第三百九十八話 『賢者の魂』
「くそ……!」
意外と俺を抑える力が強いリースを振り切るため、俺は転移魔法でゲイリーとレッツェルの下へ飛ぶ。しかし、リースの『死なせてやれ』という言葉で動揺した一瞬、ことは全て終わっていた。
「レッツェル……!」
「……っ!」
「先生!? 何すんのよあんた!」
カッとなった俺はレッツェルを殴りつけると、イルミが腕を掴んで止めてきた。しかしレッツェルは切れた口から血を流すのも拭わず、笑いながら俺に目を向ける。
「止めなさいイルミ。ゲイリーはいい顔をしてくれませんでしたが、その顔で満足しましたよ。くく……助けられなくて残念でしたね?」
「こいつ!」
その言葉にカッとなった俺はイルミの制止を振り切りもう一度殴りつけると、レッツェルは意に介していない様子でにやけ面を見せたまま立っていた。
「はあ……はあ……くそ……!」
息が上がる俺の後ろでヘレナとマキナ、それとヘレナの母親が立っていることに気づく。
「ラース、落ち着いて、ね?」
「酷い人だったけど、可哀想な人だったわねえ……」
「そう、ね。ゲイリーは何もかもに絶望して、自暴自棄になったのでしょうね。大事な人が出来ればもしかしたら変わっていたかも……もし私が逃げなかったり、他の女性がそれが出来ていれば……」
ヘレナと母親が亡くなったゲイリーを見てそんなことを呟く。凄惨な光景にヘレナは自分の体を抱きしめながら青い顔をしている。そこへファスさんがヘレナの背中をポンと叩きながら口を開いた。
「母よ、それは今更どうしようもないことじゃ。もし、何とかしたい気持ちがあれば暴力ではなく言葉で接するべきじゃった。だが、ゲイリーはそれが出来なかった。だからなるべくして為った。そういうことじゃ」
「国を亡ぼすとか言っていたが、何となくわざと国を崩壊させて、自分を殺してくれる人間を探していたんじゃないかとも思えるな。アフマンドが成功させたクーデターも実は……いや、それこそ今更か」
ディビットさんも苦い顔をして一言。
わざと、か……追い詰められていたとしても、死にたいがために国を脅かすのはやはり間違っていると俺は思う。
「レッツェル殿、ゲイリーから抜き出した『賢者の魂』はサンディオラの秘宝。こちらに渡してもらおうか」
「ええ、構いませんが、あなた達では手に余ると思いますよ? これは人の犠牲でできているもの。ラース君の持っているトレントを犠牲にしたものより遥かに恐ろしい代物ですよ」
「願いでも叶うと言うのか? ……確かに不死のような存在になったゲイリーを見れば恐ろしいものだが……それにラース殿も持っている、のか?」
アフマンド王が険しい顔でレッツェルの手にある『賢者の魂』を見ながら言う。余計なことを、と思いながら俺は口を開いた。
「今回のことには関係ないだろ? それより話は終わったし、ゲイリーも死んだ。後片づけを手伝った方がいいと思うけど、アフマンド王、どうされますか?」
「む……そうだな。その女はどうするのだ?」
「それはこれから考えます。こいつの口ぶりが気になるので目覚めさせて尋問もしないといけないかと」
俺がそう言うと、アフマンド王は顎に手を当てて考えた後にアボルさんに目配せをして歩き出す。道を開けると、そのまま牢の扉付近まで行く。そこでピタリと立ち止まると、首だけこちらに向けて話す。
「……とりあえず、私達は城の鎮静を先に行ってくる。ひとまず秘宝は預けておこう。何が起こるか分からんともなると、手を出しにくいからな。ラース殿に渡すのは構わないが、奴隷解放についての件は調べさせてもらう」
「ええ、良い判断だと思います」
「勝手なことを言うな。お前が――」
体のいい厄介払いをさせられた気がするので『お前が持っていればいい』と言いかけたが止めた。レッツェルが持っていたら何に使うか分かったものじゃない。それなら俺が持っていた方がマシかと思ったからだ。
「で、アイーアツブスはどうする? こやつの黒いもやは侮れんし、人間ではない感じがするぞ? お主ら同じ福音の降臨なら何か知っておるのではないのか?」
「まあ、半々と言ったところでしょうか。この十神者、その名の通り十人居て教祖直属の部下なんですが、どういう経緯でその座に収まったのかを僕も知らないんですよ。気づけばすでに配属されていましてね? そちらのお婆さんの言う『人間ではない』というのも、合っている部分もあり、間違っている部分もあります」
「どういうこと……?」
