第三百六十話 奴隷過多


 ――オルノブ達に食料を分け与えてから数時間。


 彼らと話し事情を聞いたところ、母親らしき人と女の子は親子だそうだけど、オルノブさんとお婆さんはまったくの他人だそう。

 奴隷はオルノブさんだけで、国王がアフマンドさんに変わってからは少しだけ楽になり、朝から晩まで働かされるようなことは無くなったと言っていた。

 けど、残りの三人が税金を払えないため奴隷にされようとしていたところ、休憩中のオルノブさんがそれを見かねて別の町から裸一貫、逃げてきたそうだ。

 あまり言いたくないけど、お人よしにもほどがあると俺は眉を顰めたな……


 「んー……そろそろみんな起きてくるかな? オルノブさん達はこれからどうするんだ?」

 「……アテは無い。もう少し遠くの町なら、隠れて働くのも難しくはないと思うから向かってみることにする」

 「三人も連れてか?」


 俺は眠る三人に目を向けてそう言うと、真っすぐ俺を見たままゆっくりと頷き口を開く。


 「ああ。せめて普通の暮らしが出来るまでは面倒を見てやりたい。記憶が無い俺だが、この母子を見ていると胸のあたりが締め付けられるのだ。見捨ててはおけん、とな」

 

 オルノブさんは記憶が無いらしく、気が付けば奴隷になっていたらしい。かろうじて名前は監視役の人間が知っていたからそうであると認識したけど、素性を聞いても教えて貰えず、十五、六年程奴隷として働いて来たそうだ。後頭部に傷があるみたいで、恐らく誰かに殴られた時に記憶を失ってしまったのだろうと推測される。


 「そっか……。ちなみに奴隷から解放される条件ってあるのかな?」

 「ん? 人によって様々だな。税金分働けば良い者もいるし、犯罪奴隷なら数十年過酷な鉱山や魔物を倒すための囮にされたりする。この三人は奴隷ではないから、他の町へ行って金を稼ぎ、税金を払えば気にすることは無い」

 「そういえばオルノブさんは長いこと奴隷をしているんだよね。何で奴隷にされたんだ? 犯罪を犯すようには見えないし、やっぱりお金?」

 「ああ――」


 まあ貧困の差が激しいので、そうだろうと思いつつも何となく聞いてみた。しかしオルノブさんが何かを言おうとしたが、頭を押さえて震え出す。


 「何故……? そう言われればどうして……うぐ……頭が、痛い……あいつらは逆賊だと……言って……うぐ……!?」

 「どうした!? ……落ち着いて、ゆっくり息を吐くんだ。そう、深呼吸を。水も飲むといいよ」

 「はあ……はあ……す、すまない……お、思い出せない……何故私は……」

 「そこまで記憶喪失しているなら無理しない方がいい。何か事情があったのかも……? オルノブさんが悪い人には見えないからね」

 「そう言ってもらえると助かる。しかし、もし犯罪者でただ忘れているだけだとしたら……あいつらの言う通り……私は……」

 

 しかし今更確かめようもないと首を振り、肩を落とすオルノブさん。ノコノコ舞い戻れば酷い目に合うのは間違いないので、このまま別の町、いや、村にでも身を隠すのが一番いいのだろう。

 刑期があとどれくらいあるのか分からないけど、人のことを考えられるオルノブさんには生き延びて欲しいと思う。

 そんな話をしていると、荷台からマキナが降りてきて目をこすりながら俺に声をかけてきた。


 「ふあ……おはよう、ラース……って誰!?」

 

 マキナはラディナを枕にしている三人に驚き後ずさる。アッシュは一度起きたものの、小さな女の子に抱っこされ再び眠りについていた。女の子が怯えていたから、一緒に居てやれと俺がお願いしたのもあるけど。


