第三百七十二話 【不安定】
「バスレー先生!」
アイアーツブスが俺より先にバスレー先生を狙って駆け出す。即座に追いかけるが狙いを絞っていた分、ヤツの方が一歩速い。バスレー先生は金色のハンマーを構えて反撃の態勢を取ると、フルスイングで腕を攻撃した。
「腕の一本でも折られたら後悔するでしょう! 【致命傷】!」
「くっくっく……そのスキルちょっと【不安定】じゃありませんか?」
「む……!」
アイーアツブスが左手を金色のハンマーに向かって突き出す。フルスイングのハンマー、さらに【致命傷】が発動している武器を素手で止められるはずがない、そう思っていたけどアイーアツブスはハンマーを受け止めた。スキルを放ったバスレー先生は片目を細めてすぐにその場から離脱しようとしたが――
「ああ、足下が【不安定】じゃありませんかね?」
「わわ!?」
「……くく……死になさい」
「させない!」
何も無いところで転びそうになって珍しく慌てるバスレー先生の頭にダガーが振り下ろされ、俺は横からアイーアツブスの脇腹を目掛けて切りつける。
「おっと……あなたの足元も【不安定】ですねえ」
「なんだ!?」
アイーアツブスは俺の剣を避けながら左手を地面に向けてそういうと、膝から下の力が急に抜けてフラつく。それでも、と、避けた方向へ身を捻りながら魔法を放つ。
「<ウォータジェイル>!」
「くっくっく、魔力が【不安定】ですよ?」
「魔法が霧散した!?」
ゴロゴロと転がりながらウォータージェイルがバシャッという音共に水しぶきを上げて消えるのを見て驚愕する。こいつのスキル、どういうものなんだ!?
「まあまあ、あの態勢から魔法を撃ってくるとは流石にやりますね。しかし、私が【不安定】を発動させたからには近づけませんよ?」
「大丈夫ですかラース君?」
「ああ、ありがとう先生。正体が掴めないのは面倒だな……魔法のようだけど、オートプロテクションは発動しないから攻撃として認識されない」
ダガーを弄びながら俺達を見て微笑むアイーアツブス。その余裕の表情は見破れるものではないと語っているかのようだ。
「……【簡易鑑定】」
「俺は小さく呟くも、
‟アイーアツブス”
とだけしか見ることが出来なかった。簡易鑑定でも福音の降臨のメンバーくらいはでそうなものだがそれすらも、か。
バスレー先生が引っ掻き回してお茶らけた感じになっていたけど、こいつは相当な強さのようだ。
「全然分かりません! そのスキルの正体、教えなさい!」
「さすがに答えてくれないだろ!?」
「いいですけど? 私の【不安定】はその名の通り、行動、物体、精神に作用するスキルです。この左手が触れたものや向けられたもの……発動条件は様々なので見切ることは不可能!」
普通に答えたな……絶対的な自信があるのかただのアホか……バスレー先生と同じ匂いがするけど、動きを見る限り、十神者という名に恥じない強さだ。
「さあ、もう少し遊ばせてもらいましょうか!」
「バスレー先生、下がって!」
「わかりました! スタコラ!」
こういう時へたに意固地になって残らないのはありがたいと、俺は下がるバスレー先生を横目に、迫りくるアイーアツブスに魔法を撃ちこむ。
「<ファイアアロー>」
「そんな初歩な魔法は食らいませんよ!」
「だろうね、ならこれならどうだ?」
ファイアアローをかいくぐって突っ込んでくるアイーアツブスに対し、俺はレビテーションで空中へ舞い上がると、ハイドロストリームを繰り出した。
「なるほど、飛べますか! 転移魔法を会得しようとしているだけのことはありますねえ! しかし魔法は【不安定】ですね、そして!」
「これも消すか……!? 何!?」
アイーアツブスはサラサラと何かを地面にまくと、次の瞬間クリフォトが生えてきてみるみるうちに成長する。その幹に掴まり、ダガーを握りしめて飛び掛かって来た!
「あははははは!」
「落ちろ!」
飛んでいると飛び掛かって来たアイーアツブス。利があるのは間違いなく俺で、突撃した攻撃を回避してその背中に剣を振り下ろす。足場にしたクリフォトはファイアーボールで燃やしておく。
「がっ……!? く、くく……掴まえた……ああ、【不安定】ですね『あなた』」
「あ、あああああ!?」
剣を叩きつけた瞬間、こいつは俺の手首を掴んでいた。その直後、俺の胸がざわつき集中力がガタガタになり、地面に落下。気持ち、悪い……ざわつく……! だが、スキルの秘密が少し分かった、気が、する……
「ふう……いい威力でした……私で無ければ終わっていたでしょうね。さて、ディビットに匹敵する強さになりそうなあなたをここで始末できるのは僥倖……教主様もお喜びになる……! 特別ボーナス……ゲット!」
くっ……頭痛、吐き気が収まらない……振り下ろされるダガーがスローモーションのように見える。オートプロテクションを張っているがこいつはあれを破れる。何とかしてガードしようと腕を上げるとダガーが深々と――
「どっせぇぇぇぇい!」
「ぎゃああああああ!?」
――刺さらず、アイーアツブスはラディナに撥ねられ大きく吹き飛んだ。
「がるぉぉぉん」
「た、助かったよラディナ、バスレー先生……」
「セフィロ君のおかげでだいぶクリフォトが減ったので、ラディナさんもここへ来れたんです! もちろん、わたし達だけじゃありませんよ! む!?」
「あはははは! 邪魔をしてくれちゃって……!」
ラディナの背で高らかに声をあげるバスレー先生に、狂気じみた笑顔で迫るアイーアツブス。咄嗟にハンマーを構えるが、バスレー先生にはたどり着けず、再度後退させられた。
「ラース!」
「マ、マキナ! 追いついたのか……!」
アイーアツブスを吹き飛ばし、膝をつく俺の前に立ったのはマキナだった。そしてすぐにファスさんとディビットさんが現れた。
「どうした? お主らしくないのう」
「塵と消えろ<インフェルノ> お前、集中力が相当削がれているな……ヤツのせいか?」
苦も無くファイア系最強の魔法でクリフォトを燃やし尽くすディビットさんに無言で頷くと、アイーアツブスがむくりと起き上がり俺達を見て笑う。
「あははははは! 勢ぞろいってところですかね! クリフォトの数が減った? ならもっと増やしましょうか!」
そう言って俺達の前に種を投げ、先ほどと同じようにクリフォトが一気に生えてきてガサガサと枝を揺らし襲い掛かってくる。
「邪魔な木じゃわい!」
「ラース、動ける?」
「少しなら……!」
「分かった! 師匠、ラースをお願いします!」
「無理はするでないぞ! せいやああ!」
マキナはファスさんに声をかけると、目の前に迫るクリフォトに拳を叩きつける。その瞬間、クリフォトが粉々になり、陰から奇襲をしようとしていたアイーアツブスへと衝撃波が叩きつけられた。
「ぐふ!?」
「あんたが主犯ね? 女の子に全力を出さないラースの代わりに私が叩きのめしてあげるわ」
「あはは……♪」
第二ラウンドはマキナが対峙することになった。だけど、その前にマキナへ【不安定】のことを伝えないと……!
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