第三百七十七話 ヤークの町へ


 少しの浮遊感を覚えた後、次の瞬間には景色が変わり、暑い風と陽ざしを受ける。目の前にはガリアーダの村とは違い、石の壁に囲われた町が見えた。


 「<オートプロテクション>流石に町中じゃないか」

 「ふう……馬鹿、当たり前だろうが。この国はテイマーは少ないからな、いきなりこんなでけえクマが町のど真ん中に出てきたらパニックになっちまう」


 あまりテイムに向かない魔物が多いせいだと付け加え、ディビットさんが御者台に座ってタバコをふかす。

 いつもの調子に見えるけど、消耗しているのがわかるくらい暑さとは違う汗を流していた。


 「私達が最初についた町とは違うわね、大きいわ」

 「くおーん!」


 アッシュを抱っこしたマキナが身を乗り出し、近づいてくる町を見ながらそんな感想を口にする。そこで顔を隠したオルノブさんが荷台から言う。


 「……あそこは城に一番近い町なので活気があります。それと私が仕事をしていて、ユクタさんが暮らしていた町でもあるんですよ」

 「なるほど……オルノブさんはなおのこと身を隠した方がいいな。とりあえず町に入ろうか」

 

 馬車をゆっくり走らせ、追従してくるラディナとシュナイダーが周囲の警戒をする。そういえばと、俺は視線だけ後ろに向け、みんなに尋ねる。


 「そういえばロックタートルの子供って居るか?」

 「え? あれ? 言われてみれば居ないわね。村に置いて来ちゃったかしら?」

 「かもしれんのう。まあ、野生に戻った可能性が高いが、元々返すつもりだったんじゃろう?」

 「まあね。どこか群れでもいればそこに放したかったんだけど、村に置いて来て大丈夫だったかな?」

 「それほど気性が荒い魔物でもないし、人間を食べるわけでもないから大丈夫だろ。まだ子供だしな。っと俺も姿を隠させてもらうぜ」


 ディビットさんがそう言うので、とりあえずロックタートルは置いといて町の入口にいる衛兵へ近づいていく。


 「止まれ。ん? この国の人間ではないのか、旅行か?」

 「ええ、レフレクシオンの冒険者でして。修行を兼ねて珍しい魔物を見に来ているんですよ」

 「……テイマーか? 見事なデッドリーベアとヴァイキングウルフだな。他に乗っているのは……」

 

 衛兵が皮でできたかぶとのバイザーを上げながら荷台に目を向けた瞬間、マキナとアッシュ、ファスさんが顔を出す。


 「はーい、私と師匠がいます」

 「くおーん♪」

 「おお、可愛いなその子グマ」

 「もう一人おるぞ」


 そういえばこういう時だいたい引っ掻き回すバスレー先生が大人しいなと俺も二台へ振り返る。すると、青い顔ではいずりながらバスレー先生が出てきた。


 「うぷ……よ、酔いました……わ、わたし達四人ですよ……」

 「おお、だ、大丈夫か?」

 「は、早く町に……もう出そう……」

 「顔を近づけるな!? 分かった分かった、通って良し。町で暴れるなよ? ギルドの冒険者が警護も担っているから怪我じゃすまないぞ。この国は奴隷制度がまだある。一応、他国の人間を扱うのは現国王に禁止されているが、まだまだ闇商人みたいなのはいるからな。ふたりとも美人だから、気を付けなよ」

 「ありがとう。バスレー先生、寝てなよ」


 優しそうな衛兵が忠告までしてくれ、俺達は魔物を連れて中に入る。ラディナには例の口を塞ぐマスクをつけてもらう。少し進んだところで、バスレー先生がずるりと御者台に出てきてにやりと笑う。


 「フッフッフ……わたしのおかげですんなり町に入ることができましたね……うっぷ……」

 「ああ、演技じゃなかったんだ? 転移で?」

 「そうですねえ……わたしの繊細な心には荷が重っ……!?」

 「寝てなよ……というか、荷台を調べられても<インビジブル>でふたりの姿を消すつもりだったんだけどね」


 すると、バスレー先生がクワッと目を見開いてから声を上げる。


 「なんですかそれは!? 先に言っておいてくださいよ! これじゃわたしゲロ損じゃないですか!」

 「知らないよ!? 何だよゲロ損って!? セフィロ!」

 「!」

 「あ、ちょ、セフィロ君あまり動かさない――」


 セフィロにお願いしてバスレー先生を屋根に置いてもらう。万が一ことが起きても屋根なら被害は少ない。


 「ん、そろそろか……ラース、そこを左だ」

 「分かった」


 馬車を左に回すと、だんだん荒んだ風景に変わっていく。スラム街って感じの場所には痩せた人や、崩れかけた家屋が所々にある。


 「凄い場所ね……」

 「城に近い町でもこういうところがあるんだな」

 「城に近いから、ってところもあるがな。おっと、止めてくれ」


 ディビットさんが荷台から飛び降りると、とある家へと入っていき、しばらく待っているとディビットさんと、知らない女性が出てきて俺達を案内してくれた。


 「結構な大所帯ね。こっちの大きい建物に移動しましょう」

 

 褐色肌の美人、ヘレナがもうちょっと大人になったらこうなりそうな女性が呆れた笑いをしながらそう言い、平屋ながら横に長い建物に入るとラディナとシュナイダー、それと馬達は入ってすぐの場所で待つように指示し、俺達は奥へと進む。


 「ふう、来るなら先に言ってくださいよ。それもこの数は肝が冷えますよ」

 「暑いのに冷える……深いですね……うえ……」

 「はいはい、分かりましたから。すみません、寝かせるところないですか?」

 「そっちのベッドを使っていいわ」

 

 マキナはバスレー先生をベッドに寝かせるため運んでいるのを横目で見ていると、ディビットさんが口を開く。


 「ここに来たのは匿ってもらうためだ。多分すぐに出て行くことになると思うが……悪い、少し寝かせてもらう、ぜ……」


 タバコの火を消したディビットさんが椅子に座ったまま即寝息を立てだした。


 「あの大転移の後だし、魔力が底をついたんだろうな。俺はラースと言います。今はディビットさんに魔法を教わっている最中です」

 「ああ、自己紹介がまだだったね。私はクエラ、ディビットさんと一緒にクーデターに参加したメンバーのひとりさ。詳しい話をする前に寝てしまったけど、いったい何があったんだい?」

 「それなんですが――」


 と、これまでの経緯を話す。

 すると、だんだんクエラさんの顔が険しくなり、一通り手を叩いて俺達を見て言う。


 「なるほど、前王の側近のダルヴァが付近に潜伏しているってことか……それとアイーアツブスとか言う女も城を目指しているんだね?」

 「うむ。ダルヴァとやらは城に任せても良いが、アイーアツブスとかいうヤツは早く見つけないと子供が心配だ」

 「分かった、周辺の調査をさせる。何かあったら連絡をするわ」

 「頼むよ。俺達はアイーアツブス以外には顔を知られていないから少しなら出られると思うけど」

 「話を聞く限り、ダルヴァよりもアイーアツブスとやらの方が危険そうだわ。特徴は聞いたから、こっちで探すからここで待っていて」


 あいつが町に来たことを確認したかったが、一理あるかと頷く俺。インビジブルを使うつもりだったが魔力は温存しておくべきか……ダーシャちゃん、無事だといいけど……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る