第三百八十七話 ゲイリーとレッツェル


 ――師匠が目を向けた先、そこには少し小太りの男と、武装した兵士。そして髪も髭も伸び放題でボロボロの大男が後ろに立って不敵に笑っていた。

 そこで小太りの男が一歩前に出て大声で高笑いを上げる


 「ふははは! アフマンド、貴様がもたもたしている間にゲイリー様は解放させてもらったぞ!」

 「また倒せばいいだけのことだ!」

 「それが難しいことをお前は知っているはずだがな? 見たところ魔法使いはいないようだし、剣や槍で私に勝つことは……できんぞ!」

 「! みんな散れ!」

 

 ゲイリーと呼ばれた男が剣を掲げ、気合と共に振り下ろすと空気を切り裂き、衝撃波が飛んでくる! 射線上に居た私は師匠を抱えて飛びのくと――


 「ひひーん!?」

 「ぶるる……」


 馬車が真っ二つになり、壁に亀裂が入った。


 「なんて威力のスキル!?」

 「無事ですかマキナちゃん! ジョニー達、向こうへ逃げなさい! アッシュも!」

 「く、くおーん」

 

 バスレー先生が身を低くして移動し、壊された荷台から馬達を解放してくれていた。そんな中、ゲイリーが口を開く。


 「ふん、今のはスキルではないぞ? まあ、スキルを使って剣を振っているから近いものはあるかもしれんがな。私のスキルは【剣力】だ。剣を使った技ならお手の物……先ほどの技はソニックブレードと名付けているな」

 「特段珍しいスキルでもないのに凄いわね……」


 私はポツリと呟く。【剣力】は【鑑定】のように同じスキルを持つ人が数人居るくらいありふれたスキルだ。剣においては特化して使いこなせるため、努力をそれほどしなくても戦える。だけど、一振りで衝撃波を出せるような人は初めて見た。


 「ふっふ、さして珍しくないから油断をするか、今のを見て戦慄するものが多い。故に私は相手にスキルを暴露する。さて、一瞬でカタがつきそうだが早く着替えたいのでな? ダルヴァ、女達は味方か?」

 「いえ、恐らくアフマンドの助太刀かと……おい貴様等! 我が王が復帰したのだぞ、早く起き上がってアフマンド達を殺せ!」


 ダルヴァが大声を上げるも、外で黒いもやの兵と戦っていたダルヴァ陣営の兵は首を振る。


 「や、やるなら勝手にしろ! 俺達はうんざりだ! やっぱり福音の降臨なんて信じるべきじゃなかったんだよダルヴァ! あいつのせいで仲間がおかしなことになったんだぞ!」

 「ゲイリー様を助けたんだ、もういいだろ! ウチのカミさんは返してもらうぞ!」

 「褒美はいらねえ、変わりに俺達はなんもしねえからな!」

 「ぐぬぬ……貴様等……」

 「構うなダルヴァ。裏切者は死。どうせこの場にいる人間は女以外皆殺しだ」

 

 にやりと笑うゲイリーに私は背筋に悪寒が走る。それはバスレー先生も思っていたようで激昂して声を荒げていた。


 「前の王様だか知りませんが、きったない恰好のおっさんに手籠めにされるほどこっちは落ちぶれていませんよ! それに皆殺しとは大きいことを言いましたね。魔法が苦手なようですがディビットさんは外に居ます。それにラース君も居ます! 抵抗しない方が身のためだと思いますよ」

 「ほう、威勢がいいな。お前のような女を飼いならすのは面白いものだ」

 「ひい、逆効果!?」


 舌なめずりをするゲイリーを見て、バスレー先生が壊れた馬車の陰に隠れながら呟いていると、アフマンド様の近くにいた白衣の男が口を開く。


 「くっく、まあ、確かに強いですね。一国の王だけのことはあります。しかし、元国王の割に地味なスキルですねえ」

 「……なんだ貴様は……? この国の者では無いようだが……まあ、殺すことに変わりはないがな!」

 「おっと」

 「……」


 避けた!? 白衣の男はほとんどノーモーションで撃ってきた衝撃波をあっさりと、それも涼しい顔で躱した。師匠よりは遅いから私でも回避できると思うけど、あそこまで完全に見切るのは初見じゃ無理ね。

 その芸当が難しいことを知るであろうゲイリーも眉をぴくりと動かし、白衣の男がただ者では無いことを悟っているみたいね。


 「師匠、立てますか?」

 「うむ、すまんな。この黒いもや、どうやったら外れるのか分からんわい」


 師匠が渋い顔でもやを雷で攻撃するも、消えない。私も拳を叩きつけてみるけど、嫌な感触を味わうだけで霧散することは無かった。すると、先ほど衝撃波をあっさり回避した白衣の男がこちらに振り向き声をかけてきた。

 

 「おや、そんなところに【不安定】が? ふっ!」

 「!」

 「む……」


 白衣の男が医療用で使うメスを師匠に投げると、黒いもやが一瞬で霧散し、師匠はゆっくり立ち上がり感触を確かめていた。


 「助かった、大丈夫のようじゃ」

 「それは何より。ラース君が居ない今、これを対処するのは難しいですからね」

 「ラースを知っているの?」

 「ええ、お世話になったことがありますからねえ」

 

 白衣の男はそう言って、くっくと笑いながらゲイリーの方へ向く。


 「……あの男、やりおるわ」

 「はい。ラースのことだけじゃなくて私達のことも知ってそうな感じな目をしてましたけどね」

 「ほう、気づいたか」 


 師匠が私の頭に手を乗せて微笑む。

 そこへ白衣の男がさらに言葉を続ける。


 「ラース君で思い出しましたが、そういえばサンディオラには過去、将来を有望視された王子が居たんですよね」

 「……お、おい、レッツェル殿。急になんだ? 昔話をしている場合じゃないぞ!」

 「まあまあ、折角前の王と今の王がいるので少しだけ付き合ってくれませんか?」

 「む、むう……」


 アフマンド様がアボルさんだったかな? 側近の人に目を向けるとアボルさんも困った顔をして首を振る。


 「何をいきなり無駄話を! ゲイリー様、一気に叩き潰しましょう!」

 「……少し待て。ディビットが来るまでの時間稼ぎのつもりか?」

 「いいえ。僕の用事は別にあるのですが、前の王が居るなら話してみようと思いまして」

 「……」

 「無言は肯定と見なしますよ? さて、百年くらい前でしたか。この国には三人の王子が居ました。長男と三男は王族にしてはそれほど目立ったスキルを授からなかったようですが、次男だけは違いました。彼はレアなスキルを授かっていたのです」

 「レアな……?」


 私が誰にともなく呟くと、レッツェルさんは言う。


 「ええ、第二王子は【器用貧乏】という、なんでもできるスキルを持っていたんです」

 「……!?」

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