第三百九十三話 全ての点が結ばれる時


 「くおーん!」

 「こっちか、アッシュ?」

 

 俺の背中に乗っているアッシュが腕を前に出して方向を差す。オルノブさんかダーシャちゃんのどちらかの匂いを覚えているのだろう。頼もしいやつだと思いながら三階の角を曲がったところでマキナが口を開く。


 「ん、何か聞こえてこない?」

 「俺には……」


 聞こえないと帰そうとしたところで、耳に悲鳴のような声が聞こえてきた。


 「いやー!」

 「や、やめるんだ!?」

 「大人しく、ね?」


 「今のは!」

 「ダーシャちゃんとオルノブさん、それとヘレナだわ!? まさかダルヴァの仲間が追っていたの?」

 「話は後だ、急ぐぞ!」


 俺達は一気に廊下を抜けると、声の聞こえてきた部屋に入っていく。


 「オルノブさん! ダーシャちゃん無事か!」

 「ヘレナ!」


 転がるように武器を構えて踏み込む俺とマキナ。そこには――


 「いやあ、パパを取っちゃいやあ!」

 「おお……こ、困ったな……」


 オルノブさんに抱き着いて泣き叫ぶダーシャちゃんと困惑顔で立ち尽くすアフマンド王達の姿があった。

 ど、どういう状況なんだ……? 俺がそう思っていると、アフマンド王が俺達に気づき、場の空気が変わったと安心したような声を上げた。


 「お、おお! ラース殿! 来ていたのか! 君たちがここに居るということはゲイリー達は……?」

 「はい、主犯のダルヴァ共々拘束しました。雷撃のファスと、レフレクシオンの大臣であるバスレーが監視をしております。それでこっちは……?」


 俺の問いに側近のアボルさんが肩を竦めて答える。


 「うむ、あなた達と一緒に居たオルノブはこちらにいるヘレナさんの父親なのだ。母であるクリーダさんの夫、ということになる。で、先ほど探していたオルノブが見つかり、ここへ連れてきたのだがそこの幼子が目を覚ました途端火がついたように泣き出したというわけだ」

 

 そこでヘレナが笑いながらダーシャちゃんの頭を撫でながら俺達に目を向ける。


 「感動の再会って訳にはいかなったわねえ♪ ほら、泣かない泣かない」

 「オルノブ……生きていてくれて良かった……再婚して子供ができたのね? それもそうよね、あれから十七年も経つものね……」

 「え、ええ!? いや、この子は私の子じゃないよ!? それより……君は私を知っているのか? 生きていてくれてってどういうことだ……?」

 「え? 私よ、クリーダよ? 忘れちゃったの? この子はヘレナ、あなたと私の子共よ」

 「子供……私はずっと奴隷で……う……」

 「パパ!」

 

 膝をつくオルノブさんが頭を抱えて呻きだし、ダーシャちゃんがヘレナの手を離れて駆け寄る。オルノブさんが酷い汗をかき、青い顔をしだした。


 「オルノブさんは記憶が無いみたいなんです。気が付いたらもう奴隷として生きている記憶しかないって言ってました」

 「そんな……ねえ、私よ? ごめんなさい……私を逃がした後、そこまで辛い目に合っていたなんて……」

 「う、うう……」


 頭を押さえてヘレナのお母さんを見上げるオルノブさん。何かを考えているようにも見えるけど、相当辛いのか目の焦点が段々合わなくなってきている。休ませないとやばい気がするなと、俺はアフマンド王へ言う。


 「話は後にしましょう、今は全員の無事を確認を急ぐべきです。それと私はアイーアツブスとゲイリーと話をしたいのですがどこかいい場所はありませんか?」

 「ゲイリー……」

 「どうしたのお母さん?」


 俺の言葉にヘレナのお母さんがサッと青ざめ、ヘレナが肩に手を置く。何かあるのか? それを尋ねる前にアフマンド王が少し考えた後口を開いた。


 「そうだね、ゲイリーを捕えていた地下牢にしよう。あそこなら人目がつかない。もちろん僕も一緒に行く。秘宝のことを聞かないといけないからね。アボル、オルノブを休ませてやってくれ。ラース殿は僕と来てくれるかい」

 「秘宝……? 分かりました、では地下牢の場所を教えてください」


 アボルさんが頷き、アフマンド王が後に続いてくれと歩き出す。俺も行こうとしたが、マキナとヘレナに声をかけておく。


 「こっちの後始末は俺がやるから、マキナはヘレナについていてくれ。ほらアッシュ、ヘレナとダーシャちゃんについていてくれるか?」

 「くおーん!」

 「あは♪ アッシュじゃない、助けてくれるの?」

 「くおん!」

 「それじゃ、お父さんが心配だから一緒にいこ?」

 「う、うん……」


 元気よく返事をするアッシュを撫で、ダーシャちゃんを抱っこするヘレナ。ダーシャちゃんは困惑しながらもヘレナにぎゅっと抱き着いて涙ぐむ。するとそこで、アボルさんが慌てた様子で喋り出した。


 「お、おい、オルノブ、動いて平気なのか?」

 「う、む……ゲイリー……ヤ、ヤツとは私も話がしたい……連れて行ってくれるか?」

 「何か思い出したの?」

 「君の……ことは、まだ……だけど、ゲイリーの、前の王のことは思い出した……私を捕えて奴隷にした男のことは……」


 すると、ヘレナのお母さんが決意をした顔で頷いて、オルノブさんに肩を貸して歩き出した。


 「お母さん?」

 「私も行くわよ。今度こそあなた一人だけに背負わせないわ」

 「あ、ああ……助かるよ……」

 「……それでは、全員で行くぞ。アボル、ここは任せた。僕の……いや、私の権限が必要な時だけ呼んでくれ」

 「はっ!」


 アフマンド王は再び歩き出し、俺達もついていく。一階のホールは少しずつ落ち着きを取り戻し、遺体はほとんど運び終わり、俺が吹き飛ばした壁のがれきや、馬車の残骸を片付けてくれている。

 階段を下り始めると、バスレー先生とリースが手を振って俺達を呼ぶ。


 「戻りましたか。アイーアツブスは気絶しましたが、まだ生きていますよ。セフィロ君の力で完全に身動きが取れないみたいです。それとこの右手が無いのがネックみたいですねえ」

 「血が出ないあたり、人間じゃなさそうだし何なんだろうな……?」 


 そこでリースが口を開く。


 「ま、胡散臭いんだよ十神者の連中は。とりあえずクリフォトの樹は全部灰になっているのを確認した。後はこいつをどうするか、だけどレッツェル何かいい手はないのかい?」

 「そうですねえ。ひとまず殺すのはやめておいた方がいいでしょうね。死ぬと、どういう理屈かは分かりませんが、死んだことがアポスに伝わるようですからねえ」

 「とりあえずその辺のことも後回しだ、こいつらを地下牢へ連れて行く。ゲイリー、器用貧乏の持ち主だった人のこと、話してもらうぞ」

 「……ふん、早く殺せば良い――!? お、お前はクリーダ!? 戻って来ていたのか……そうか、オルノブと出会ったか……」

 「ゲイリー……」

 「う、ぐううう……ゲ、ゲイリー……」

 「急ごう。オルノブさんが心配だ」


 俺が言うと、全員が頷き、気絶したアイーアツブスを抱え、ゲイリーを引きずるようにして地下牢へと向かうのだった。

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