第四百三話 一先ずの閉幕


 「アレの相手は戦鬼に任せるのがいいでしょうね。ラース君や雷撃のファスでも勝てるとは思いますが、容赦なく殺すという行為ができる彼が適任。ラース君は攻めてくる兵士を広範囲で倒す方がいいかと」

 「ティグレ先生を殺人鬼みたいに言うな。めちゃくちゃいい人なんだぞ」

 「そうよ、死なないならあなたが戦えばいいじゃない」

 「僕は万が一を考えて表舞台に出ないことにしていますからね。それとファスさんを若返らせたのにも意味があります。現役時代の力で鍛えて貰えればあなたの力もきっと伸びるでしょう。……あれは強いですよ」


 なんと、いたずらでファスさんを若返らせた訳では無かったと告白するレッツェル。マキナのためとは思わなかったと訝しんでいると、マキナが首を傾げる。


 「どうして私なんですか? ……ラースに殺してもらいたいならラースを鍛えると思ったんだけど……」

 「それは追々。それともし、あなたが死んでラース君がプルトと同じようなことがあれば、僕の計画が狂いますからね」

 「そ、そうか……」


 マキナが困惑しながら納得すると、今度はセフィロに向けて話し出す。


 「君は十神者と戦う時の切り札になり得ます。出来るだけ陽が出ている時に戦った方がいいでしょうね。ラース君の妹でしたか、彼女を守るといいでしょう。ドラゴンが全力で戦えるように」

 「そこまで知っているのか……」

 「ボク、アイナちゃん大好きだから守るよ! そしたらお兄ちゃん褒めてね!」

 「もちろんだセフィロ」

 「わーい!」


 俺がセフィロの頭を撫でると、ポンと頭に花が咲き、やっぱりセフィロなんだなと苦笑する。


 「リースの保護者は僕ですからね。転移魔法で移動できますしリースから情報は貰っていましたので」

 「そうか、それで俺のドラゴニックブレイズを受けた後に消えることができたのか」


 終わったことだがそういうことかと俺が当時のことを口にすると、肯定するように頷いた。


 「さて、交渉は成立したのでそろそろ目覚めましょうか。僕はイルミとリースに話すので、大臣やファスさんにお話をお願いしますよ」

 「……分かった」

 「とんでもないことになったわね……」

 「でも、ボク達なら大丈夫だよ!」


 マキナとセフィロがそう言った瞬間、視界が歪み眠気が訪れる。レッツェルが笑みを浮かべているのを見ながらそのまま意識を手放した――


 ◆ ◇ ◆

 

――そして翌朝、俺はバスレー先生とファスさんに夢のことを話す。マキナも覚えていたので伝えるのは早く、一番難しい顔をしたのは……バスレー先生だった。


 「なるほど、福音の降臨を裏切る、と。そしてアクゼリュス……あ、いえ、オッケーです、陛下にはわたしから話をしましょう。ガストの町は先生として働いていましたし、愛着もありますから」

 「そうじゃな。もちろんワシも手伝うぞ」

 「ありがとうバスレー先生、ファスさん。それで申し訳ないんだけど、すぐにレフレクシオンに戻ろうと思う。アイナ達だけじゃなく、街の人全員をレフレクシオンに連れてくるとなるとかなり時間を要するから」

 「それは当然ですね。ディビットさんにも協力を仰いで、大規模な転移魔法陣も必要かもしれませんね。魔物の園なら広いですし、借りるかも」

 

 バスレー先生はいつもの軽い調子が息をひそめ、てきぱきと内容を詰めていく。どちらにせよここで決めるには尚早なので、俺は口を挟む。


 「どちらにせよすぐに出発しよう。ヘレナ達はどうする?」

 「アタシ達も戻るわよ! お父さんも見つかったし、お仕事もあるし……何より、ガストの町がピンチなら猶更よお」

 「私はオルノブと渓谷にある村までダーシャちゃんを送ってから戻るわね。ひとりでも平気?」

 「うん、久しぶりにお父さんと過ごしてねえ。お父さん、お母さんをもう離しちゃだめだからね!」


 ヘレナが腰に手を当ててオルノブさんに言うと、少し疲れた顔をしたオルノブさんが笑いながら答えた。


 「はは、こんな記憶を失くすような情けない僕をお父さんと言ってくれて嬉しいよ。大丈夫、僕が必ず守るよ」

 「パパー!」

 「ダーシャちゃんのお母さんもレフレクシオンに連れて来てもいいわよ? 面倒見れるくらいは稼いでいるしねえ」

 「うーん、考えておくわね」


 そう言ったヘレナのお母さんの顔はもう決まっていると言っているかのようだった。

 

 「そうと決まれば、早速出発……って、よく考えたら馬車が壊れたのよ!?」

 「え!?」


 俺は見ていないけど、どうもゲイリーの一撃で破壊されたらしい。折角ガストの町のみんなにもらったものなのにと思いながら、俺達はアフマンド王のところへ向かう。アイーアツブスは再びセフィロに枝まみれにされ、俺が担いで持っている。


