第四百話 トオキコキョウ


 ――シン、とした森の中に、気づけば俺はひとりで立っていた。


 「……あれ? ここは……」


 俺はアッシュを抱き枕にしてマキナと一緒に寝ていたはず……。夢か? であればセフィロが近くに居るはずだけど……


 「セフィロ! マキナ! いたら返事をしてくれ!」


 俺が大声で叫ぶも返事はなく、辺りは静寂に包まれていた。

 暗い森、動物や魔物の気配すらない不気味な場所だが、よく見渡すと見覚えのある場所だということに気づく。


 「ここはガストの町近くの森じゃないか。どうしてこんなところに居るんだ俺は……?」


 不可思議としか言えない状況に首を傾げながらレビテーションで空に上がる。少し街道から外れた場所かと思いながら前を向くと、とんでもない光景が目に入った。


 「!? 町が燃えている!?」

 

 町のあちこちから煙が上がり、赤い炎がチラチラと見えていた! 慌てて町へ向かうと、そこは文字通りの地獄だった。


 「はははは! 死ね!」

 「ぎゃあああああ!?」

 

 「おら、女はこっちだ! 諦めろ!」

 「ああ……あなた……」

 

 見慣れない鎧を着た兵士が町を蹂躙し、油を撒き火をつける。あちこちで人が切られ、女性がどこかへ連れていかれていた。


 「ひゃは……! 死ねえ!」

 「……!! <ファイヤーボール>!!」


 別の町人に襲い掛かろうとしていた兵士に魔法を放つ。何だか分からないけど、このままにしておくわけにはいかない! だが、俺の魔法は何事もなかったかのように兵士の体をすり抜けた。


 「え……!?」

 「おらよ!」

 「ぐ、ううう……!?」


 目の前で血を流して倒れる人を見て呆然とする。魔法が……すり抜けた……? 俺は頭を振り、今度は剣で斬りかかる。


 「うおおおおあ!!」

 「へへ……」

 「あが……!?」


 目の前に居るはずなのに、兵士は俺などいないかのように倒れている男性に剣を刺し、絶命させた。そして俺は、身体ごと兵士をすり抜けて転んでしまう。


 「わ、訳が分からない!? くそ……!」


 何度やってもすり抜ける攻撃に、俺は脳裏にホログラフィックという言葉が浮かぶ。しかし、ここは別世界なので、こんなことができるやつは……ひとりだけ。しかしあれから十年以上も姿を現さないし、こんな光景を俺に見せる理由が分からないためレガーロではないと思いたい。


 「そうだ! 家は!?」


 凄惨な状況を覆すことができず立ち尽くしていたが、すぐに実家のことを思い出し走り出す。

 ティグレ先生やベルナ先生、リューゼやハウゼンさん達がいるはずなのにこの状況はどう考えてもおかしい。やはり夢なのか……? だけど、どうやったら覚める……? 俺はこんな光景、見たくないというのに……!

 門の付近から大通りに入ると、そこにはこと切れた冒険者たちが倒れていた。もちろん敵兵士も多く倒れているため、商店街にも続くここが戦場になったことが――


 「……!? あ、ああ……」


 目線を動かしていた俺の目に、背筋が冷える光景が入る。建物の壁に座り込むようにしている人が、俺の知っている顔だったからだ。


 「リューゼ……!」

 

 そこに居たのは血まみれのリューゼだった。腹に刺さった剣が背中まで突き抜け、庇ったであろうナルと共に死んでいた。傍らには折れたサージュの牙で作った大剣が落ちていた。刃がボロボロになり、真っ二つになっているので壮絶な戦いだったことを物語る。


 「……どうして……」


 目を閉じさせようとするがすり抜け、俺は出そうになる涙をこらえて再び走る。サージュはどうしたんだ? これだけの惨状なら大きくなって敵を倒すだろうに……


 まだ町の人を斬り殺している兵士がいるが、俺には何もできないため歯噛みをしながら空を飛んで様子を伺う。

 商店街は殆んど燃え、住宅のあるあたりも火と悲鳴が聞こえてくる。


 「着いた……! なっ!?」


 空から庭を見ると、そこにはサージュがリューゼと同じく血だらけで横たわっていた。首を落とされ、全身に槍や弓などの武器が無数に刺さっていた。オートプロテクションがあるのにここまでやられるのか……!? こいつら一体何者なんだ!

