第四百二話 不死の存在


 「【超越者】……それはどういうものなんだ? 賢者の魂で不死って訳じゃないのか?」

 「そうですね、僕のスキルは概ね人間が欲するものだと思います。不老不死はそのひとつです。先ほど見せたモノは予知の一つですが、必ずそうなるわけではありません」

 「他には……?」

 「イルミたちと行動することになってからは使っていませんが――」


 レッツェルが言うには医者の知識や、鍛造、鋳造、剣術に古代魔法くらいは楽に使えるのだとか。知識や技術を蓄積することができ『忘れることができない』ため、ほぼ十全にやろうと思えばできる。

 

 「それじゃまるで【器用貧乏】みたいじゃない……」

 「いい指摘ですよ。僕の下位互換スキルがそれにあたると考えます。ただ努力はそれほど必要ないし、お嬢さんの【カイザーナックル】など、この世界にいる全ての人間のスキルが、恐らく使えるでしょう」

 「なら俺と戦った時、それを何故使わなかったんだ? 挑発することばかりやっていたな」


 俺がそう言うと、レッツェルは目を細めてディビットさんのようにどこからかタバコを取り出し火をつけた。


 「……あれは僕が福音の降臨に頼まれてやったことでしてね。計画は簡単だったんですが、ブラオがあまり役に立たないのでどうしようかと思っていたところでした。なので、ラース君にことが発覚した時点でブラオを追い落とし、あわよくばレフレクシオンの国王を殺害しまた彷徨うつもりでした」

 「この人怖いこと言ってるよお兄ちゃん!?」

 「こういうやつなんだ、まだ二歳だった俺の兄さんを平気で殺そうとしたんだからな。でも、それは俺が阻止した」


 セフィロが怖がって俺の後ろに隠れる。


 「ええ、あれは驚きました。‟戦鬼”が居ることもですが、それすらも凌駕する可能性がある君を見て感動すら覚えましたね! 君なら僕を殺せる、その可能性があると!」

 「ど、どうしてそこまでして……死にたいの? 普通は死にたくないと思うのに……」


 マキナも俺に身を寄せ、その狂気じみた言葉を聞いて質問を投げた。そこは俺も気になっているところなのでどう返してくるか様子を見る。するとタバコの煙を吐くと、寂し気な顔で俺とマキナの顔を見た後口を開いた。


 「死ねない、ということは思った以上に苦痛だということですよ。考えてみてください、例えばあなた達二人のどちらかが死なないとして、残された方はどう思いますか? 死ななくてラッキーだと思えますかね」

 「……」

 「それは……」

 「いえ、意地悪でしたか。君たちがラッキーなどと思うことはあり得ませんね。しかし、そういうことなんですよ。僕は生まれて五歳でこのスキルを授かった。最初は本当に何でもでき、人を救い、死なないのを利用して魔物を倒すための盾になり、町や国を豊かにしたり守ったりし、得意になっていました。しかし、時が経つにつれ、両親が亡くなり、友人が年老いていき、僕は焦り始めました。一体、どこまで生き続けるのだろう、と。そしてみんなに置いていかれたと感じるようになりました」

 「ボク達でもそんなことはないのに……」


 トレントのセフィロにも寿命はある。

 人が子を残すのは自分の生きた証と血を絶やさないためで、死にそうになった時に性的興奮を覚えるのは子孫を残すためだとも言われている。

 だけど自身が死ななければその必要も無いし同級生がどんどん老いていくのは必然だ。俺が同じ立場だったらと思うとゾッとする。マキナが年老いて死ぬのに、俺は生き続けるのだと思うと……


 「僕はみんなの死を受け入れ、生きました。最初の50年ほどはまだ知っている人が居たので気はまぎれましたが、子が親になり、親が孫を持つ……そんな当たり前で幸せなことを見ていた僕は頭がおかしくなるのを感じ、段々、僕を気味悪がる人も出てきたので放浪の旅に出ました。だけど――」


 ――だけど、

 どこへ行っても、知り合いや友人を作っても、自分を置いて死んでしまう。いよいよ心が壊れたレッツェルは自殺を試みたらしい。

 

 「しかし死ねなかった……! わざと野盗の群れに身を躍らせて残酷な死に方をしても、飛び降りても、薬を飲んでも! ……自殺では死ねないと悟ったのは百年を超えたあたりでしたかね……それからは人を助けられる職業として医者を選び、薬や魔法で生計を立てていました。まあ、食べなくても死なない僕にはお金は意味がありませんが」


 そう言って自嘲気味に笑う。

 だけど、人の為に生きていたらしいレッツェルはなぜこんなおかしなやつになってしまったのか……? 


