第三百七十三話 時間稼ぎ


 「【カイザーナックル】!」

 「はっ、凄い威力ですね! それも【不安定】ですが……!」

 「腕が重い!? でも足ならどう!」

 「ぐっ!?」

 

 うまい! 腕がダメなら足で蹴り上げるマキナ。アイーアツブスの【不安定】は必ず左手を使う必要がある。連撃で攻めれば俺のように掴まれなければそこまで脅威ではない。

 それともうひとつ【不安定】には弱点に近い秘密がある。


 「マキナ! 左手に気をつけろ、それに掴まれると俺みたいに精神が不安定になる! それとそいつのスキルは距離が関係しているはずだ」

 「ありがとうラース! ‟雷牙”!」

 「あの攻防でもう見抜きましたか。ラースとやら、恐ろしい子……!」

 「当たり前よ、ラースは凄いんだから!」


 近距離で左手を警戒しながらダガーを弾き、拳を突き出していく。ファスさんとの修行で格闘戦なら俺よりも数段上の動きをするマキナ。恐らく通常の相手、恐らく十歳の時に戦ったレッツェルくらいなら圧倒できると思う。


 「当たらない……!」

 「いえいえ、掠っていますよ。いい腕です、殺すには実に惜しい」

 「フッ!」

 「ぐが……!? そこ!」


 右手のダガーをマキナの腹に突き刺そうとしたアイーアツブスの攻撃を、サージュのガントレットで弾き一気に踏み込んで肩口に一撃を叩き込む。しかし、負けじとアイーアツブスは左手でマキナを触ろうと手を伸ばす。


 「なんの! ……っつ……」

 「左手を警戒しすぎですよ? ああ【不安定】【不安定】……」

 「マキナ……! くそ、邪魔だ!」

 「だ、大丈夫、かすり傷よ。こいつだって私の一撃を受けて左腕が満足に動いていないから、おあいこよ」


 俺がクリフォトを倒しながら声をかけると、黒いダガーで二の腕を切り裂かれながらも構えを崩さず答えてくれる。

 実際この至近距離で攻撃を繰り出し、アイーアツブスにかすり傷を負わせられているのでいい勝負だと思う。


 「クリフォトをこんなに出して、いったい何が目的なの?」

 「私に勝てたら教えてあげますよ?」

 「悪役のセリフよ、それ」

 「もちろん『そんなことは承知しています』よ? さて、このダガー、ただ黒いだけだと思いますかねえ……?」

 「え? あ、ああ……!?」

 

 にやりと口の端を曲げて笑うアイーアツブスがそういうと、マキナの傷口がから黒いもやのようなものがほのかに立ち上り、苦痛に顔をゆがめる。


 「ダガーは【不安定】を使う導線みたいなものでしてね。少しでも傷がつければ少し離れていても効果があるんですよ」

 

 黒いもやがアイーアツブスの左手に繋がり、マキナががくがくと震えだす。まずい、あれはさっき俺が受けたものと同等かそれ以上のものだ!?」


 「マキナ、離れるんだ!」

 「う、うううう……! ラ、ラース……」

 「もう遅いです! 【不安定】な心に押しつぶされて廃人になりなさい! あはははは! まずはひとりですかねえ」


 助けに行きたいがクリフォトが行く手を遮ってくる! 本調子ならと俺は舌打ちをしながら。マキナの下へと走っていく。しかし、直後、マキナの震えがぴたりと止まり立ち尽くす。

 

 「んん……? もうおしまいですか、案外早か――」


 アイーアツブスが面白く無さそうに呟いた瞬間、一瞬で間合いを詰めたマキナがローブの胸倉を掴んで叫び出す。


 「あんたみたいなのが居るから、ラースは無駄な戦いをしないといけないのよ!! ああ、もう腹が立つ……! 私はラースと冒険者としてダンジョンに行ったりレアアイテムを手に入れて一喜一憂する生活ができれば十分なのに、どこかに行けばあんたたちみたいなのにぶつかる! 落ち着いてショッピングもできない、観光もしていないしデートもあんまりしていないのよぉぉぉぉ!」

 「お、おおおおお!?」

 「マ、マキナ……?」


 俺がびっくりして立ち止まると、


 「ふむ……【不安定】な心、とあの子は言っていましたが、どうやらマキナちゃんの心は【不安定】を通り越して不満が爆発したみたいですね」

 「うわ、びっくりした!?」


 ラディナの背に乗ったままのバスレー先生が俺の横に現れそんなことを言う。不満……不満か……マキナの言葉の端々には確かにそう言ったワードがある。もっとかまってあげないといけないな、と俺は荒れ狂うマキナを見ながらそう思う。


