第三百七十九話 血の狼煙
「さて、町入るのにクリフォトはまずいですね“リ・ターン”」
「グォォォ……」
ガリアーダの村を出たアイーアツブスは、ヤークの町付近まで近づいていた。クリフォトを種に戻してダーシャを抱えると、町の方角を見ながらひとり呟く。
「ふむ、この子供はどうしましょうかね? このまま置き去りにしてもいいですが……」
少し考えたのち、にやりと嫌な笑みを浮かべて町に向かって歩き出す。
「どうせあの連中は追いかけてくるでしょうし、このまま連れ歩くのが良さそうですかね。いざとなれば盾にすればよし。もし追いかけてこなかったら……連れて帰って福音の降臨の信者にしますか。子供は洗脳するのが簡単ですし。それにしてもあの忌々しいトレント……よくも私の胸に穴を……!」
不利になることは無いだろうと踏んで、ダーシャを手元に置くことに決めたアイーアツブスはセフィロにやられた傷を見ながら顔をゆがめて唾を吐く。少し漏れているもやを隠すように進んでいると、やがて町へと到着し、そこで門番に止められ、話しかけられた。
「……僧侶……いや神官か? そんな装備で馬も無く荒野を歩いてきたのか?」
「ええ。これも神の試練ですから、苦でもありません」
「あんたのような可愛い娘なら野盗の類に襲われてもおかしくないが、無事で何よりだ。その子は?」
門番が招き入れようとした瞬間、背にダーシャが居ることを見つけ尋ねると、アイーアツブスは笑いながら答える。
「この子は我が教徒見習いです。世界のあちこちで信者を集めていまして、今回は親の居ない子を保護した次第です」
「ほう、それは素晴らし……!?」
子供の顔を覗き込んだ門番は驚愕の表情を浮かべて、口ごもる。
「なにか?」
「い、いや、なんでもない……その子には親がいないのか……」
「ですねえ。では、長旅で疲れているのでこれで」
「……ああ」
アイーアツブスはそのまま町へ入っていくと、雑踏の中に身を投げ入れた。離れたところで、質問を投げかけていた門番がもうひとりの仲間に声をかけた。
「見たか?」
「ああ。ありゃダーシャだった、よな? ってことはあいつがクエラの言っていた、ディビットさんの仲間が追っているヤツか……よし、俺はあいつを追う。恐らく宿だろうが、泊りを確認したらそのままクエラへ報告に行く。ここは頼むぞ」
「わかった。気を付けろよ」
◆ ◇ ◆
「――というわけで、クエラの言っていた人物が宿に来たぜ。ダーシャを連れていたから間違いない」
「ご苦労さん、助かるよ。ということらしいけどどうする?」
門番に話を聞いたクエラさんが俺達に振り返り尋ねてくる。このまま襲撃をしてダーシャの救出をしたいところだけど、俺は手を上げて返答する。
「ここでの戦闘は町に被害が出る可能性が高いから、様子を見てくれれば助かるかな。どこかへ行くとか聞いてない?」
クエラさんごしに門番へ尋ねると、そういえばと顎に手を当ててから口を開く。
「宿屋の主人が何の気なしにどこへ行くのか聞いたみたいでな。明日、サンディオラの城へ向かうらしいぞ」
「となると、近くにダルヴァがいる可能性が高いな。俺は先行して城へ行ってもいいか。まだことを起こしていないようだしな」
「そうじゃのう、ディビットが先行して、城に行き、ワシらがアイーアツブスの後を追う。町の外へ出てから攻撃じゃな」
ディビットさんとファスさんが揃って提案し、俺はうなずいて承諾する。実際対峙した際はファスさんとマキナに目を向けさせ、俺はレビテーションで上空からダーシャの確保に尽力することを伝えた。
「任せて。もしダーシャちゃんを殺す気なら私は飛びかかるつもりでいるわ」
「頼む。セフィロはこの前みたいにクリフォトが現れたら、背後から狙うつもりで動いてくれ。小さいお前ならクリフォトがいい壁になる」
「!」
「くおーん!」
「アッシュは荷台で大人しくな? まだ戦えないだろ」
「くおーん……」
「グルル……」
やる気を見せて二本足で立つアッシュにぴしゃりと言い放つと、がっくり項垂れ弱弱しく鳴いた。そこにラディナがやってきて顔をなめて慰めたのが微笑ましい。
「シュナイダーもかく乱を頼む。足の速さならここにいる全員を含めても一番だしな」
「うぉふ!!」
「頑張ろうねシュナイダー。それじゃ、移動する準備をしておかないと! 大丈夫、【不安定】は受けないよう戦えるわ」
マキナが張り切って腕に力こぶをつくり、俺たちは準備に取り掛かり、門番は何か分かればまた連絡すると去って行く。
セフィロいわく『生きていてはいけない存在』と言わしめるアイーアツブス。セフィロの夢から目覚めた後、夢の中で話したことを覚えていたマキナと共にアイーアツブスを倒すための考察などを行っていたりする。
どちらにせよ勝負は明日だと気を張っていたけど、事態はまずい方向に進んでいた。
その夜、明日のために就寝していた俺たちのは、慌ててドアを叩きながら大声で叫ぶ人の声で目が覚めた。
「た、大変だ! 城が、城が赤く染まっている!」
「なんだって……!?」
「なんだ……?」
俺たちはクエラさんの後を追って暗闇の町へ出ると、ある方角のみ妙に明るいことに気づく。
「城が……燃えている……!?」
「チッ、ダルヴァめ、ついにやりやがったか! おい、ラース、俺は城へ行く。アイーアツブスの方は任せるぞ!」
「あ、待ってくれディビットさん!」
俺が止めるより早く、ディビットさんはその場から姿を消した。一度行ったことがあるはずなので、転移魔法で城へ行ったのだろう。本来なら心配することも無いのだが……
「魔力はまだ回復しきっていないけど大丈夫か……?」
「なに、やつも考えなしに行ったわけでもあるまい。それより、こうなると――」
と、ファスさんがそういった瞬間、別の男がまた駆け込んできた。
「クエラ! 見張っていたあの神官服の娘が町を出た、歩いて出て行ったのにすぐに見失った、すまない」
「まあ夜の闇に紛れてクリフォトを出されればそうなるから気にするでない。ラースよ、少し予定が狂ったがやることは変わらん、追うぞ」
「ああ!」
俺たちは馬車に乗り込み、夜の荒野へ躍り出た!
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