 「おはようマキナ。ちょっと夜中に色々あってさ。陽が登りきる前に移動しようと思っているからそろそろ起こそうと思っていたんだ」

 「う、うーん……いったい何が……?」


 困惑するマキナの後からファスさんとバスレー先生も起きてきたので、俺はすぐに四人を荷台に乗せ、広場を後にする。

 俺とバスレー先生、マキナがシュナイダー達と共に歩き、ファスさんに御者台に座ってもらうことで、オルノブさん達が居ることは簡単には分からないはずだ。


 「なるほど、税金をですか。ウチの国だと、金策を一緒に考えますし、仕事が無いなら斡旋もしますからそういったことはないですねえ」

 「ええ……これでも待ってもらったんですが、夫が浮気をして逃げてからお金がどんどん……」

 「うわ、最低ね!? 辛かったですね、ダーシャちゃん、まだ小さいのに……」


 マキナが言ったダーシャちゃんとは小さい女の子のこと。母親はユクタという。

 そして――


 「わしは爺様に先立たれて生きる気力が無くなってのう……死のうとしておったところ、オルノブに助けられたのじゃ……」

 「気持ちは分かるが、自ら命を絶って良いことなぞひとつもないわい。この国ではなかなか生きる目的を見つけるのは難しいかもしれんが、胸を張って旦那に会いに行こうではないか、ラタよ」

 「そうじゃのう……」


 お婆さんの名前はラタと言って、同じくらいの歳であるファスさんが話し相手になっていた。事情は聞いたものの、俺達の目的はこの国にいるらしいディビットさんを探すことなので、このまま一緒に行くのは難しいかと頭を捻る。すると、そこでオルノブさんが俺に尋ねてきた。


 「そういえばラース君達は何をしにここへ? 装備を見る限り冒険者だと思うけど、遺跡やダンジョンで宝探しか?」

 「いや、ちょっと人を探しているんだ。ディビットって人で、ファスさんと同じくらいの歳なんだけど」

 「私は知らないですね……ごめんなさい、お役に立てなくて……」

 「むう……私は奴隷生活だったから人には疎いので……」


 ユクタさんとオルノブさんが申し訳なさそうに頭を下げるので、俺は手を振って答える。


 「ああ、いいんですよ。町の人に聞こうと思っていましたから。とりあえずこの町は安全そうだし、四人には荷台に残って貰って、情報収集しようか?」

 「そうですね。ファスさんとラディナに残って貰って、ササっと話を聞きましょうか。ギルドに行けばすぐに分かりそうですし」


 バスレー先生が人差し指を立てながらそう言い、指針が決まる。流石に見知らぬ人を乗せたまま全員出て行くことはしない。ファスさんなら腕も立つし残って貰うには適任だろう。

 

 そしてすぐに俺達は馬車を離れ、ギルドへ向かう。その途中、バスレー先生が町の周囲を見渡しながら不服そうに口を開いた。


 「アフマンド王が変わったのは確か二年程前でしたかね。まあそれで今までのことを簡単に変えるのは難しいですが、仕事が無いのはまた別。国と王の手腕が問われますねえ」

 「授業で習ったことがあるけど、供給側の問題ってやつですよね。国が率先して仕事を作らないといけない、みたいなのじゃなかったっけ?」


 マキナが俺に尋ねてきたので、俺なりの考えを答えてみる。


 「それもあるんだけど、一番の問題はやっぱり奴隷なんだと思うよ。本来、通常の人がやる仕事があって、奴隷が不足分を補うものだと思う。でも、この国は奴隷が多すぎて、奴隷に仕事を与えて、普段から生活している人に仕事が回らない状況なんだよ」

 「ですねえ。まあ、前王が奴隷なら賃金を抑えられて労働力が増やせるみたいな馬鹿な考えをもっていたみたいですから、なるべくしてなった状況ですよ。だからこそ、アフマンド王がどうでるか見ものってわけです。さ、行きましょうか!」


 活気はある。が、どこか貧しい印象のある街並みを見ながら、俺達はギルドの扉をくぐった。

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