第三百九十九話 予測でしかないこと


 「そういうわけで賢者の魂には奇跡と呼んで差し支えない能力を秘めています」

 「それはファスさんを見れば分かるけど……」


 壁に叩きつけられたレッツェルが埃を払いながらゲイリーの傍へ歩きながら口を開く。俺はそのファスさんを見ながら困惑するしかない。


 「師匠、めちゃくちゃ可愛い……」

 「だろ? こいつをハインドに取られた時は悔しかったぜ……あいつもいねぇし、また口説いとくか?」

 「うるさいわい! ……ワシのことは後回しじゃ。オルノブを休ませねばならんぞ、それとゲイリーもそのままでは不憫じゃろう。埋葬してやろうではないか」

 「ファス様の言う通りですよ。さ、ダーシャちゃんは私が抱っこしてあげますからね。パパを連れて行かないとね?」

 「あい!」


 一番混乱しているであろうファスさんが冷静に指示を出し、ヘレナのお母さんがそれに同調して俺達に言う。アイーアツブスの件はヘレナ達には関係ないかと思い、俺はヘレナへ声をかけた。

 

 「ヘレナ、お母さん達と先に上へ行っていいよ。後は俺達の仕事だ。遺体は――」

 「ボクとイルミで運ぼう。一応、看護師と医者の端くれだからな。ラース、また後で会おう」

 「先生、先に戻りますね」

 「ええ、ゆっくり休んでください」

 「マキナ、ラース、気を付けてねえ?」


 ヘレナがオルノブさんの肩を持ち歩き出す。珍しく不安げな表情で地下牢を出て行き、その後をお母さんとリース、イルミがついていく。ぞろぞろと出て行くなか、アッシュがファスさんを見上げて首を傾げていた。


 「くおーん?」

 「アッシュ、師匠よ? 匂いをかいで」

 「……くおーん♪」

 「わかるのじゃな。ひゃん!?」


 アッシュを抱っこしたファスさんが頬を舐められて声をあげる。そんな光景を横目に、俺は残ったレッツェルに話しかける。


 「で、『賢者の魂』というのはなんなんだ? 俺も持っているが、トレントの魔力を使って作られたものだった。【鑑定】した結果、所有者は俺でそこのミニトレントのセフィロに……あ、いやこれはいいか。それと同じ福音の降臨メンバーのソニアというやつが中途半端な賢者の魂を持っていたな」

 「ワシはこれで生涯四回目じゃ。魔力を吸い取って作る外法じゃと聞いていたが、まさか人の命も使うことがあるとはな」

 

 俺とファスさんがそれぞれ疑問を口にすると、レッツェルは眼鏡の位置をなおしながら言う。


 「僕も詳しいことは知らないんですがね? 使った『モノ』によって起きることが変わるらしいんですよ。例えば今、ファスさんでしたか? 彼女が起こした奇跡は、人の命をもらって起こしたといったところでしょうか」

 「おのれ、そんな尊いものをよくも使わせてくれおったな。やはり貴様はラースの言う通りおかしな男のようじゃな……」

 「師匠……」

 「いいじゃありませんか、もう終わってしまったことですしね。有効活用した方が彼らのためになると考えますがね?」

 「もう一発殴られたいようじゃな……! 人の命を、気持ちをなんとする!」

 「くおーん!?」


 歯噛みしながら殴り掛かろうとするファスさんの腕からアッシュが零れ落ち、マキナが腕を掴んで止める。ここは俺が、と思ったところで予想外の出来事が起こる。


 「知ったふうな口を聞くな! 死んだ者は生き返らない、終わったことを振り返るな! 悔しいなら、それに報いる為なにができるか考えろ! 使えるものは使え! でなければ、ソレと同じ運命を辿るだけだと知れ!」

 「……!」


 『賢者の魂』を指さし、いつものニヤけた表情ではなく、険しい顔で、俺達を睨みつけるように激昂する。こいつ……のらりくらりとしているだけじゃないのか? その迫力はティグレ先生が本気で怒った時と同じくらいあり、俺達が息を飲むと、レッツェルは咳ばらいをひとつしてまた笑みを浮かべて肩を竦める。


 「……おっと、僕としたことがはしたないところを見せてしまいましたね。つまり、『賢者の魂』はその使った代償分、奇跡が起こせると思っていいでしょう。ゲイリーはプルトを倒すまで死ぬわけにはいかないと思った結果だと思いますし」

 「なら、限界があるってことも考えられるな……どちらにせよ、正体を知って使いたいとは思わないけど」

 「そうすると奴隷解放ができるってのはどういうことなんだ?」

 

