第三百九十五話 サンディオラの過去


 私から、ということでアフマンド王が一歩前に出て片膝をつき、殴られて転がったゲイリーの前で口を開く。


 「さて、ゲイリー。奴隷解放のために秘宝のありか、教えてもらうぞ。殺すのはたやすいが、私の悲願はそこだからな。国王の座は正直二の次というやつだ、お前と違ってな」

 「……いい目をするじゃないか。私を捕らえた時とは大違いだな?」

 「それはどうも。流石に、ダルヴァの襲撃と兵士の損害ここまであれば気も変わるさ。油断した、とは言いたくないが備えていたつもりだったからな」


 アフマンド王は自嘲気味な顔でそう呟くと、ディビットさんがタバコに火をつけ、アフマンド王の背中に声をかける。


 「それでも、兵の展開や聞こえていた指示は見事だったと思うぜ? スキルを上手く使っている。それでゲイリーよ、秘宝とやらはあるのか? 奴隷解放をするのにそんなもんが必要とは思わなかったが」

 「秘宝は……ある。先ほどそこのいけ好かない男が口にしていたが、『賢者の魂』がそれに該当するものだ」

 「……! そ、それはどこにある!」

 「まあ、いいだろう。私も長く生きすぎたし、クーデターも失敗。そろそろプルトが迎えにきたということか」


 プルト、という名が出た時、レッツェルの眉がピクリと動いた。そして笑みを崩さないまま、アフマンド王に言う。


 「おっと、どうやらアフマンド王と僕の話はほぼ同一、それとラース君の疑問も同時に解消してくれるみたいですねえ? 『賢者の魂』が秘宝、というのはどういうことですかね?」

 「どうせ自分の股間を指して『秘宝』だ! とか言うんですよきっと」

 「……」

 「あんた最低ね!?」

 「バスレー先生はいつもこんなものだぞ?」

 「なにやってんだよ!? バスレー先生は黙ってて! ラディナ」

 「ぐるう」

 「あ、ラディナさんそ――」

 「ゲイリー、話を続けてくれ」


 急に割り込んで場の空気を荒らすバスレー先生を始末し、流れを戻す。レッツェルは無言で笑みを浮かべてスルーし、イルミがツッコんでいた。リースの言う通りいつも通りではあるけど、今は止めてほしい……


 「ふん、こんなおめでたいやつらにやられるとは。私もヤキが回ったものだ。……秘宝は『賢者の魂』で間違いない。これは死ぬまで誰にもいうつもりは無かったが、まず小僧と医者の話からした方が早いか。いいな?」

 「……最終的に話してくれるのであれば」


 アフマンド王が頷くと、ゲイリーはずるずると体を引きずり、壁を背に預けて語りだす。


 「……三兄弟の長男として生まれた私はごく普通の男だった。兄弟仲は悪くなかったと思う。しかし、百年前の国王、我が父は独裁という言葉を絵にかいたような男でな、剣の修行と言っては私たちに奴隷を殺させたり、税が少ないという理由で村一つを潰したこともあったな」

 「なかなかのクズだな。その血を引いているお前が国を治めたならこの状況は当然か」

 「まあな。さて、ここでプルトの話になる。あいつは俺や三男のヒンデルとは違い、【器用貧乏】というスキルでいろいろなことが出来るやつだった。地味だが、一歩ずつ確実に力をつけることができていた。小僧、お前もそうだろう?」

 「……ああ」


 ゲイリーが俺に目を向けてそう言うので、短く返す。


 「基本的に長男が王位を継ぐものだが、剣しかない私より間違いなく上手くやれるであろう能力があった。だが……次々に改革を打ち出すプルトを、父が恐れ始めたのだ」

 「恐れる? 国にとっていいことなら受け入れていくべきじゃないのかしら?」

 「小娘の言う通り、奴隷解放、他国と連携して荒野に緑を戻す、仕事をつくるといった話は魅力的で、現実味のあるものだったよ。だが、奴隷が居なくなり、仕事をきちんと斡旋するとどうなると思う?」

 「いいことだと思うけど……」


 マキナの呟きに首を振って答える。


 「一部の富裕層、例えば我ら王族などが贅沢な暮らしができなくなる。それはそうだろう、何の策も打たず、ただ民を奴隷とし、搾取しているだけなのだ。長い目で見ればそれ以上のものが手に入る……だが、父はそんなことまで考えず、プルトをしかりつけた」

 「それで、プルトがあんな目にあったのは父親が原因、ということですか? 話ではあなただと聞いていましたが」

 「まだ続きがある。今が良ければいい、という父の考えとこのままではまずいというプルト。話は平行線のまま、事件が起きた。プルトの恋人が殺されたのだ」

 「……ほう」


 レッツェルが笑みを止め、顎に手を当てて目を細める。『聞いていた話と違う』そういう顔だ。


 「主犯はもちろん父だ。恋人を殺されれば大人しくなるだろうという浅はかとしか言えない愚策をとった。いや、政治もロクにできなかった父は元々愚かだったのだ。もちろん、プルトは大人しくなるはずもなく、優しかった性格は一変してしまった……」


 そこで初めて無だった表情が自嘲気味なものに変わり、また頭を振ってそれを払うようにして口を開く。


 「それからあいつは部屋に居るか外に出かける日が多くなった。犯人だと分かっていても、父にも言及せず、何をしているのか分からなかった。だが、ある日恋人を失って初めて笑顔を見せながら私たち兄弟に語ったのだ――」


 ◆ ◇ ◆


 (はははは! 兄さん、ついに完成した! これであの男を殺せるよ!)

 (こいつはなんだ、プルト?)

 (これは神秘の力を秘めている石なんだ。これがあればあいつを殺せるし、奴隷の開放だってできる……もしかすると死んだニャイアを生き返らせることだって――)

 (おい、プルト! しっかりしろ! 死んだ人間は生き返らない! 親父が憎いのは分かる。だが、あれでも【軍神】とまで呼ばれる男だ、お前が戦いで殺せる相手じゃ――)

 (くく……)

 (兄貴それは!?)


 ◆ ◇ ◆


 「――久しぶりに笑みを浮かべたプルトは強くなっていた。魔法も剣も」

 「しかし、ラースと同じなら修行をすれば強くなれるじゃろう? 【器用貧乏】とはそういうもののようじゃからな」

 「ファスさんの言う通りだ。それがどうし……いや、プルトは『完成』したと言ったのか? まさか……」

 「そのまさか、でしょうね。『賢者の魂』はプルトが創ったと聞いています」

 「そうだ……あいつは修行で強くなったんじゃなかった……外法によって強くなったのだ。賢者の魂を創るために必要なものは対価。それをあいつは……奴隷の命で支払ったのだ」

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