第三百九十四話 オルノブの一撃


 「<ヒーリング>」

 「う……俺は……」

 「動くな、少し休んでいろ」


 地下牢に続く通路の途中で、攻撃されて瀕死になっていた兵士を助けつつ奥へ進み、ゲイリーが居たであろう場所へ到着すると、ディビットさんが抱えていたゲイリーをその場に置き、枝にくるまれたアイーアツブスも近くへと転がしておく。


 「ずっとそうやっているけど大丈夫なの?」

 「!!」


 マキナの問いに『大丈夫だ』と言わんばかりに頭に花を咲かせるセフィロ。トレントの仇のひとりであるアイーアツブスはトドメを刺すまで離せないのだろう。

 恐らくもやの影響を受けないセフィロは、【ソーラーストライカー】でパワーアップして胸を貫いたこともあるためセフィロほどアイーアツブスを捕えておくに適した者はいない。

 なのでそっちは任せるとして、俺はゲイリーへと向きなおる。


 「さて……質問があるのは俺とアフマンド王、それとオルノブさんかな?」

 「ああ、私は秘宝の件を聞く。オルノブは……大丈夫か?」

 「も、問題……ない、わ、私から……いい、だろうか……?」

 「あなた……」

 「パパ、しっかり!」

 

 苦し気なオルノブさんを支えながら、母親やダーシャちゃんが声をかける。そこで、マキナとヘレナがそれぞれ口を開く。

 

 「ダーシャちゃん、急にオルノブさんをパパって言いだしたけど何でかしら……?」

 「そうなのお? お父さん、あなた達と一緒の時には何ともなかったんでしょう?」

 「うん。とても優しい人よ、なんで奴隷になったのかってくらい」

 「まあ、小さい子が懐くくらいだしねえ」


 と、ヘレナがダーシャちゃんの頭を撫でたところで、意外なことにゲイリーが口を開いた。


 「オルノブ……愚かな男よクリーダを私に差し出しておけば奴隷にならずに済んだものを」

 「私を逃がすため、ひとりあなたに立ち向かったオルノブを愚かとは言わせないわ。ゲイリー、あなたがオルノブを奴隷にしたのは分かる。けど、どうして記憶を失くしたの?」

 

 記憶喪失というのは頭に強い衝撃を受けるか、ショックを受けると起こると聞いたことがある。黙って聞いていると、ゲイリーが恐ろしいことを言う。


 「……それほど難しい話ではない、オルノブを捕えた後、オルノブを奴隷にする前にクリーダ、お前が死んだと何度も吹き込んでやったのだ。毎日、鞭を打ちながらな」

 「そ、そうだ……そして覚えている最後の、日……クリーダの遺品を目の前に突き付けられ……それで私は何もかもに絶望し……心を……閉ざした……」

 「そんな……」

 「くははは……! あの時の顔は傑作だった! 私をコケにするからそういうことになる! 記憶を失くしたオルノブに興味が無くなった私は奴隷に落としてやったというわけだ。大人しく差し出して居れば兵士長にでもなっていたろうにな」


 同じ人間のやることとは思えないことを平然と口にするゲイリー。オルノブさんはショックを与えられたことで記憶を失くしていたらしい。すると、オルノブさんがよろよろとゲイリーに近づき、上から拳を振り下ろし、殴りつけながら床に倒れこんだ。

 

 「あの時は……絶望した……信じてやれなかった……が、思い通りにならず……残念だったな!」

 「チッ……」


 口から血を吐きながら倒れたオルノブさんを睨みつけるゲイリー。やつの欲望から始まったオルノブさんとヘレナのお母さんの一連の出来事は、オルノブさんが一撃くわえることで幕を閉じたといえる。

 それでも謎はまだあるとバスレー先生が顎に手当てる。


 「でも、どうしてあんなに苦しそうなんでしょう? ヘレナちゃんのお母さんに執着していたことも気になります」

 「そこは僕が。恐らく、クリーダさんと顔を合わせて話をするうちに記憶が蘇って来たのでしょう。ずっと封じていた記憶が一気に戻って来たのです、過去と現在の記憶が入り混じって頭痛を引き起こしている、といったところでしょうか。それと――」

 「レッツェル!」

 「フッ!」


 突然メスを取り出してオルノブさんへと投げつけるレッツェル。転移魔法で止めるのも間に合わないくらいの速度で飛んでいき――


 「!? 黒いもやか!」

 「いつの間にか憑りついていたようですね」


 ファスさんが驚き、レッツエルが笑いながらそう言うと、もやは霧散していく。もしかしてダーシャちゃんを連れて逃げなかったのはもしかしたらその時にもやに操られていたから、か?

 そう考えると、倒したとはいえアイーアツブスは間違いなく今まで戦った中ではトップクラスのやばい相手だった。実能力はそこまで高くないけど、集団戦や絡め手になると真価を発揮するタイプだ。もし、最初に兵士と戦わされていたら危なかったかもしれない。


 「何をするつもりだったか分かりませんが、これでこの方は大丈夫でしょう。リース」

 「オッケー」

 「う……」

 「お前、それ……!?」


 レッツェルに言われリースがオルノブさんに袋から取り出した粉を嗅がせると、オルノブさんはスゥっと眠り、寝息を立てだす。あれは対抗戦の時にリューゼが眠らされた粉だ。


 「ふむ、とりあえずオルノブがまさかヘレナの父親じゃったとはな。確かにキリっとした目元は似ているかもしれん」


 するとダーシャちゃんが得意げに言う。


 「パパはかっこいいんだよー!」

 「なんでパパなの? 本当は違うんでしょ?」

 「だってダーシャを助けに来てくれたんだもん! どうしてパパが居ないのって聞いたら、パパは遠くにいてわたしが困ってたら助けに来てくれるんだってママが言ってた!」

 「あー、そういうことかあ」


 確証はないけど、ダーシャちゃんに聞かれた時ユクタさんが安心させるために言ったのだろう。死んだ、と言っても歳からして理解しにくいかもしれないし。


 「可愛い子ね、オルノブがパパ……か……」

 「お母さん?」

 

 ヘレナのお母さんが困った顔をし、ヘレナが声をかけていた。しかし、話をする前にレッツェルが俺に向かって話しかけてくる。


 「さて、そちらのご家族の件は終わったみたいですし、次はアフマンド王かラース君ですね。どうしますか?」

 「俺は最後でいい」

 「それじゃ私から話をさせてもらうよ、ラース殿」

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