 吐き気をこらえながら屋敷に入ると、血の匂いが鼻をつき背筋が凍る。家には兄さんも居る、ノーラも優秀だ、簡単に負けたりは――


 「そ、そんな馬鹿な……!!」


 俺の願いも虚しく、リビングでは父さんと母さんが折り重なって倒れていた……もちろん、床にはふたりのものだと思われる血のシミが広がっている。

 そこで二階から降りてくる声があった。


 「は、離して! デダイト君が死んじゃうよー!」

 「もうありゃダメだ、腕を落としたから、その内血を出し過ぎて死ぬな。へへ、ちゃんと旦那と同じくらい可愛がってやるからな?」

 「いやあ!」

 「ノ、ノーラ……! <ファイアーボール>……!」

 「うがああ!? て、てめえ生きて――」

 「デダイト君……! <フレイムブレイド>!」

 「おおおおおお……!? こ、こいつ!」

 「あう……!」


 階段を転がり落ちながら片目と腕をなくした兄さんが兵士の背中にファイアーボールを撃ちこみ爆発させ、その隙にノーラがフレイムブレイドで兵士を燃やすが、兵士は悪あがきをしてノーラの心臓に剣を刺した。


 「ノーラ! <ヒーリング>!」

 「う、うう……デダイト……君……」

 「だ、ダメなのか……!? 兄さん、ノーラ! しっかりしてくれ!」

 

 俺が頭を掻きむしりながら叫ぶが、ふたりには聞こえておらず、ずるずると体を引きずりながらホールで手を掴む。


 「ご、ごめん……守れなく、て……ごほ……」

 「う、ううん……オラがちゃんと戦ってたら……三人いるとはおもわなくて……も、もうヒーリングじゃ治らない、ね……」

 「アイナが人質になってなければ、サージュも父さん達も……」

 「う……」

 「ノーラ? ノーラ! あ、ああ、そん――」


 ノーラが息絶え、兄さんも後を追うようにこと切れた。そこで俺はついにキレた。


 「なんなんだこれは! 俺にこんなものを見せてどうしたい! くそ! くそおおお! <ドラゴニックブレイズゥゥゥ>!!」


 俺は外に出ると、まだ殺戮を行っている兵士たちにドラゴニックブレイズを撃ちこむ。だが、魔法は出るが、建物も、人も無傷。


 「くそ! くそ! くそぉぉぉぉ! <ドラゴニックブレイズ><ドラゴニックブレイズ>!!!!」


 でたらめに撃ちながら町中を走る。ハウゼンさん、ミズキさん、ウルカ、ジャック……あちこちでクラスメイトや知り合いが死んでいるのが見え、いよいよ俺の頭がおかしくなりそうになる。


 そして、学院に到着した時――


 「動くなよぉ? 動いたら可愛い娘は首が落ちるぞ?」

 「ティリア……!」

 「パパ! パパ!」

 「娘を離しなさい! 人質ならわたしが代わるわ」

 「よしなさい。こいつら、どちらにせよ男は皆殺しにするつもりだ」


 ――門に一番近いところで、ふたりの男を前にしたティグレ先生とベルナ先生、それと学院長が渋い顔で立っていた。それもそのはずで、目つきの悪い男がティリアちゃんを抱え、首筋に剣を当てていたからだ。

 そこで、もう一人の男が口を開く。


 「久しぶりだな、ティグレ。まさか戦場を逃げ出したお前がこんなところで暮らしているとは思わなかった」

 「ヒッツライト……」

 「あの戦場を逃げ出してくれたおかげでベリアース王国最強の騎士は俺になった。礼を言う」

 「へっ、ならこのまま消えてくれるとありがたいんだがな」

 「そうはいかん……貴様が生きていたなら話は別だ。ティグレ、貴様を殺して本当のベリアース王国最強の名をいただくことにする!」

 「クソが!」


 ヒッツライトという男が両手に持ったショートソードを振りかざし、ティグレ先生に迫る。それを迎撃しようと構えるが、目つきの悪い男がティリアちゃんの首に刃を食い込ませる。