 「何度も、幾度も人を助けました。しかし老衰だけはどうにもなりません。ですが、ゆっくり、静かに死ぬ人を見るたびに僕は羨ましいと感じるようになりました」

 

 俺達はもう何も言わず、レッツェルも誰に言うでもなく言葉を続ける。


 「いつしか僕は人の死を喜ぶようになった。死んでしまう本人に対して。そして、僕がその家族や恋人のやるせない顔が好きなのは……それが愛情の証だからです。僕には誰も向けてくれないその表情、僕はそれを見たくて仕方がない」

 「だから殺すのか」

 「ええ。わざわざ自分から殺すという手段は取っていませんでしたが」


 信じられるかと胸中で毒づきながら、プルトについて聞いてみる。


 「じゃあ放浪中にこの国に来てプルトと知り合ったのか?」

 「そうですね。流れ着いた時、【器用貧乏】というレアスキルを持っている人物が居る、という噂を町で聞き、興味を持った僕は接触を図り、語り合いましたね。惜しむらくは彼は不死ではなかったことでしょう」

 「だけど、ゲイリーはプルトさんは死ななかったって言ってなかった? 【器用貧乏】に操られているとも言ってたわ。だからレッツェルさんに近かったんじゃ?」

 「そこは僕も先ほど聞いたことなので正直、驚きました。あの時、城で何が起こったかは知りませんでした。転移でもすれば良かったのでしょうが、恋人を殺された後のプルトとは会ったのは僕の前に現れたのが最後。しかし、ゲイリーが言うにはすぐに埋葬したと言っていたのが不可解ですね」

 「も、もしかして幽霊とか……? ボク、マキナおねえちゃんと一緒でそういうの嫌い……」

 「わ、私は大丈夫になってきたもん!」

 

 セフィロと抱き合いながら体を震わせるマキナの肩に手を置き安心させる。


 「そういえばラース君は頭で他の誰かが語り掛けてくることは無いのですか?」

 「それは無いな。【超器用貧乏】とはやっぱり違うってことかもしれない」


 「ふむ、それも興味深いところ……『賢者の魂』についても……いや、これは後でいいでしょう。さて、話は逸れましたが、僕は死ねない体なんですよ『賢者の魂』を使ってみても、ブラオの毒薬でもそれは不可能。しかし、十歳で古代魔法すら習得したラース君の【超器用貧乏】ならプルトの【器用貧乏】すらも凌駕している。きっと君なら僕を殺せるに違いないとね。代わりに僕はベリアース王国、福音の降臨から家族や仲間を守れるよう尽力する。どうですかね」

 

 そう言ってタバコを捨て、俺を笑似ながら見るレッツェル。死ねない、ということがここまで人を狂わせるのかとゾッとなる。

 人の為、というのを言い聞かせるため医者の肩書を守っているのかと思うと少し不憫な気がする。


 「……最後にひとつ聞きたい。どうして兄さんを、いや他の人を殺してまで快楽を得ようと思った? それと福音の降臨に協力した理由はなんだ?」

 「……」


 レッツェルは眉と口を上げて無言で俺の目を見る。そして眼鏡を取り出し、口を開く。

 

 「順番としては福音の降臨に協力以後、そうなったと言うべきでしょうか。そうであれば僕を恨んで殺しにくる人間が出てくるかも、そして本当に死ねるかもしれない期待で行いました。僕も医者の端くれ、先ほども言いましたがわざわざ自ら手をかけずとも、共犯という理由でも狙われますしね。あの時のラース君のようにね」


 続けて、もうちょっとで死ねそうだったんですがと茶化しながら肩を竦める。確かにあの時は実行犯はブラオで、レッツェルは見捨てただけではある。信用は薄いが、筋は通る……そしてあの凄惨な光景が本当に起こるなら――


 「……いいだろう、だけど俺達を騙していると気づいたときは覚悟するんだな」

 「はは! それで君を本気にさせるのも……いえ、冗談ですよ。では、交渉成立ということで、よろしくお願いしますよ」


 手を差し出してきたレッツェルを睨みながら俺はその手を握り返し、協力を得ることになった。そこでレッツェルは真面目な顔になり俺に言う。

 

 「では急ぎましょうか。レフレクシオンの騎士達にも助力を得る必要があります」

 「俺達だけで何とかならないのか?」

 「先ほど戦鬼の妻を連れて行った男が来るのであれば、手に余るでしょうね。正直、街から全員人を逃がすくらいはしないと犠牲なしは無理です」

 「はっきり言うな……あの男は何者なんだ?」

 「あれは十神者のひとり、【残酷】のアクゼリュス。情や罪悪など無く、人は死ねば肉塊と考えておいて、老若男女問わず殺せる男です。人質を取ることも厭わないため、人が多ければ多いほどこちらが不利になる恐ろしいやつです」

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