第三百七十五話 大転移と幕開け
まだ陽が高い午後、俺達は準備を終えて広い場所に集まっていた。
「準備はいいか?」
「大丈夫です!」
「全員居るよ。けど、これだけの大所帯を転移できるのか?」
「ふん、俺を誰だと思ってやがる? 身一つで鍛えた大魔法使い様だぞ?」
そう言ってディビットさんが笑いながらタバコの火を落とす。
信用していないわけではないけど、セフィロとアッシュはいいとして、俺、マキナ、ファスさんにオルノブさん。さらにラディナ、シュナイダー、馬二頭と馬車、そして自身をいっぺんに転移するというのだから慎重になるというものだ。
しかし、当のディビットさんと、かつての仲間であるファスさんは特に気にした風も無く話していた。
「これくらいなら余裕じゃのう。盗賊団討伐の時は五十人を一気に転移させて奇襲したもんじゃしな」
「おお、あん時か! 懐かしいなおい。二年前の城攻めの時にも同じ手を使ったんだぜ?」
「五十人か……」
だとしたら確かに俺達くらいは楽に運べると思う。俺はこのところずっと転移魔法を修行していたけど、疲れるし対象物が複数になると相当集中しないとできない。ようやく小さな石ころを複数転移できるようになったけどかなり苦労しているのが現状だ。よく見て学んでおくいい機会だと、俺も集中力を高める。
「お、いい気迫だな? ……<ショート>」
「くおーん!?」
「……」
「やるじゃねぇか。やはりお前は面白いな、ラース」
「くおーん♪」
アッシュを拾い上げて転移魔法で俺の頭に上に出してきたが、俺はレビテーションですぐにアッシュを抱っこして地上に降り立つ。ちょっと前まではファスさんの服を転移させたりして集中力を削がれていたから、これくらいじゃもはや動じない。
くっくと笑うディビットさんは俺達のいる範囲にタバコの灰を撒いていた。散らかしていたわけではなく、魔法陣らしきものを描いていたようだ。
「ふう、俺の場合、タバコを吸うことで気分を落ち着かせるんだ。で、魔力を通した灰を撒くことで俺のテリトリーを作ることにより魔力を増幅させる」
「不思議なものですなあ。私は大した魔法が使えないので面白い」
オルノブさんが関心を示す中、俺は胸中で別のことを考えていた。
今初めて見たけど、テリトリーって神社とかお寺みたいなちょっとした神域的な場所を自身で作ることって感じかなと思う。一時期はやっていたパワースポットの方が分かりやすいか?
とにかくそんな感じの魔力力場を作ることで大勢の転移を可能にするのだろう。
「自慢話は後じゃ、早くせい」
「あいよ。それじゃ、行くぜ? 場所はサンディオラ付近の町でヤークってんだ。着いたら俺達は適当な空き家に身を隠す。この町には二年前のクーデターに参加したヤツがいるから協力してくれるだろう。それじゃ、行くぞ! <エターナル>……!」
ディビットさんが地面に手を付けて魔法を使うと視界が揺らいだ瞬間、強い浮遊感を覚え――
◆ ◇ ◆
<サンディオラの城>
「アボル、オルノブの行方はまだ分からないのか?」
「申し訳ございません。町で子供を連れた女性と老婆と見た、という情報はありましたがそれも随分前でして……中々行方を掴むことができません」
「まずいな、このままではヘレナの信用を失ってしまう。それに、約束の一週間が過ぎた、そろそろ我慢もできないころだろう」
「このまま逃さないようにすれば良いではありませんか? 手籠めにでもしてしまえば……そのつもりもあったのでしょう?」
アボルがアフマンドに対して言うと、アフマンドは首を振ってから口を開く。
「それはしない。この一週間、一緒に過ごしていたけど彼女はとてもいい子だ。それに賢い。無理やり自分の物にしたところで、僕に想いを寄せてくれるとは思えない。最悪の事態を考えると自殺してもおかしくない。刺し違えて僕を殺しに来るかもしれないしね」
「まあ、アフマンド様がそれで良ければ構いませんが……本気で惚れましたか?」
「う、うるさいな!」
アボルが口をへの字に曲げたまま目を細めると、アフマンドがアボルの肩を叩きながら大声を出す。するとそこへ話の中心であるヘレナがやってきた。
「あ、居た。国王様、お昼ご飯が出来たみたいよ? それと、何かお客さんが来たとかで、他の大臣さんが探していたわよ」
「客だと……? 何か聞いているかアボル?」
「いえ、特に謁見の予定はありません。また行商人か何かでしょう」
「とりあえず用件は伝えたわ、アタシはお昼ご飯を食べに行くわねえ」
「ま、待っててくれないのかい?」
「お腹空いたし、いつ終わるか分からないでしょう?」
ヘレナがもっともなことを言い、アフマンドが苦い顔をする。客人を昼食に呼ぶわけにもいかず、ヘレナを見せるのもあまりいい気がしないと思いなおし、アボルと共に歩き出す。
「くっ……仕方ない、さっさと終わらせる。行くぞアボル!」
「承知しました。……女性に惑わされているようでは、立派な王にはなれませんぞ」
「うるさいな!?」
「がんばってねえ♪ さ、お昼お昼」
笑いながら立ち去っていくヘレナの背をやや恨めし気に見送ると、アフマンドは謁見の間へと行く。玉座についてアボルを横に立たせると、扉を開けるよう声を上げた。
「入って良いぞ」
扉がゆっくりと開かれ、中に入って来たのは三人の男女で、リーダーだと思われる男は灰色の髪をオールバックにし、眼鏡を光らせながらうやうやしく頭を下げる。
「初めまして、サンディオラの国王様。私はレッツェル、流れの医者でございます」
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