レッツェルはマキナの呟きに応じるようにアイーアツブスの下へと向かい、俺も一緒に移動する。
「何かしたらふっとばすからな」
「ご自由に。僕は福音の降臨に居ますが、そろそろ見切りをつけようと思っていたところでしてね、十神者の一人を捕えてくれたのは渡りに船でしたねえ」
「こいつの体からもやが出るのと、お前がドラゴニックブレイズで死んでいないのは関係があるのか?」
「……」
俺の問いには答えず、レッツェルはセフィロとリースに声をかける。
「トレント君、解放してもらえますか? リース、サンプルを」
「オッケーだ」
「!」
セフィロが俺に枝を伸ばし『どうする?』と聞いてくるので、俺が頷くと絡めていた枝をほどいていくと、黒いもやが少し漏れ出す。そこにリースが瓶のようなものを取り出してもやに手を突っ込み、サッと腕を振ると、瓶にもやが入り蓋をした。
「ぐ……」
「リース!」
「大丈夫ですよ」
瞬時にリースの腕にまとわりついたもやが侵食し、リースが顔を歪めた。しかしすぐにレッツェルがメスで霧散させる。手際がいい、想定されていたことをこなすような……
「サンプルはこれで良し。さて、このアイーアツブスが目を覚ますのを待ちましょうか。このまま始末するのは簡単ですが、殺したところで教主に死が伝わるのでそれは面白くありません。処遇について『交渉』しようじゃありませんか」
「……教主ってやつはヤバやつなのか?」
「ええ、国ひとつ牛耳っていると思ってもらっていいですからね。ベリアース王国の実質の支配者と言っていいでしょう。アレがつまらないことに拘っているのでまだいいですが、十神者と信者を使って本気で攻めてきたらかなり痛手になるでしょうね」
「つまらないこと? 手加減でもしているとでも?」
「まあ、それは後ほど。とりあえずアイーアツブスが目覚めるまで『賢者の魂』についてお話しましょうか」
重要なことはだんまりとは気に入らない。だけど、無理に聞き出してもこいつは喋るとは思えない。俺が睨みつけていると、レッツェルがおもむろにファスさんへ『賢者の魂』を投げる。
「なんじゃ? ワシに預けるというのか?」
「いえ、恐らくこの中で一番効果が分かりやすい状況を作れるのがあなただと思いましてね。それを両手で覆うようにもってもらえますかね」
「……? ようわからんが、こうか?」
「はい、では目を瞑ってください。そして自分の若いころを思い出してもらえますか」
「むう……?」
「し、師匠、やめておいた方が……」
「俺もそう思う。ファスさん、レッツェルの言うことを聞く必要はないよ、試すなら俺がやる」
「気にするな、何か企みがあっても老い先短いワシの方が痛手は少ない。で、次はどうする?」
ファスさんがそう言い、俺達を止めるとレッツェルへ声をかけるとレッツェルは頷き続ける。
「過去の姿を思い描いたら魔力を込めてください。魔法を放つ感覚で」
「ふん……う、うわ!?」
「師匠!? きゃあ!?」
瞬間、ファスさんが驚愕の声を上げ、『賢者の魂』が光り出す。マキナが慌てて駆け寄るもファスさんを包むように広がった光に阻まれた。
「おい、レッツェル! 一体何をした!」
「落ち着いてくださいラース君。ほら、結果が出ましたよ」
「何……?」
すぐにファスさんを取り込んでいた光が消え、徐々に姿が見えてくる。そのまま人影があるので大丈夫だったかと胸を撫で下ろすと同時に、俺達は言葉を失った。
「あー、眩しかったのう。で、なにがどうなったのじゃ?」
「し、師匠……?」
「なんじゃマキナ、そんなに目を丸くして? それよりレッツェルとやら、何も起こらんではないか」
「い、いや、ファスさん、だよな?」
「ラースまでどうした? ワシの顔に何かついておるのか?」
「ついているっていうかあ……ファスおばあちゃん……若返ってるわよう……」
「はあ!?」
ヘレナの言う通り、そこには白髪ではなく肩までの銀髪を縛り、マキナより少し背の高い女性が立っていた……『賢者の魂』の効果は不死ってわけじゃないのか?
「ちょ、貴様! これ、元に戻るんじゃろうな!?」
「戻らないと思いま――」
「ああああ!? 先生!?」
「ち、力こそパワー……」
とりあえず珍しくファスさんが慌てた声をあげてレッツェルを殴ってふっとばし、いつの間にか復活していたバスレー先生が冷や汗をかきながら意味の分からないことを言っていた。
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