第三百六十六話 修行開始と不穏なやつら


 「っと、この辺りでいいか、降りるぞ」

 「了解、マキナしっかり掴まって」

 「うん!」

 「ワシは先に降りるぞ」

 「あ、こら!?」


 弧を描く月夜。

 俺達はディビットさんとともにガリアーダ渓谷の岸壁へと着地する。ちなみにファスさんはディビットさんに掴まっていたんだけど途中で自分から飛び降りてディビットさんを慌てさせる。


 さて、オルノブさん達がガリアーダ村で暮らすことに決まった後、俺はディビットさんに師事をして、修行をつけてもらえることになった。

 しかし昼間の話の通りディビットさんの姿はなるべくさらしたくないため、夜に村を抜け出して修行する形だ。


 「ったく、相変わらず無茶をしやがる」

 「ふん、老いたとはいえ、これくらいでガタはこんわい」

 「フフ、師匠らしいですね。今日はここで修行ですか?」

 

 真面目に心配しているディビットさん。昔は惚れていたらしいけど、今でもそうなのかもしれないなと、マキナと顔を見合わせて苦笑する。ファスさんも六十を越えているけど、全然老いぼれた感じがしないしね。


 「ああ、マキナはファスと。俺はラースとだな。しばらく昼夜逆転するかもしれねえが勘弁してくれよ?」

 「こっちからお願いしているからもちろんだよ。俺はいつでもいいよ」

 「ではワシらは向こうで組手からやろうぞ。久しぶりに全力でやれそうじゃな」

 「はい! 最近色々あって全力を出してませんからねー」


 そんなことを話しながら歩いていくふたりを見送ると、ディビットさんがタバコに火をつけながら俺に話しかけてきた。


 「ふう……。で、ラースは古代魔法を使えるんだってな? 一通り使える魔法を出してくれるか」

 「はい」


 ファイアからファイアーボール、アロー、アクアバレットにウォータージェイルからのハイドロストリーム。アースブレードにウィンドといった通常の魔法を使い、最後にインビジブルとオートプロテクションを見せてから少し威力を抑えたドラゴニックブレイズで岩を砕いた。

 

 「こんな感じかな? まだ魔力に余裕はありますけど?」

 

 俺が振り返ってディビットさんへ告げると、拍手をしながら俺の下へやってくる。


 「やるなあラース。その歳でそこまで使えるとはな。スキルはなんだ? おっと、敬語も無くていいぜ、ファスには使ってねえんだろ」

 「ありがとう。俺のスキルは【超器用貧乏】というやつなんだ。他の人には【器用貧乏】にしか見えないみたいだけど」

 「……!」


 俺がギルドカードを見せると、ディビットさんが少し目を細めた後にタバコの煙を吐きながら言う。


 「……こいつはどういうスキルなのか聞いてもいいか? 一説じゃハズレだっていうがどうなんだ?」

 「はは、やっぱり一般的にはそういう認識だよね。【器用貧乏】とはもしかしたら違うかもしれないけど、俺は努力をした分だけ能力があがるんだ。それと『視認』できたものは魔法や技、スキルも習得することができる」

 「そりゃすげぇな……なるほど、それで古代魔法が使えるのか。でも、ひとりじゃ難しかったろ?」

 「ああ、五歳の頃に出会ったベルナ先生が色々教えてくれたんだ。そういえば若かったけど、ベルナ先生もインビジブルとか使ってたよ?」


 そういえば、と俺は懐かしいあの頃を思い出す。すると、ディビットさんがタバコを足で踏んで消しながら口を開く。


 「まあ、歳食ったから使えるってわけでもねえから若くても使えないわけじゃねえ。そもそも何で古代魔法が習得しにくいかっていやあ、まず魔力の消費が他の魔法より段違いに高い。そして創意工夫する魔法が多いからセンスが必要なんだ。魔力は修行で伸ばせるが、センスってやつはそうはいかん。【超器用貧乏】とやらも凄いがラースにはセンスがあったってこったな」

 「あ、ありがとう……」


 何故か手放しに褒められて困惑する俺。口は悪いけど、捻くれずに褒めてくれるのはティグレ先生を思い出すなあ。


 「ま、それはともかく俺からすればまだまだ粗削りだ。古代魔法を使うレベルの人間は多くないからラースは殆んど独学だろう? 俺がその辺をきっちり仕込んでやる。そうすりゃ大魔法使いになれるぜ」

 「そういえばさっきも俺の知っている魔法全部教えてくれるとか言ってたけど、転移魔法を覚えにきただけだからそこまでは望んでない」

 「馬鹿言え、ファスもハインドも弟子を持ってんだ! 今までラースほどの人間に出会ったことは無かったから気にしていなかったけど、覚えきれるやつがいるなら話は別だ!」

 「ええー……」

 「ま、最初は転移魔法から教えるけどな。それじゃ、見てろよ――」


 脱力する俺をよそに、嬉しそうにまた新しいタバコに火をつけながら転移魔法を実践を始める。うーん、刺客とかも居るのに、そんなにのんびり修行できるのか……?


 「ふん、それにしてもこの国に【器用貧乏】を持ったやつが来るとはな。しかも、このタイミングで。因果なもんだ……」

 「え? 今、器用貧乏のことを?」

 「なんでもねえよ。ほら、こうしてな――」



 ◆ ◇ ◆



 「ぺっぺ……砂埃が酷いね。ラースは本当にこの国に来ているのかい?」

 「そうだねえ。レフレクシオンの自宅を訪ねた時にそう聞いたよ」

 「……レッツェルは国王の命を狙ったことが無かったっけ?」

 「それはほら、僕は変装もお手の物だからね。さて、とりあえずサンディオラの城に行ってみようか?」

 「どこに行ったのかは分からないんですか? リースじゃないけど、何の用事でこんなところに来たんだか……」


 ラース達が修行を始めたころ、レッツェル、イルミ、リースの三人がサンディオラの土地に足を踏み入れていた。

 それとなくガストの町にいる福音のメンバーについて告げようと思ってレフレクシオンの自宅へ行ってみたが留守だった。情報を集めてサンディオラまで追いかけてきたが、ラース達の目的までは分からなかったのでどこにいるかまで把握できていないのだ。


 「ま、ガストの町がどうなっても僕は困らないからのんびり行こう。どうせ、彼にガスト領がどうこうできるとは思えないし。……どちらかと言えば失敗した後の方が大変だからねえ」

 「ああ、あいつらも動き出しましたしね。この国にも居るんでしたっけ?」

 「ボクはそう聞いている。教主の一番信頼している十人だな。レッツェルはあいつらについて何か知っているのか?」

 「……いいや? さ、それじゃ行こうか。ついでにサンディオラの新国王でも見てみようじゃないか。いずれ、福音の降臨に支配されるであろうけど、ね」


 レッツェルはそう言って馬車を走らせる。

 サンディオラ国全体を巻き込む騒動が静かに始まろうとしていた――

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