 「おや、今から君たちも?」

 「ああ、一緒に行くか?」

 「そうしましょう、声はかけておいたので謁見の間にアフマンド王がいるはずです」


 レッツェルが協力するなら一緒に居た方が話は早い。アイーアツブスのこともあるし、少しでも人数は多い方が良いしね。するとリースが手を上げて口を開く。


 「ボクはそうしたいね。折角の再会だ、ゆっくりイチャイチャしたい」

 「あんたは歩きなさいよ」

 「冷たいね、正妻はマキナでいいよ?」

 「そういう問題じゃない……!」

 「まあまあ」

 「リースは恋人じゃないからな?」

 「うぐ……!? 冷たい……でもそこがいい……」


 ヘレナのお母さんに諫められ、ふたりは口を尖らせながらそっぽを向く。それとリースがどうして俺をそんなに好きなのかが分からない。

 そんなやりとりをしながら、大勢で謁見の間に到着する。


 「ラース=アーヴィングです」

 「うむ、入ってくれ」


 中からアフマンド王が話してくれ、俺達はぞろぞろと入っていくと、アフマンド王は目を大きく開けて驚いていた。


 「随分いっぱいいるなあ……こほん、レッツェルから聞いていたけど、話とはなんだ?」

 「えっと、ちょっと緊急で戻らないといけなくなったのでご挨拶をと思いまして」

 「なに? も、もう行くのか? 褒章や晩餐をする予定だったのだが……あ、それと『賢者の魂』で奴隷の解放もしなければ」

 「残念ですが『賢者の魂』で奴隷解放はできませんよ」


 レッツェルが冷静に言うと、アフマンド王が狼狽えながら口を開く。


 「それはどういうことだ? 私に嘘をついているのではあるまいな?」

 「そんな恐れ多いことはしませんよ。願いを叶えるという点では合っているのですが、奴隷解放は国の政治でできた制度なので無くすのは国王様次第ということです。ゲイリーが言っていたのは『賢者の魂』で奴隷の命を吸い、全員殺すことで奴隷を物理的に消す、という方法ですね」

 「それは……」

 「本当なのですか……?」

 「レッツェルが言っていることは嘘じゃないです。個人の欲望を満たすことができるという感じで、そのために必要な命は等価じゃないのが、ここにいるファスさんで分かりました」


 俺がファスさんを指すと、アフマンド王とアボルさんが首を傾げる。


 「はて、昨日は居なかったような……」

 「ワシはおったぞ。ただ、老婆じゃったがな。そこにいる眼鏡と『賢者の魂』でこんなになってしまったが」

 「「はあ!?」」


 驚くふたりにため息をはくファスさん。半分当たりで半分ハズレな俺の説明を信じさせるには丁度いいだろう。俺としては持っていても仕方ないと思うんだけど、レッツェルが『賢者の魂』は俺が持っていてくれと頼んでくるので仕方なく説得することに。


 「むう……美人だ……そうか老婆が若返るのか……力は欲しいが……」

 「しかし、持っていても不死になるか若返るか、といったことくらいにしか使えません。これを生成したのも外法ですし、王族が持つものではないかと思います」

 「そこまで言うなら……お前達に預けよう。そうだな、奴隷は何とかしてみせるさ、脅威はもう去ったしな」

 「頑張ってねえ、王様♪ レフレクシオンで応援しているわ」

 「え? ヘ、ヘレナも行くのか? オルノブを見つけたし、もうちょっとゆっくりしていっても……」

 「お友達がピンチだから帰るわあ。お父さんとお母さんはまだ残るから、変な事したら……ラースを連れて来るわよ?」

 「何で俺……」

 「ラースなら大暴れしてくれそうだしい?」


 ヘレナがウインクしながらそんなことを言い、俺は嘆息する。すると、アボルさんの横に居たディビットさんが笑いながら言う。


 「はっはっは、お前の負けだな! 確かにラースならゲイリーなんぞより強い。俺の魔法も教えてあるから、厄介なことこの上ないだろうな。……それにオルノブを解放すれば、奴隷解放の第一歩になるぞ、仕事なんかはこれから考えて行けばいいだろ? レフレクシオンにパイプはあるんだしな」

 「そうですね。戻ったら陛下に進言して、行政に強い人間を派遣していいか聞いておきましょう!」

 「ふん、ディビットよ、今からお主にも協力してもらうぞ」

 「おお! もちろんだぜファス!」


 そう言ってショート転移し、ファスさんの肩に腕を回しウインクをするディビットさん。


 「お前の言うことならなんでも聞いてやるぜ? いやあ、本当に美人だなお前は」

 「なんでも、か。なら……」

 「なら?」

 「その胸に伸ばそうとした手を離さんかー!!」

 「ぐああああ!?」


 ファスさんに投げ飛ばされ、床を転がり体をぴくぴくとさせるディビットさん。それを見てアフマンド王が頬を引きつらせながら呟く。


 「はは……確かに敵に回したくはないな……ディビットさんがああも簡単に……こほん! では、名残惜しいが旅立つということだな。馬車は壊れているからウチから出そう」

 「あ、それなんですけど壊れた馬車はまた取りに来るので置いといてもらってもいいですか? 友達からもらったものなので捨てたくないんです」

 「ふむ、それは構わないが……」

 

 するとそこでレッツェルが俺に言う。


 「でしたら直してから戻ったらどうですか? まだアレが起こるのは先です。二、三日くらいなら大丈夫ですよ」

 「そうなのか? でも急ぎたいし……よし、すぐに修理しよう。アフマンド王、申し訳ありませんが資材を売っていただけると――」


 ――こうしてサンディオラの事件は幕を閉じた。


 しかし、後味はあまり良くなく、むしろこれが始まりとなる。

 そしてすでに、ベリアース王国……いや、福音の降臨との前哨戦は、ガストの町で始まっていたことを、この時の俺はまだ知らなかった――

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