第三百七十六話 リースの口から
突然の来訪者はレッツェル一行だった。
三人が頭を下げて言葉を待っていると、アフマンドが咳ばらいをひとつしてから口を開いた。
「よく来た。ぼ……私がサンディオラ国王のアフマンドだ。医者とは珍しい。さらに謁見とは、何か用があるのか?」
「若き王にご挨拶を、と言いたいところですがこの国はまだまだ貧困層が多い。となると医療も追いついていないでしょう? お手伝いをしたいと思いましてね」
「それは……ありがたいことだが、タダとは言うまい?」
アフマンドが頬杖をつきながら指さすと、レッツェルは口の端を吊り上げて笑い、言う。
「ご明察のとおり。流石は二年前、クーデターをおこしてこの国を手中に収めた方ですねえ」
「世辞はいい。僕はお前の医者としての能力と、望みを聞かせろ」
「病人か怪我人が居ればすぐにでも。それと人を探していただきたい。ラース=アーヴィングという者がこの国に来ているはずなのです」
「ラース=アーヴィング……? もしやレフレクシオンに居た冒険者か?」
アフマンドが意外な言葉を発し、レッツェルはにやりと笑う。国王が顔見知りなら少しは話が早くなるかと、胸中で考えながらアフマンドへ返す。
「おや、ご存じでしたか。流石はラース君、どこに行っても目立ちますね」
「彼は有能だったから覚えているよ。なんせ新しい料理を作れて、古代魔法を操り、剣の腕前もいいそうじゃないか。正直言って、僕の護衛を務めて欲しいくらいなんだよね。同じ学院だったという子を連れて来ているんだけど、その子からも色々聞いてなおのこと欲しいと思ったんだ。あ、欲しいって言っても変な意味じゃないよ? 僕はノーマ――」
「こほん! アフマンド様」
アボルに言われてハッとするアフマンド。顔を赤くしたまま、気を落ち着かせていると、横に膝をついていたリースが声を出す。
「同じ学院だった子、というのは誰のことでしょうか……?」
「君は?」
目を細める眼鏡のリースを見て体つきが貧相だなと思いながら尋ねると、レッツェルが代わりに答える。
「彼女はリースといいまして、ラース君と同じ学院に通っていたんですよ。僕の助手のひとりですが、娘みたいなものでしてね。学院に通わせていたんですよ」
「ラースはボクの旦那になる男だから、強くて当然! ……それよりも、ボクの同級って誰でしょうか? 良かったら合わせてもらえると嬉しいです」
「ど、同級?」
「何か?」
「あ、ああ、いや、でも彼にはすでに心に決めた人がいるみたいだけど?」
ヘレナは言わずもがなで、ラースと一緒に居たマキナも年相応の体つきをしているが、目の前の娘は明らかに育成不良だと冷や汗をかくアフマンド。気取ったリースが目を細めると、他の話題を口にする。
「まあ、今は貸しているだけです。最後は必ずボクを選ぶんですよ……フフフ……」
「そ、そうかい。ふむ、まあ身分を証明する意味でも顔を見てもらうのも悪くないか。誰か、ヘレナをここへ」
「ヘレナ……あの妙に色っぽいやつか……」
「リース、目から血を流さないでくれる? 怖いわよ」
ずっと黙っていたイルミが呆れた声でついにツッコミを入れた。それから程なくして呼ばれたヘレナが謁見の間に現れる。
「ちょっとお、アタシ今ご飯を食べていたんですけど?」
「申し訳ございません、国王様がお呼びですのでご容赦を」
裏口から口を尖らせているヘレナを宥めながらメイドと共に謁見の間に入ってくると、リースがまさしく旧友に会ったという感じで声を上げた。
「やあ、ヘレナ。対抗戦以来かな? 君はすぐに王都へ行ったから覚えていないかもしれないけど」
「あ! あんた、リューゼを変な粉で眠らせたりしていた眼鏡女!」
「はっはっは、あまり褒めないでくれ。久しぶりだね」
「リース、だったっけ? なんでこんなところにいるのかしらあ?」
ヘレナが首を傾げて尋ねると、リースはここまでの経緯をヘレナに話す。
「へえ、ラースもここに来ているんだ。で、アフマンドさんに探して欲しいのねえ? でもわざわざこの国まで探しにくるような用があるのかしらあ?」
「そのあたりは後で話そうか。まあ、王都に移り住んでいる君にはあまり意味の無い話かもしれないけどね?」
「……?」
レッツェルが笑いながら含みのあることを言うと、ヘレナは眉を潜ませながら三人を見る。そこでアフマンドが手を叩いて話を戻す。
「なるほど、学院の同級生だということは分かった。では、オルノブのことと合わせてラースのことを調査しよう。学院の友人なら積もる話もあるだろう? 町医者のところへは後で行ってもらうとして、レッツエルと言ったか、城で休んでいくといい」
「ありがたくお受けしますよ、アフマンド王」
レッツェルの返事に頷き、アフマンドはヘレナを連れてきたメイドに部屋をあてがうように指示を出すと謁見を終了する。
「じゃあ、アタシはリースと一緒に居るわねえ」
「ああ」
謁見の間を出た後、三人は一緒の部屋を割り当てられる予定だったが、リースだけ一人部屋を所望していた。
「ボクは気遣いが出来るからね、レッツェルと二人きりは嬉しいだろう?」
「気を遣う子はそんなことを言わないけどね? ま、子供じゃないんだしあんたひとりでも大丈夫でしょ」
「僕たちは国王様に呼ばれるまでゆっくりさせてもらうよ? 説明は任せていいかな」
「ああ、ボクが話しておくよ」
「ねえ、何なの? アタシにも関係があるって……同窓会?」
部屋に入りながらヘレナが質問すると、リースは苦笑しながら扉を閉めて口を開く。
「いや、そんな優しい話じゃないんだよね、残念ながら。ガストの町にいる人間が皆殺しにされるかもしれないって言えばだいたいわかるだろう?」
「……!?」
◆ ◇ ◆
「ヘレナ殿の知り合いとは驚きましたな。……知っていたのでしょうか?」
「そういう感じではなかったかな? リースという娘はヘレナが居ることに驚いていたようだったし。それよりもあの一行が来てくれたことで、ヘレナが向こうへ戻るのが少し遅れるのはありがたい。何とかして口説けないものか」
「私にはなんとも言えません。では、ラース殿の捜索も依頼しましょう」
「そうしてくれ。案外、ラースあたりが秘宝を探してくれたりしないものかな?」
「ははは、流石にそれは絵空事ですよ。それでは」
珍しく笑いながらアボルが出て行くのを見ながら、アフマンドはどうやってヘレナをとどまらせようかと考える。
――しかし、この時点で前王の側近であるダルヴァがサンディオラに進軍を開始していた。ヘレナやリース達は奪還の戦いに巻き込まれることに――
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