第四百一話 起こり得る未来のために
眼鏡をポケットに入れたレッツエルがパチン、と指を鳴らすと今まで見えていた光景がまるで一時停止のように音と動きが止まる。
「うおおおおお!」
「ラース!?」
やはりこいつの仕業かと俺はレビテーションと足腰のばねを使って一足飛びにレッツェルの下へいき、頬を殴りつける。
「これはお前が見せている夢だな! どういうつもりだ! 俺にやられた復讐か? 答えろ……!」
「……」
それでも無言なレッツェルに苛立ち、俺が再度殴ろうとしたところでマキナとセフィロが俺の腕を掴んで止めた。
「ダメよラース、話を聞いてみないと! セフィロと関連がない夢ならここから出られないかもしれないじゃない」
「おねえちゃんの言う通りだよ! でも、もしこの人が悪いことをするならボクも戦うよ!」
「マキナ、セフィロ……分かったよ」
俺が拳を下げると、レッツェルは口の端に出た血を拭い、俺達に向きなおる。いつもの笑みを浮かべながらゆっくりと口を開いた。
「くっく……君たちの思う通り、ここに招いたのは僕で間違いありませんよ。まあ、お嬢さんとトレントは少々予想外でしたが、お嬢さんはラース君の妻になる者と考えれば知っておいた方がいいでしょう。トレント君は今後の戦いにおいて重要な存在になるだろうしね」
「つ、妻!?」
「ボクが重要?」
ふたりがそれぞれ反応を見せるがレッツェルはそれには返さず話を続ける。
「それについては後ほど……さて、今体験した出来事はどうでしたか?」
「どうもこうも……こっちに来る途中、ルシエールとルシエラさんが連れていかれるのが見えたわ……クーも冒険者に混じって戦っていたけど……」
「こっちは父さんと母さん、それにサージュや兄さん、ノーラが殺されていた……」
「サージュ君が!? あんなに強いのに……」
セフィロが悲し気に顔を伏せると、レッツェルはその顔をみて嬉しそうに言う。死ぬ人間の家族が見せる顔に興奮を覚えるようなやつだったなと思いながら俺は尋ねる。
「でも、これがどうしたというんだ? 正直、ティグレ先生やベルナ先生にサージュがいるガストの町がこれほど蹂躙されるとは思わない」
「いい質問です。ラース君の言うことも分かりますよ、あの戦鬼がいる町ですからね。しかしこの光景は、近い未来のガストの町を現しています。このまま時が進めば、遠からずこの夢と同じ未来を辿ります」
「なんだって……?」
俺は訝し気な目を向けながら呟く。マキナも信じられないといった感じでレッツェルへ詰め寄った。
「でも、ここまで一方的にやられるなんて……それに、どこの誰がこんなことをするの? ベルナ先生が殺されたらルツィアールが黙ってないでしょうし、レフレクシオンの領だから、国が動いたらすぐに反撃されると思うんだけど」
「ごもっとも。しかし、これが国が起こしたものだったらどうでしょう? 僕が所属していた福音の降臨は知っての通りベリアース王国が拠点なのですが、教主アポスが掌握しているような状況です。それが攻めてきたという訳ですね」
さらりととんでもないことを言う。俺は肩を竦め、鼻息を漏らしながらレッツェルへ指を突き付けた。
「じゃあ聞くがお前は何故それが分かる? これは未来の話だろ、予知をしたとでもいうのか?」
「そんなものだと思っていただいて結構ですよ」
「……!?」
「全然ひるまないね、この人……」
セフィロの言う通り、悪びれた様子はなくいたずらという感じもしない。ニヤついてはいるが、大真面目に語っているらしい。
「予知……そういうスキルだったり……?」
「くく、気になりますか? ではラース君に尋ねます。この光景と僕の話、信じますかね? 信じないと言うのであればすぐにここから返しましょう。だが、もし信じると言うのであれば、続きと僕の目的を話しましょう」
「お前は一体……」
レッツェルは俺の呟きには返さず、回答を黙って待つ。
こいつは福音の降臨のメンバー、俺を騙している可能性は充分ある。それに、ブラオと共謀して兄さんを殺そうとした……人を殺すことを何とも思わない男、それがこいつだ。
耳を貸すべきではない、と頭では考えるものの胸の奥に何か引っかかるものがあり、俺は少し考えた後にマキナとセフィロの手を握ってから答えた。
「……お前が何者か聞かせてもらおう。ドラゴニックブレイズを受けて生きていること自体おかしいんだ、それにもしこの光景が本当だった場合、俺は後悔し続けるだろう」
「賢明な判断ですよ、ラース君。ここまで来た甲斐がありましたねえ。さて、ではこの情報を与える代わりにひとつお願いがあるのです」
レッツェルはもう一度指を鳴らすと、景色が全て消え、真っ白な空間が広がり俺達は困惑する。
「お願い?」
「ええ、全てが終わった後で構いません。その時、僕を殺していただけないでしょうか?」
「は!?」
「な、なにを言ってるの……?」
「お兄ちゃん……」
流石にこの言葉に俺も驚き汗を流す。俺を殺すんじゃなくて『殺して欲しい』とはどういうことだ……!?
「君が人を殺したくないというのは知っていますがね、恐らくこの先生きていてもラース君ほどの逸材は現れないような気がするんですよ」
何故か寂し気な笑みを浮かべてそういうレッツェルに俺は尋ねる。
「……どうしてだ? 俺ほどの逸材って、戦闘力ならティグレ先生やファスさんの方が多分まだ強い。ドラゴニックブレイズを受けても死ななかったことに関係があるのか?」
「ええ。僕はゲイリーと同じく不死、さらに不老の体でしてね。あの時、ドラゴニックブレイズで体の七割は持っていかれましたが、この通り再生したのです」
「馬鹿な……!? ならお前も賢者の魂を持っているのか!」
体に埋め込んでいるのか埋め込まれているのか、そう思ったがレッツェルはマキナに目を向けて言う。
「さきほどお嬢さんが言っていたスキルのせいでしてね。僕のスキルは【超越者】。生まれてから数百年、世界を彷徨い続ける存在さ」
それはとてもではないが信じられるものではない言葉だっただが、プルトを知っていたのはそういうことか、とも思う。さらにレッツェルは話を続ける――
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