第三百八十二話 アイーアツブスの余裕


 「俺に気づいているな……!」

 

 マキナやファスさん、バスレー先生が爆走するクリフォトの前に回り込み停止させなにやら問答をしているのが見えていた。

 しかし次の瞬間、ダーシャに手を振り下ろそうとしているのが確認でき、俺は急降下する。直後、暗闇の中なのに俺と目が合ったような感覚があり、最初から気づいていたのだろうと推測される。


 「あははははは! メインとなる人間が居ないのだからこちらだって警戒しますよ! 絶望にうなりなさい!」

 「こっちだって考えなしに行動したと思うなよ! <跳躍>!」


 アイーアツブスは空いた右手で【不安定】であろう黒いもやを俺に放ってきた。暗闇では確かに効果的だけど、転移魔法で移動すれば脅威ではなくなるのだ。

 そして、軽い浮遊感と共に体が消失し、刹那の瞬間、目の前にアイーアツブスの顔が現れた。


 「転移魔法!? もうこれだけ正確な移動ができるのですか! 伊達に我々の計画を潰したわけではなさそうですね」

 「言ってろ、お前もここで終わりだ!」

 「ラース!」


 黒い刃を持った腕を掴んでねじりあげると同時に、クリフォトの足元にマキナ達も到着した。木の幹に絡めとられたダーシャちゃんを助けてもらうべく、俺はアイーアツブスを掴んだまま空中へと舞い上がる。


 「夜のデートにしては強引じゃありませんかね! それ!」

 「やることが分かっていて当たるやつはいない! <ファイヤーボール>!」

 「【不安定】ですねえ。おっと、あの子は回収されましたか」


 左腕を掴んだままなのでお互いゼロ距離で技の応酬となるが、他に魔法を使えないのか【不安定】ばかりを打ち出してくるので俺は難なくよけられる。しかし、こっちの魔法も打ち消されるので、一進一退といったところだ。


 「あとはお前を倒すだけだ」

 「くっく……確かに人質は取られましたが、あなたたちを絶望に落とすことはまだ可能ですよ?」

 「ハッタリ、というわけでも無さそうだけど、それをさせるまえに倒せばいいだけだ……!」


 俺は掴んでいた左手を大きくぶん回し、地面に叩きつけるようにアイーアツブスを投げ飛ばした。上から見下ろす形になり、手をかざす。


 「お前には聞きたいことがあるけど、まずは無力化させてもらうぞ! <ドラゴニックブレイズ>」

 

 魔法を撃った瞬間、アイーアツブスはにやりと口を三日月形に曲げて笑い口を開く。


 「悪くない手ですよ! 上空なら仲間の手出しは難しいでしょうがお互い実力を出せるというもの。相手が私でなければこれで終わっていたでしょうが――」

 

 瞬間、黒いもやがアイーアツブスを覆い体を飲み込んでいく。ドラゴニックブレイズが直撃するも、霧散したもやの下にはアイーアツブスは居らず、マキナの悲鳴が聞こえてきた。


 「ダ、ダーシャちゃんが!?」

 「くっ、わたしとしたことが……!」

 「あっははははは! これでこの子はおしまいです! さあ、次はあなたたちの番ですよ!」

 「おのれ、一体どこから!」

 「オルノブ、気を付けるのじゃ!」


 慌てて急降下すると、オルノブさんが斬りかかり、ファスさんがアイーアツブスを蹴り飛ばしているところだった。しかし、バスレー先生が抱いているダーシャちゃんの胸には深々と黒い刃が……間に合うか!?

 そう思ったところで、バスレー先生が声を上げる。


 「……いや、どうやらそうはならなかったみたいですね!」

 「はあ? それだけ深く刺さっているのにそんなはずありません。現実はみましょうよ、美人さん!」

 「いいえ、これを見なさい!」

 「ああ!?」

 「くおーん♪」


 バスレー先生がダーシャちゃんの服に手を入れ、中から何かを取り出し掲げると、ラディナの背に乗ったアッシュが両手を上げて喜ぶ。


 そこにはなんと――


 「ゴルゥ……」

 「な!? ロックタートル……!? な、なぜここに!?」

 

 ――甲羅に黒い刃が刺さったロックタートルの子供が掲げられていた!


 「運が良かった、というべきでしょうね。アッシュとロックタートル、それとダーシャちゃんは一緒に遊んでいましたからクリフォトにさらわれる時、咄嗟に掴んでいたのかもしれません」

 

 と、昼に子守をしていたバスレー先生が笑う。冷や汗をかいているところを見ると、本当に偶然だったようだ。


 「ぐぬ……そんなことが……! しかし、まだ人質を取り返されただけ……女の子の心配も結構ですが、そこのお婆さん、足は大丈夫ですか?」

 「……!」

 「師匠!?」

 「かまうな! ラース、ロックタートルを治してやれ!」

 

 ファスさんの足に絡みつく黒いもやがファスさんの体を這いずり動きを封じていく。マキナが黒いもやを攻撃するも剥がれない。


 「助かったよ、ありがとうな」

 「ゴル!」


 単純な殺傷のみを目的としていたのか、ロックタートルは傷を癒すとすぐに元気になり、バスレー先生の頭の上に移動して片手を上げる。


 「さて、本気でお相手をしたいところですが私も少々疲れてきました。口惜しいですが、ここでお別れです」

 「逃がすか! <跳躍>」

 「チッ、使いこなしてますね。しかし、魔力消費も高いその魔法を連発するのは難しいはず!」

 「させるか……!」


 転移魔法で接近すると、アイーアツブスは予測していたようで俺の出現する地点に右手を伸ばしてくる。俺は咄嗟に剣を抜いて、手首付近を下から刺し貫いた。


 「がっ!?」

 

 今までは違い、明らかに苦悶の表情を見せるアイーアツブス。右手を使えない今がチャンスだと思い、魔法を撃とうとしたところでアイーアツブスに異変が起きた。


 「あ、が、……よくも、やってくれ、ましたね……!! 身体が……保て――」

 「うわ!? <跳躍>!」


 恨みの目を向けてきた瞬間、手首からとんでもない量のもやが噴き出てくる。俺に覆いかぶさろうともやが迫ってきたので転移魔法でマキナ達の下へ戻った。


 「おのれ……! くそ……まさか本気で逃げることになるとは……! 城に行けば大量の人間がいるはず……そこで補給を……」

 「<ファイヤーボール>!」

 「【不安定】……ですよ……ぐっ……これ以上は……!」


 魔法を霧散させた後、アイーアツブスは口や手首からもやを出しながら……空を飛んだ。まるで重さがないかの如く、ふわりと。そしてそのまま猛スピードでこの場を去っていく。


 「……逃がすものか……! だけどどうすればあいつを倒せる……? とりあえず追おう。馬車に乗り込め!」

 「師匠、しっかり!」

 「すまぬ……!」


 膝をつくファスさんを抱えて荷台に乗り込み、続いてバスレー先生もダーシャちゃんを連れて荷台へ。俺が御者台に座ると、オルノブさんが声をかけてきた。


 「ラース殿、私が御者を変わろう! 悔しいが、あの女相手に何もできる気がしなかった……回復に努めてくれ!」

 「ありがとう、なら頼むよ」


 ダーシャちゃんを助けにきたものの、殆ど何もしていないと歯噛みするオルノブさん。このまま帰ってもらってもいいんだけど――


 「馬車がなければ帰れますまい。ダーシャは私が守ります。あれを野放しにはできません!」


 と、アイーアツブスのとどめを刺すことを優先しろと言ってくれた。

 補給、の意味が不気味だけど、何とかして倒すしかない、か。

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