきの件は了解したってことで」
「よろしく頼むよ。報酬はローエンさんから支払われることになっているから、まとめてになると思う。とはいっても普通に生活してもらって構わないからな!」
ハウゼンの言葉にリューゼは振り返らず手を上げ、ナルはリューゼの尻を叩きながらお辞儀をしてギルドを後にする。
しばらく歩いたところで、リューゼがポツリと誰にともなく呟く。
「福音の降臨、ねえ……」
「リューゼ、あんまり気にしないでね? お父さんのことは分かるけど……」
「……まあ、無茶はしねえよ。ただ、あの時はラースに任せっきりだったから、もし俺の前に悪意を持って現れるようなら、容赦しねえ。っていう覚悟はあるな」
「それならいいけど、なんかあったら相談してよ? 私はそ、そのパートナーなんだから」
「おう、もちろんだ! 仲間だからな」
「仲間……」
ナルはリューゼにジト目を向けながら不満気に口を尖らせる。こいつは自分のことをどう思っているのか? と。アプローチはしているつもりだが鈍感なのか知っていてからかっているのか分からず、ナルは頬を膨らませて隣を歩く。
そろそろ商店街との分岐路に差し掛かったころ、ふたりに声をかける人影があった。
「あ、リューゼにナルちゃんじゃない! 今帰り?」
「え? ああ、こんにちはルシエラさん」
挨拶をされたルシエラはにっこりと微笑み、二人に近づいて話し出す。
「同じ町にいるけど、意外と会わないわよね。どう、時間があるならちょっと寄って行かない? お茶位なら出すわよ」
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