第三百九十一話 恨みの目と芽

 

 「うおおおお!」

 「ぐがあ!? と、取り込んでやる……!」

 「!」

 

 アイーアツブスを突き刺して急降下をした俺。

 地面に叩きつけるつもりだったが、角度と勢いがついていたため城の壁へと向かっていた。傷口から血ではなく黒い『何か』を俺に纏わりつかせようとするが、そのまま突撃。

 叩きつけるつもりだったが、勢い余って壁をぶち破り城内へと突入した。


 「な、なんじゃ!?」

 「あ! ラース! それにアイーアツブス!?」


 遠くでファスさんとマキナの声が聞こえるが、そちらには目を向けず、アイーアツブスの右手を床に縫い付ける。その間も黒いもやが体にまとわりつこうとするが、身体に密着することは無かった。


 「がはっ……!? な、何故取り込めないんです、か……!? それにこの剣……ドラゴンの加護……!? まさかその胸当ても!?」

 「加護があるかは分からないけど、俺の装備はドラゴンの爪と牙で作って……ある!」

 「ぎゃあああああ!?」


 右腕に刺していた剣を振り抜いて切断すると、悲鳴を上げる。右手からは黒いもやはしゅうしゅうと音を立てながら、意思を持たず、ただ漏れるように空中へと舞い上がっていく。

 何かしようとしても、セフィロが枝を絡みつかせているので身動きも取れないため、アイーアツブスはこれで終わりだろう。


 「ラース!」

 「ああ、マキナ。こっちは何とか終わった……と思う。こっちはどうだ?」

 「それが……」


 と、マキナがある方向へ顔を向けると、そこには囚人のような体をした大男が血まみれで立ち……いや、立たされていた。

 そして大男を滅多斬りにしている人影を見て、俺は目を見開いて大声を上げた。


 「お、お前はレッツェル!? 生きていたのは分かっていたけど、どうしてここに!?」

 「え? ラース、あの人を知っているの?」

 「前にオリオラ領で包帯男と戦った時に、兄さんを殺そうとした犯人を教えたじゃないか」


 俺がそう言うと、マキナはハッとした顔で口に手を当てて言う。


 「思い出した……! トレント騒ぎに居た包帯男の正体の名前! ああ、ど、どうして気づかなかったんだろう……

 「ま、結構前の話ですし、仕方ありませんよ。わたしも忘れてました!」

 「そうハッキリ言うのもどうかと思うけど……。あ、いや、その前にあいつを止めないと! みんなこいつを頼むよ」

 「うむ。ディビットも降りてきたようじゃ、任せておけ」


 俺は見上げて空いた壁を見た後に頷き、すぐに転移魔法でレッツェルの横へ出ると、メスを持った手を掴んで止めた。


 「止めろレッツェル!」

 「おっと、ラース君ですか。……どうやらアイーアツブスを倒したようですね?」

 

 俺の後ろで倒れているアイーアツブスをチラリと見て口の端を曲げる。あの時のにやけ面は相変わらずかと思いながら続ける。


 「そんなことより、お前がどうしてここにいるんだ!」

 「ああ、君に用があって追って来たんですよ。もうすぐ終わるから少し待っていてください」

 

 そう言って俺の手を振りほどき、大男に斬りつけようとするレッツェルを慌てて止める。


 「だから止めろって! もうボロボロじゃないか!」

 「ふう……邪魔をしないでいただきたいのですがね? この男はサンディオラの前王、ゲイリー。百年前、君と同じ【器用貧乏】を持った次男を殺した男ですよ」

 「なんだって……!?」

 

 俺が大男に顔を向けると、ゲイリーと呼ばれた彼が剣を振り回してくる。俺とレッツェルは飛びのき距離を取ると、俺を睨みながら口を開く。


 「ぐう……血を流しすぎた……。お前もプルトと同じ器用貧乏を持っているのか……」

 「【超器用貧乏】だけどね。王族だとは知っていたけど、まさかサンディオラだったとはね」

 「ええ。それもこのゲイリーはプルトの実の兄ですから、まさに生き証人というやつです」

 「は!? 百年前の話だろ? 生きていたとしても、こんなに若いはずは……」


 俺が訝しんでいると、ゲイリーが俺に襲い掛かってきた!


 「【器用貧乏】……忌むべきスキルよ、ここで摘んでおく……!」

 「なんで俺を……!?」

 

 ゲイリーの一撃をサージュブレイドで受け、弾き返す。たたらを踏んで下がるが、ゲイリーはなおも俺に突っ込んでくる。


 「やれやれ、さっさと『賢者の魂』を抉り出しておしまいにしましょうか」

 「!? 『賢者の魂』だって!? この……!」


 レッツェルが笑いながら新しいメスを握りそんなことを言う。だけどそういうことならレッツェルに殺させるわけにはいかない。【器用貧乏】に恨みを持っているようだし、どうしてそんなことをしたのかを……俺は聞いてみたい。


 「レッツェル、俺は人を殺すことはしたくない。もし殺すというなら、お前から倒すぞ」

 「……くっく、甘いですねえ相変わらず。まあ、いいでしょう。ラース君に対するこの態度。プルトをあんな目に合わせた理由、僕も興味が湧いてきましたしね」

 

 ……? こいつ今、おかしなことを言わなかったか……?


 「死ね、小僧……!」

 「そうはさせない! たぁあ!」

 「むお!? まだだ!」

 

 ゲイリーは折れた剣を突き出しながら迫り、俺がそれを避けると、今度は空いた腕で殴り掛かってきた。それはオートプロテクションで弾くと、ゲイリーは驚愕の表情を浮かべる。


 「悪いけど、その程度じゃ俺は倒せない。<ウォータジェイル>!」

 「ぐ、うおおおお……! う、動けん!?」

 「ゲイリー様!? おのれ、小僧が……!」

 「いいところなんだから黙っていてくださいよ?」

 「ぐぎゃ!?


 小太りの男がどたどたと走ってくるも、レッツェルと一緒にいた女看護師、確かイルミだっけ? 彼女が足を引っかけて転ばせると、サンディオラの兵士が拘束する。


 「くっく……これで逆クーデターの首謀者も掴まりましたし、この騒ぎも終わりですかね」

 「レッツェル、お前は何を知っているんだ? 福音の降臨のメンバーなら、アイーアツブスを助ける側だろう? それと俺に用事ってなんだ? 何を企んでいる」

 「質問が多いですよ。ま、そのあたりは落ち着いてからにしましょうか、けが人も多いようですしね」

 「……」


 俺が無言でレッツェルに目を向けていると、背後から声が聞こえてきた。


 「レッツェル……どうして私を助けない……! アポス様に逆らうつもりですか……!」

 「おや、アイーアツブスさん、何か勘違いしていませんか? 僕はメンバーではありますが、アポスの部下ではないんですよ? それに十神者などと大層な名前を持っているんです。それくらい何とかしてください」

 「貴様……!」


 アイーアツブスが苦しむ姿を見て笑うレッツェル。こいつ、本当に何のつもりで俺に会いに来たんだ……?

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