 「いやああああ、痛ああ」

 「ティリア!? ぐお!?」

 「動くなって言ったろうが! ひゃははは! もうちょっとで太い血管に行くぜえ?」

 「おのれ……! <ウォータージェイル>」

 「学院長!?」


 ティグレ先生は間一髪で避けるが、ティリアちゃんの傷は浅くない。学院長が一気にケリをつけようと、ティリアちゃんを抱えていた腕を瞬時に取り、地面に引き倒す。瞬間、ベルナ先生がティリアちゃんを救出する。


 「全力でやれ、ティ――」

 「学院長!?」

 「んー、身軽になったからつい殺っちまったぜ! ひゃは!」

 

 見えなかった……!? あの男がウォータージェイルに引っ張られた後の動きがまるで見えなかった! 

 袈裟懸けに斬られた学院長の上半身がずるりと落ちる間に、ヒッツライトと切り結ぶティグレ先生の背後に回っていた。


 「こいつ……!」

 「こいつは俺の獲物だ、手を出すなよ!」

 「くっく……なら足を出すぜえ!」

 「が……!?」


 目つきの悪い男はニヤッと笑い、足で剣を蹴り飛ばし、剣がティグレ先生の背中を貫通する。


 「チッ……」

 「く、くそ……に、げろベルナ……! ルツィアールとレフレクシオンにこいつらのことを――」

 「そこまでだ! 死ね、ティグレぇぇぇ!」

 「ティグレ先生ぇぇぇぇぇ!」


 ショートソードが崩れ落ちるティグレ先生の首を薙ぎ、刎ねた。ごろりとティグレ先生の首が落ちヒッツライトはつまらないといった顔でそれを掴む。


 「弱くなったものだ。妻子ができたせいか? まあ、俺には好都合だったがな」

 「ああ……<ハイドロストリーム>!!」

 「ひゃはは! 逃げればよかったのによ!」

 「うぐ……!? テ、ティグレ……ティリア……」


 広範囲のハイドロストリームを軽々と切り裂き、一瞬で間合いを詰めてベルナ先生の腹を殴って昏倒させる男。肩にティリアちゃんと共に抱えながら口を開く。


 「くっく、こいつはルツィアールの姫らしいな。こいつを餌にあそこも占拠するとしようか! レフレクシオンを攻めるなら数は多い方がいいだろ? 騎士の数増やそうぜ、ひゃはは!」

 「ここを落としたことをなるべく遅く知られなければならない。隅々まで人が居ないことを確認してからだ」

 「おーけー。ちょっと楽しませてもらおうかねえ」

 「好きにしろ」


 そう言って去っていくふたり。

 俺はその場に立ち尽くし、首が無くなったティグレ先生と、学院長の前で叫んだ。


 「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 夢なら早く覚めてくれ! こんな光景は見たくない! 夢でも、兄さん達が死ぬなど許されるものか!!

 これはいったいなんなんだ……!!!


 俺は膝をついて泣き叫ぶ。地面を殴っても痛みはなく、どこに迷い込んでしまったのかと怒りと恐怖が体を震わせる。


 どれくらい叫んだだろうか……どこかで、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 「ラース! ああ、ようやくみつけたわ!」

 「マキナ……?」

 「お兄ちゃん!!」

 「それにセフィロも……ここは、やっぱり夢の中、なのか……?」

 

 夢だという期待で少し体が動く。


 「そうみたい。サンディオラのお城で寝ていたはずなんだけど……」

 「ボクとお兄ちゃんの夢じゃない、と思うんだ……こんな光景、ボクは見たくないし、見せられない……」

 「違うのか……? なら一体誰が……」


 そこで、マキナ達の背後から、見慣れた男が笑みを浮かべながら現れて口を開く。


 「……僕ですよ、ラース君」

 

 眼鏡を外しながら、レッツェルが俺達に近づいて来た――

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