第三百九十六話 プルト


 「な、なんてことを……」

 「人を犠牲にするなんて酷いことをするわい。【器用貧乏】で強くなってから……というのは我慢できなかったのじゃろうな」

 

 マキナが涙目になり、ファスさんがプルトの心理を読み解く。心情的にはブラオに兄さんを殺されかけたことを知った俺に近い。が、目の前で殺されていたりすれば狂気に走る気持ちは分からないでもない……


 しかし、同じようなスキルを持っている俺としては集中して訓練した方が危ない橋である賢者の魂の生成より、ことを為すのが早いのではと思い、尋ねてみる。


 「ゲイリー、プルトはどうして賢者の魂に手を出したのか分かるか? 俺は【超器用貧乏】というスキルだけど、少し無理をすれば成長速度は早いんだ。それは間違いない」

 「超……? 小僧のスキルがどうだか分からんが、あいつは確かになんでもできたが、本当に集中した時でないとそれなりにしか成長しなかった」

 「え? ラースは十歳で古代魔法を覚えていたわよう? そのプなんとかさんがいくつだったか分からないけど、王様を殺せるくらいにはなるんじゃない?」

 

 ヘレナが不思議そうな顔でそう口にする。ゲイリーはヘレナを見ながらそれについて返してきた。


 「……クリーダの娘か……? 若いころに似ているな……それに古代魔法をそんな年から、か。勝てぬわけだ。いや、それよりプルトか、【器用貧乏】で何でもできたが、そこまで成長が早くは無かった。それと父のスキルは【覇者】といって武芸で並び立つものは居ないほどの強さだった。もしかすると、小僧のように強くなったのかもしれないが、そっちの婆さんの言うように父を殺すため手段は選ばなかった、ということだろう。歳は……いくつだったかな、父を倒した時は四十近かったはずだ。恋人が殺されたのは二十三だったはずだから――」

 

 ……一七年かかっているのか。

 すでに故人なので確認のしようが無いけど、【器用貧乏】は満遍なく緩やかに成長するスキルだったのだろうか? だけど『賢者の魂』を創るに至っていることを考えると、特化して突き詰めれば成長は早くなる? それが『超』器用貧乏だと、全体の成長率にブーストがかかった状態で成長する、とか……


 「俺にスキルをくれたレガーロはそんなことは言わなかったけど……」

 「え? ラース、レガーロって誰? 聞いたことが無い名前だけど」

 「あ、いや、こっちの話だよ。それで、賢者の魂で国王を倒したんだな?」


 俺の問いに頷くゲイリー。だが、そこでレッツェルが首を傾げて口を開いた。


 「ふむ、おかしいですねえ。それならなぜ、プルトは追放されたのですか? 目を潰され、血まみれで城を追われた理由は?」

 「……」

 「答えて欲しいものですねえ」

 「ぐ……」

 「……!? やめろレッツェル!」


 黙っているゲイリーに、ツカツカと歩み寄りメスで肩口を刺すレッツェルを慌てて止める。


 「何が気に入らないんだ、百年前の人をどうしてそこまで気にする?」

 「……君には後ほど。それで、どうなんですか?」

 「……?」


 メスを下げ、再びゲイリーに問うレッツェルは笑みを浮かべておらず、真面目な顔になっていた。ゲイリーは目を細めてしばらく考える。不意に俺を見た後、口を開いた。


 「……あいつは……プルトは狂ってしまった。賢者の魂を使い、そのまま国を蹂躙しようとした。国を治めるのではなく無差別に人を殺し始めたのだ。表沙汰になっていないのは城の中だけでなんとか私と三男が食い止めたからに他ならない」

 「そんな……国を改革するって言ってたのに……」

 「もはや生きる意味を失っていたプルトがおかしくなったのだろう……そう思っていた」

 「なんだって?」


 ゲイリーと三男がプルトを倒した、それで終わるのかと思っていたところにストップがかかり、リースが眉根をよせる。『狂ってしまった』ゲイリーが言ったその言葉は違う意味を持っていたと語り出す。


 「人を殺しながらあいつは涙を流していた。私は困惑しながら止めるために剣を握った。父を倒しただけあって、あいつは強かった……私もやられる、そう思った時、動きがピタリと止まってぽつりと呟いた」


 (僕を殺してくれ、兄さん……頭……頭で何かが囁くんだ……僕じゃない誰かが……あう……)


 「そう言って何かに抗うように体を震わせていた。……泣きながら笑うプルトは恐ろしかった……背筋が凍った……私は目を潰し、喉を刺し、腹を裂いた」

 「……」

 「だが、死ななかった。何度も何度もあいつの悲鳴を聞いた……死なないんだ……! なにをやっても……! わかるか? 私にとってかわいい弟を切り刻むということが! 死にたいと、殺せというプルトを何度も斬る恐怖が!」


 ゲイリーは今までとは違って大声を上げて捲し立てるように言う。俺達は冷や汗をかきながら言葉を聞き、戦慄する。


 「……最終的に、あいつの持っていた『賢者の魂』がプルトを再生していることに気づいた私は、『賢者の魂』を奪い、それを飲み込んだ」

 「な……!?」

 「の、飲み込んだ……!?」


 俺とファスさんが驚愕の声を上げると、レッツェルが口を開いた。


 「なるほど。それが秘宝……賢者の魂というわけですか」

 「え!? そ、それでは秘宝はこいつの体の中に!?」


 クリフォトとトレントがいた池にもあった賢者の魂。再生を促すそれを飲み込んだからゲイリーは死ななくなったということだろう。それでも謎はまだ残っている。


 「お前がプルトを恨んだりしていないことは分かったけど、ならどうしてプルトを追放した?」

 「……小僧か。私は『賢者の魂』がおかしくなった原因だと思っていた。しかし違った。賢者の魂を取り上げてもなお、プルトは襲い掛かって来た……やむなく対抗した結果、プルトを手にかけた……今度こそ、本当に死んだ。埋葬もした。だから――」


 生きて誰かの前に現れるわけはないのだ、とゲイリーはレッツェルを見ながら呟いた。

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