 続いてディビットさんがアフマンド王が言っていた奴隷解放について尋ねる。


 「僕が考えるに逆だと思いますね」

 「逆……?」

 「ええ、『賢者の魂』はまだ死んでいません。恐らくこれを用いて、奴隷の命を吸い尽くす。そうすれば奴隷から解放される」

 「う……」

 

 嬉しそうに言うレッツェルにマキナが顔を顰め、俺達は黙り込む。使い方が分からないから、レッツェルの言うことが本当かどうか確信はない。どちらにせよ『賢者の魂』は使えないだろう。

 俺達が黙っていると、セフィロと一緒にアイーアツブスのところにいたバスレー先生が誰にともなく口を開いた。


 「目が覚めたみたいですね」

 「こ、ここは……」

 「丁度、僕の話も終わったところですので好都合ですかね。さて、アイーアツブス、あなたの処遇を決めないといけないんですが、どうしますか?」

 「レッツェル……! アポス様を裏切ったんですね? くく、馬鹿な男……あの方を敵に回して生きていられるとでも? さあ、殺すなら殺しなさい!」

 「思っていますよ? さて、挑発に乗るのはたやすいのですがそれをするとアポスに死が伝わりますよね?」

 「……」

 「無言は肯定とみなすとして、そういうことです。ラース君、申し訳ないのですが、アイーアツブスは生かしたままにしていいでしょうか?」

 「……」


 難しい質問をするな、と俺は眉を顰める。

 アイーアツブスが人間じゃないならあれだけの同士討ちをさせて【不安定】をかき集めたこいつを生かしておく理由は無い。

 ……というか人間じゃないなら殺すというのも正直葛藤がある。罪には罰を、それは分かっているんだけど――


 「……デメリットはなんだ? アイーアツブスが死んで教主アポスに死が知られた時、俺達はどうなる」

 「ラース君達というより、恐らくレフレクシオン王国を攻めるでしょうね。何故かは分かりませんが、アポスはレフレクシオンに相当な恨みを持っています。だから各領地を福音の降臨を使って掌握し、内部から崩壊させようと企んでいましたからね」

 「それで、お前がブラオを唆してガスト領を、か」


 俺の言葉に口をさらにゆがめて頷く。オリオラ領もグラスコ領も福音の降臨が関わっていた理由はそれで説明がつく。

 

 「でもレフレクシオン王国にいるけど私達が倒したってことまでは気づかないんじゃ?」

 「どうでしょうね。そもそも邪魔をされているところに十神者が倒されたら戦力を減らす前に攻めた方が早いと考えるでしょう。無駄なプライドのせいで回りくどいやり方をしていますが、そろそろしびれを切らすかと。そうなるとアイーアツブスが殺されたのを知られるのはまずいんですよ」

 「まあ、いいんじゃないですか? 黒いもやさえ抑えればただの人間と変わらないですし、セフィロ君が居れば抑えられるみたいですしね」

 「!」

 「くっ……」


 倒してやりたいところだろうが、セフィロはバスレー先生の言葉に手を上げて応える。アイーアツブスは殺されなかったことを悔しがっている。


 「くく……決まり、ですかね? とりあえず右手は見苦しいので縫合しておきましょう。それと……」

 「……!? う、うあああ……!?」


 レッツェルがポケットから取り出した注射器をアイーアツブスに刺し、中の液体を注入するとアイーアツブスの目から光が消え虚ろになる。


 「ふむ。人間にしか効かない薬ですが……効きましたね? これは意識をぼんやりさせる薬なんですが、まさか効くとは思いませんでした。十神者、まだ秘密がありそうですね?」

 「……」

 「むう……恐ろしい薬を……」


 ファスさんが身震いし、俺達もぼーっと立ち上がるアイーアツブスを見て顔をしかめる。レッツェルは気にした様子もなく俺達へ言う。


 「では、僕たちも戻りましょうか。夜食でも食べたい気分ですよ、ははははははは! ああ、いい気分だ!」

 

 笑いながら地下牢を出て行き、おかしなやつだと思いながら俺達も後を追う。

 

 城は未だバタバタしていたが、アフマンド王が用意してくれた夜食を取ると、後は自分たちがやると言い、宛がわれた部屋で俺達は休むことにした。


 俺とマキナ、ファスさんとアイーアツブス、セフィロというメンバーで休む。アイーアツブスは真面目な話頭が空っぽになったみたいになっていて危険は無さそうだと全員眠る。


 そして――

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