 「この娘、不満はあっても不安は無いタイプですか!? こういう手合いには効果が薄い……!」

 「どっか行っちゃえぇぇぇ! 【ライトニングカイザーナックル】!」

 「あぎゃぎゃぎゃ!?」

 「ほう! 雷牙のバージョンアップとも言える技を完成させおったか!」


 ファスさんがクリフォトを蹴り飛ばしながら歓喜の声を上げると、吹き飛ばされたアイーアツブスがクリフォトに叩きつけられた。


 「くっ……まともにやり合った方が楽な気がしますね。実力は私の方が上、本気で殺してあげましょう……か!?」

 「!!!」

 「あ!?」


 叩きつけられたクリフォトを背にしていたアイーアツブスの胸から光り輝く剣……ではなく、枝が突き出た。クリフォトが真っ二つに割れたそこには――

 

 「セフィロ!」


 シュナイダーの背中に立つセフィロがいた。何故か体が輝いているセフィロがアイーアツブスの胸から枝を抜くと、その場に膝をついた。


 「がはっ……こ、これは……ま、まさか……」

 「なんだ、胸から黒いもやが出ている……?」


 血ではなく、もや。しゅうしゅうと音を立てて漏れるように出て行くそれは、触れていいものではない気がする。俺は近くで暴れているマキナを掴まえてその場を対比すると、ファスさんがとどめを刺しに近づいていく。


 「手伝うぜ、ファス!」

 「助かるわい! ……む!?」


 ディビットさんがインフェルノを放ち、ファスさんがそれに合わせて踏み込んでいく。しかし、インフェルノが黒いもやに触れた瞬間搔き消えたので、ファスさんは立ち止まり様子を伺う。


 「!」

 「うおふ!」

 「よせ、セフィロ、シュナイダー! 様子がおかしい!」


 追撃をかけようとしたセフィロ達に声をかけてとどまらせると、だんだんもやに覆われて行くアイーアツブスが顔を抑え、瞳の色を緑から赤に変えながら口元に笑みを浮かべて口を開く。


 「これは予想外でしたね……今回はここまでにしましょうか、ひとりも殺せなかったのは歯がゆいですが、足止めとしては充分でしょう」

 「足止め……? 一体どういうつもりでこんなことをしたんだ」

 「くっくっ……今頃、サンディオラの城は大変なことになっているでしょうね。ま、あなた達にはあまり関係の無い話でしょうが」

 「城だと? まさかダルヴァが動いたのか?」

 「ご想像にお任せしますよ。それでは私はこれで」

 「それを聞いて逃がすと思うか! <フリーズランス>!」


 ディビットさんが魔法を撃ちこむが、もやに阻まれて霧散する。俺が魔法を放った時に【不安定】を受けた時と似た状況になんとなく何か頭に思い浮かぶが、まだ治らない気持ちのせいかまとまらない。


 「追ってくるのは無しですよ。さ、あなた達行きますよ」

 「……」

 「……」

 「こっちは片付いたぞ!」


 ディビットと共にアフマンド王に協力した村の人達とオルノブさんにノックアウトされていたので返事をするものは居ない。オルノブさん様は剣を持って立っているけど、様になっているな。


 「あははは! まあ、仕方ありませんか。さて、逃げるための切り札が来たようですので、これで」

 「切り札?」


 俺が聞き返したその時、道の向こうから一体のクリフォトが走って来た。その後ろにアッシュが追いかけていた。


 「くおーん! くおーん!」

 

 そしてそのクリフォトの枝には、ダーシャちゃんが繭に包まれるようになった状態で気を失っていた。そのクリフォトに飛び乗ってアイーアツブスは言う。


 「さっきその犬が連れて行こうとしたときに、万が一を考えて種をつけていたんですよ。さて、追いかけてきたらこの子がどうなるか分かりませんからよく考えてくださいよ? 追わなければ殺さないと約束しましょう」

 「信用できるか……!」

 「ではここで殺しましょうか?」

 「よせ、ラース。ヤツの方が上手だった」

 「でもこのままじゃダーシャちゃんが……」


 俺がディビットさんに声をかけると、俺に目配せをして『今は行かせろ』と告げる。俺達が抵抗できないとわかり、アイーアツブスはクリフォトを駆って村の入り口を出て行く。


 「……すぐに会うことになると思いますがね? ラース、マキナ。次は必ず殺しましょう。それと――」

 「!」

 

 今までと違い、口は笑っているが目が笑っておらず、むしろ睨みつけるような目をセフィロに向けた後そのまま見えなくなる。


 「ダーシャちゃんが……」


 オルノブさんが苦し気な顔で呻くように声を出しているのを横目に、俺はいつの間にか気を失ったマキナを抱えながらディビットさんへ近づく。


 「ディビットさん」

 「ふー……ま、なるようにしかならん。ヤツがダルヴァと組んでいるなら行先はどうせ城だろう。……行くぞ」

 「ああ……!」


 福音の降臨、幹部クラスで『邪悪の樹』の実のひとつと同じ名前を持つアイーアツブス。次は倒すと思いながら、一旦村長さんの家へ戻ることにした。

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