第三百八十八話 器用貧乏のこと
――器用貧乏
私の彼氏であるラースが持っているスキルで、ハズレだと称された残念なスキル。
ラースのは【超器用貧乏】らしいんだけど、プレートを見せてもらっても『超』の文字は確認できない。 だけどあのラースが嘘をつくとは思えないし、超器用貧乏でも器用貧乏でもラースはラースなので気にすることもないと思っている。
逆の意味でレアなスキルと認識されているけど、一緒にいるラースはとんでもない実力を持っていて、覚えも早い。
そんなとてもハズレと呼べないスキルを、この国の王子が持っていたとレッツェルさんが口にすると、ゲイリーは無言で眉だけを動かした。
「古い話だ。私も祖父に聞いたことがある程度の昔話だ」
「ですねえ。そしてその祖父は三兄弟の長男で王位を継承しましたね」
「それがどうした? 長男が継ぐのはどこの国でもあることだ。三男は論外、次男はハズレスキルなど、国を治めるのに示しがつかん」
ふん、と鼻を鳴らすゲイリー。世間体というのもあるけど、長男が家を継ぐのはよくあること。ラースの家もデダイトさんが継ぐことになっているしね。だけど、ラースの能力なら家を継いでも上手くいっていた可能性も高い。
「ラースも同じ……いえ、ちょっと違うけど【器用貧乏】のスキルを持っているわ。でも、六年間一緒に過ごしてきたけど、ハズレスキルなんかじゃない……」
「くっく……そう、君の言う通り、ラース君は優秀だ。恐らく、どこかの国の王になってもおかしくないと僕は思う」
「え!?」
レッツェルさんがびっくりするようなことを言い、私は声を上げる。すると今度はバスレー先生が目を細めて口を開く。
「……あなた、何者ですか? マキナちゃんと一緒でラース君とはそれなりに付き合いが長いですけど、あなたのような者を見たことはありませんよ?」
「まあまあ、もう少し話させてください。で、なんでしたっけ? そうそう、次男が器用貧乏を持っていた、ということでしたね。実はその男もラース君と同じでとても優秀だったんですよ、しかしとある理由で追放された」
「とある理由……?」
アフマンド様がつぶやくと、レッツェルさんは無言で頷き、続ける。
「そう、理由。彼には夢があった。それはこのサンディオラを根本から改革するという夢でしてね、奴隷制度の廃止、荒廃した土地の開拓、水路の工事といったものを次々と提案していきました」
「それはすごいな……もし実現していれば私のような者はいなかったというわけか……」
ダーシャちゃんを背負ったオルノブさんがそんなことを呟くと、ゲイリーが剣を突き付けて激昂する。
「だからそれがどうしたというのだ!! そんなことがハズレスキルを持つ者に出来るものか!」
「いいえ、出来たんですよ。だから彼は追放された。何も持たされず、目を潰されてたったひとり荒野にね」
「な!?」
私たちは揃って驚愕していた。
というか良い方向へ向かわせようと奮闘している人を追放!? 一体何考えているの!?」
「貴様……どうしてそれを」
「知っているのか、ですかね? ま、隠し事はいつかは暴かれる、そういうことですよ。さて、そんなわけでこの国は長男が継ぎ、奴隷制度が無くなろうとしていた矢先に次男が追放。それに反発した奴隷と血なまぐさい戦いが繰り広げられた」
「授業じゃそんなこと教えてもらってないわ……」
「それはもちろん王族の一方的な虐殺なので、隠すのはたやすいですからねえ」
くっくと笑うレッツェルさんに、ゲイリーが剣を持ち変え、ゆっくりと歩きながら口を開いた。
「よく調べたものだな? しかし、すでに終わったこと。今更そんな話が何になる? お前たちはここで死に、この国は私が再び支配する」
「そうですね、確かに終わったことでしょう。しかし、彼の中ではまだ終わっていないのですよ。ラース君たちを探してこの地に来ましたが、僕にはもうひとつ、目的がありました」
「……そんな話は聞いていませんよ、先生」
隣に立っていた女性が口を尖らせて尋ねる。先生……? そういえばあの人には見覚えがあるような……? 私が女性に目を向けていると、ポケットから手を出したレッツェルさんが笑いながらではなく、真面目な声色でゲイリーへ言う。
「ゲイリー、あなたが生きているのは分かっていました。これでようやく、彼の無念を晴らせるというものですよ」
「何……?」
「彼が偶然作った『賢者の魂』返してもらいますよ? それを使って生きながらえている長男ゲイル王よ」
「……!?」
その時、初めてゲイリーの表情が驚愕に変わった。それと同時に、タン、とレッツェルさんに向かって斬りかかる!
「速い! あの巨体で距離を一気に……! <ライトニング>!」
「効かぬわ!」
「レッツェルさん! 師匠行きますよ!」
「うむ!」
私程度の魔法じゃダメか……! レッツェルさんに肉薄するのを黙ってみているわけにはいかないと、ライトニングを放った瞬間から駆け出していた。そこで、ハッしたダルヴァが号令をかける。
「よ、よし! ゲイリー様に続け! アフマンドの首を取ったものは領地と金を授ける!」
「ど、どうする……?」
「お、俺はイチ抜けだ! 得体がしれない国王なんて御免だぞ!? ……ぎゃあああ!?」
ダルヴァの下から逃げ出した兵士が衝撃波に背中を斬られて倒れこむ。レッツェルさんへ向かいながらゲイリーが叫ぶ。
「なら死ね! 白衣の男、私のことをどこで知った! いや、どうでもいい、賢者の魂のことを知った貴様等は女も含めて皆殺しだからな!」
「そう簡単にできるかしら!」
「加勢しますよ、僕の獲物ですからねえ。二年前、簡単に捕まったのも訳がありそうですが?」
「知ったことか!」
私と師匠、そしてレッツェルさんの三人はゲイリーとの激闘を開始した。そこで、バスレー先生とオルノブさんがアフマンド様の護衛をするためフォローに入る。
◆ ◇ ◆
「さて、マキナちゃんとファスさんが居ればアレは何とかなるでしょう。あの医者っぽいのと助手っぽいのもタダ者じゃ無さそうですし。アフマンド王はこの場を離れた方が良さそうですね」
「し、しかし、他国の者が戦っているのに僕が逃げ出すなど……」
「では不躾ながら、この娘を連れて行ってはくれませんか? 外にいるアイーアツブスに人質にされたのですが、何とか救出しました。ここは戦場になるので、どうか……」
「う、むう……」
アフマンドはダーシャとゲイリーを見比べて渋い顔をする。そこでアボルがアフマンドへ声をかけた。
「アフマンド様、あなたが死んでしまえば奴隷解放や改革はすべて水の泡になるのですよ! この幼子の未来も……ん? お前、どこかで」
「私が何か? あ、そうか……私は奴隷でして、町から逃げ出した者です。罰は受けます、しかしこの子に罪は無いのでどうかご慈悲を」
「あ!? お、お前はオルノブではないか!?」
「は? え、ええ、その通りですが、奴隷の名前を憶えているのですか?」
「違う! お前を探していたのだ、むう、アフマンド様これは僥倖。やはりこの場を離れるべきかと!」
「そ、そうだな……すまない、僕は一度後退する!」
「お、お待ちください!? 私は残って戦いますぞ!?」
「いいから来い!」
オルノブは分からないといった顔のまま、引きずられるように階段を駆け上がって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます