第三百八十九話 レッツェルの笑み


 「でやあ!」

 「……ハッ! せい!」

 「やるな小娘……! む!」

 「‟雷牙”浅いか、確かにその図体で身のこなしはやりおるわ」

 

 ゲイリーの攻撃を回避しつつ、私は懐に飛び込んで肋骨を狙う。

 鎧をまとっていないこの男相手ならどこに当たっても有利を取れるかと思っていたけど、接近してきたときと同じく、素早く剣の柄で拳をブロックする。

 続けて師匠が様子見で雷牙を放つが、これも振り切った剣の腹で防ぎ、バヂィンという音と共にゲイリーが後ろに下がる。


 「まだ終わっていませんよ?」

 「チッ、うっとおしい! ‟剛剣”!」

 「こっちにも居ますがね? ヒュ!」


 続けて女の人と、レッツェルさんがゲイリーへと迫る。女の人はショートソードと魔法、レッツェルさんはメスと体術を駆使して攻めるも、きちんと自分の状況を見据え、二人が死角に入らないよう攻め続ける愚策はしていない。


 「そら、吹き飛ぶがいい! ‟旋風”!」

 「うひゃ……!?」

 「イルミ、無理をしないでいいですよ? こいつは僕が始末するつもりだからね、はははは!」

 「加勢します! 【カイザーナックル】!」

 「む!? はああああああああ!」

 「嘘!? きゃあ!?」

 「ほう」


 イルミと呼ばれた女性が切り裂かれながら吹き飛んでいく。それを見ながらレッツェルさんは助けに行かずそのままゲイリーの腕関節へメスを刺すため腕を素早く振り下ろし、ゲイリーがメスを避けた隙に私がカイザーナックルを放った。

 だけど、瞬時に私の方へ向き、衝撃波をぶつけて相殺した! 私は大きく後ろに吹き飛び、仲間がやられて笑っていたレッツェルさんは一歩下がって目を細める。


 「……剣が折れた、か。手強い。ダルヴァ、兵はこれしかいないのか? 少し分けねばまずい」

 「は、はひ!? お、お前等こいつらを倒せば何でも望みを叶えてやる! 行け!」

 

 気後れしていた数人の兵が武器を構えなおし、じりじりと近づいてくる。数はそれなりだ。しかし彼らが臨戦態勢に入ると同時に、城の入り口で私たちのやりとりを呆然と聞いていたサンディオラの兵士たちが立ち上がる。


 「この期に及んでまだ……ゲイリーに手助けをするか……! 動ける奴は俺に続け、あいつらは俺達が止める!」

 「おお……!」

 「うおお!?」


 こちらも傷ついているけど鞭うって立ち上がり、兵たちはダルヴァ達に向かっていく。それを見ていた師匠が、目を細めて口を開く。

 

 「というわけじゃ。確かにお主は素早く剣も鋭い。しかし、ワシらも少しは腕に自信があるし、こっちの胡散臭い医者も実力はある。この数に勝てるとは思わんことじゃな」

 「わたしのことも忘れないであげてください!?」

 「バスレー先生は下がっててください! ……師匠の言う通り、あなたみたいな人相手には容赦するつもりはないわ。降参するなら――」


 と、私がゲイリーに指を突き付けると、レッツェルさんが笑いながら私の手を下げながら笑う。


 「いえいえ、降参なんてさせませんよ。こいつは四肢をひとつずつ切り落として絶望を味あわせないといけませんから。そうでないと彼、プルトが浮かばれません」

 「それが器用貧乏の……?」

 「持ち主でしたね。そして間接的にとはいえ、この男に殺されたのは間違いありません」


 そう言ってメスを投げると、ゲイリーは無言でそれを弾く。すると、怪訝な顔をしながら新しい剣を拾ってレッツェルさんに突き付ける。


 「……何故、この国の者でもない人間が知っている? あいつの名前は公になっていない。それに本当にプルトを知っているような口ぶり……貴様、本当に何者なのだ?」

 「生きながらえているあなたをして、些末なことですよ。色々なスキルがありますからねえ。霊と会話ができる人もいるくらいです」


 さも面白いといった感じで手を広げて言い放つ。確かにゲイリーの言う通り、友達のことのように話すのは違和感がある。

 確かにウルカのように霊と話ができるのであれば無念を晴らして欲しいというようなことはあり得るけど……


 「にしても、だ。私の持つ『賢者の魂』についても知る口ぶり。気味の悪い男だ」

 「くっく……あなたに言われたくありませんねえ。……一応、聞いておきましょうか。なぜ、プルトを追放したのでしょう? 僕が言うのはなんですが、国を発展させるには飼い殺しでも良かったのでは?」

 「……知る必要はないだろう」

 「そうじゃな。こいつを拘束して賢者の魂を奪う。尋問はそれからでも良かろう。


 ゲイリーはそう言って構えると、師匠も構えて返す。

 するとレッツェルさんは白衣を翻しながら首を鳴らしながら口を開いた。


 「ま、そちらのお婆さんが言う通りですが……僕はこいつを殺すつもりです。ああ、あなたたちは無理をしないでいいですよ。ラース君の仲間なら、こういう場面は苦手でしょうからね」

 「え?」

 「な……!?」


 レッツェルさんがにやりと笑った瞬間、視界から姿を消した。呆然としていた私と、見えていた師匠の声が重なり、次の瞬間――


 「……!? 貴様!」

 「避けますか、でも掠っただけで危ないですよ? もう面白い話は聞けそうにありませんし、ここに出てきたことを後悔しながらゆっくり死ぬといいです」

 「ぐ……まだだ……!」

 「まだ動けますか。リース特製の麻痺毒なんですがね。ま、そんな鈍い動きでは僕は捉えられませんが! あは、あははははは!」

 「ぐがああ!?」

 

 「あ、ああ……」

 「こ、こやつ……!? 見るなマキナ! バスレー!」

 「わかってますよ!」


 不意に私の視界が塞がれたが、最後に見えた光景……それは、レッツェルさんがメスで太ももを突き刺し、ズタズタに引き裂く姿だった。……とても楽しそうに……人間をあそこまで楽しそうに切り刻める人がいるなんて……!

  

 そう思い体が震えた瞬間――


 ドゴォォォン! という轟音と共に、空中から何かが城に激突し、人影が転がり込んできた!

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